第23話 本当の自分
何かの経験などから自分の本音に気付いたり、答えが出たりすることはある。それでもそうした経験だけではわからないことが多い。理は自分を深掘りすることを知って、それがよくわかった。これまで生きてきた二十数年の中で、ここまで深い答えを自分で出したことなど一度も無かったからだ。
それは表面的なことではない。他人の言葉でもない。自分が自分の中を深く掘っていかないと絶対に気付けないことだ。
――もっと早くこれを知りたかったな
タバコを吸いながらノートを見る理はそう思った。早くから自分のことを深く理解していれば、確実に今とは違った生き方をしていただろうと感じるからだ。気になることがあれば、またこうして深掘りすればいい。
そうすることでボヤっとした自分の輪郭が徐々にハッキリしてきて、いつかどこかで、ものすごく自分のことがよく見えるようになるだろう。その中で考え方や行動も変わり、それが現実にも反映されていく。彼はそう思えた。
――他にも深掘りしてみるか
タバコをくわえたまま、理はノートに「成功って何?」と書いた。彼にとってのそれは今まで「自然豊かな場所でのんびり暮らす」というものだったが、感覚的にもっと深いものがあるはずだと感じ、やってみようと思ったのだ。
――自分が思ってたのともし違ったら…
そう思うと、どこか「怖い」という感覚に襲われる。だが、それ以上に「知りたい」という思いのほうが勝り、彼は持っていたシャーペンを動かした。
「成功は『自分の思いが形になる』ことだろ」
「思いを形にするっていうのは…『自分の作品を作る』…か」
「自分の作品を作るってことは…『自分の思いを出す』ってことだ」
理は先ほどと比べると、少しスムーズに深掘りを進めていく。まるで答えが何かを知っているかのように。
「自分の思いを出すってことは、『自分の内側を見る』ってこと」
「自分の内側を見るってことは、『本音を知る』ってこと?」
なぜ「成功って何?」という質問から「本音を知る」という答えが出てくるのかは自分でもわからないが、それが自分の答えであることだけは間違いないと感じる。
「本音を知るってことは、『本音と向き合う』ってこと」
「本音と向き合うってことは、『綺麗なところと汚いところを知る』ってこと?」
理は意外な言葉に驚く。本音とは必ず綺麗な部分と汚い部分がある。これはどんな人間であっても一緒だ。そして、彼はその答えを知り、「これを知らないと自分の成功は無い」ということを肌で感じた。
「自分の綺麗なところと汚いところを知るってことは、本当の自分の知る!」
「本当の自分を知るってことは…、なんだろう?いや、本当の自分を知るってことが、自分にとっての成功ってことか?」
理はこの瞬間、自分にとっての成功というものが、「自然豊かな場所でのんびり暮らす」というものから、「本当の自分を知る」というものに変わった。それが自分の奥深くにあった本当の答えだからだ。
――本当の自分を知るにはどうしたらいいんだ?
そう思うと、すぐに頭に浮かんだことがあった。
――自分をごまかさない、そして、自分の感じたことを大切にする
自分をごまかすと、自分がわからなくなる。自分が感じたことを感じたままに反応できないと、自分の感覚というものが失われていく。理は素直にそう思った。
「じゃあ、僕は今まで自分のことなんかこれっぽっちもわかってなかったんだな」
「自分の感覚っていうのも、ほとんどなかったんじゃないか?」
「なんでそんなことになってんの?」
理は自分が何か自分ではないものに支配されていたような感覚を覚えた。それはとても気持ちの悪いものだった。だが、その一方で、この現代社会では、本当の自分というのをむき出しで生きていくには、あまりにも大変だということもよくわかっていた。
「だから、自分をごまかしたり、自分の感覚を押し殺したりしちゃうのか…」
それは学校で、職場で、社会全体を見れば、どこででも見られる。でも、それはどうしようもない。人の輪の中にいれば、そうせざるを得ない場面が誰にだってあるからだ。
――やっぱりこの世界は難しいな
理は現実を知り、改めて自分らしく生きる大変さを痛感した。でも、それはみんな同じ。この世界でどう生きるかは自分次第だ。
――それでも僕は自分らしく生きたい
それは理の「本当の自分でいたい」という強い思いだった。それが彼にとっての成功だから。
「今日はいっぱい考えたな」
理はそう言うと、ソファーへ寝転ぶ。朝から山岡モータースまで出向き、山岡から自分で答えを出すということを教えられ、その後は色々と自分が気になっていたことを深掘りしてみた。なんだかとても充実した一日のように感じられる。
これまでは仕事の大変さに飲み込まれ、毎日それを一生懸命こなすことばかり考えていた。でも、自分の中には「怖い」ものが無いことを知り、「お金」は居場所だということに気付き、仕事というのは「自分が内側から出せるもの」だった。
そして、彼にとっての成功は「本当の自分を知る」ということ。これらを踏まえた上で自分に何ができるか天井を見ながら考えてみる。
「怖いものが自分の中にあるわけじゃないんだから、なんだってできるよな」
「だから、別にどんなことをしたっていいんだ」
「自分のことだから」
「じゃあ、本当の自分で、自分の内側から出せるものを使って、居場所を作ればいいのか」
「どれも大変そうだな…」
「でも、やるしかないよな…」
理は今までとはまったく違う考え方で、生きようとしていた。まだ、やることがそこまで明確になったわけじゃない。現実が変わったわけでもない。それでも彼の内側は完全に変わっていた。
自分自身で自分を変えたのだ。自分が望む自分に。
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