第22話 自分を知る

 理はその後、しばらく展望台で過ごし、山岡と一緒にうどん屋で昼食を済ませて帰宅した。帰ったあとはリビングのテーブルにノートを開き、改めて自分が気になることを深掘りしようとしている。


 ――まずはお金について自分がどう思っているのか知りたい


 そう思った理はノートの新しいページに「お金って何?」と書く。矢印を下に引っ張ると、「生きていくために必要なもの」と書いた。たしかに現代社会でお金は生きていくために必要不可欠だ。その下に矢印を引っ張ると、今度は「無くてはならないもの」と書く。


「えぇ~っと、無くてはならないものっていうのは…」


 ひとりつぶやきながらしばらくの間考える。答えを出すのはスムーズに出ることもあれば、考えないと出ないこともある。


「あっ!それは常にあるものか」


 理はノートに「常にあるもの」と書くと、矢印を引っ張り、続けて「空気のようなもの」と書く。


「空気のようなものっていうのは…自分を生かすもの」


 矢印を引っ張ると「自分を生かすもの」と書き、手が止まる。


「自分を生かすものって何?」

「う~ん」


 理は考える。今まで考えたこともないことを考えるのだ。簡単には出てこない。


「あっ!自分を生かすものって、それはつまりこの世界か」


 矢印を引っ張って「この世界」と書くと、続けて彼は「地球」と書いた。理にとって「この世界」というのは「地球」だったのだ。


「なんだこれ」


 思ってもみない言葉に驚く理。「自分にとってのお金とは何?」という深掘りを行い、なぜかその答えに「地球」と出てくる。少し「意味が分からない」といった表情を浮かべながら、彼は続けた。


「地球ってなんだ?」

「う~ん」

「それはただの地面…かな」


 理は矢印を引っ張ると「地面」と書いた。そこで何かピンとくる。


「地面って、それはつまり立てる場所」

「立てる場所って自分のいる場所?」

「自分のいる場所って、それは…居場所ってことか」

「えっ?お金って自分にとっては居場所なのか」


 矢印を引っ張って「居場所」と書く理。


 ――居場所って誰にとっても大事なものだよな


 そう思った理は自分にとっての「お金」についてなんとなくわかった気がした。物理的に居場所があれば、日々の活動を安全に行える。逆に居場所が無ければ、自分の居場所を求めてさまようことになり、大変だ。


 精神的にもそれは同じ、「居場所がある」と感じられれば、心は楽だが、「居場所ない」と感じていれば、心はとても苦しいものだ。だから、「居場所」というのはとても大切なもの。


「やっぱりお金は大事なんだな」


 深掘りしたことでお金に対する理解が深まった理。そこで理は再びピンとくる。


「じゃあ、居場所を作ることが仕事だったりもするのかな?」


 ひとりつぶやきながら、仕事にも思いを巡らせる。


 ――仕事についても考えてみるか


 そう思った理はノートの新しいページに「何を仕事にしたらいい?」と書いてみた。お金について深掘りしたのだ。仕事についても知りたいと思うのは当然だ。矢印を引っ張ると、彼は「自分ができること」と書く。


「それから…」


 矢印を引っ張り、次に「自分が今持っているもの」と書いた。理はひとり納得しながら書き進めていく。その後は「これまでの人生で得た経験」→「自分がすでに知っているもの」→「知識や体験」と順調に答えが出てくる。


「知識や体験って何?」

「う~ん」

「なんだろ?」


 理は手が止まると再び考え込む。


「え~っと、それはつまり…」


 なかなか思い浮かばず、頭を抱える。


「だから、それは…」

「あっ!記憶そのもの、記憶か」


 ノートに「記憶」と書いた理は、すぐに次の答えも出てきた。


「記憶って、それはつまり自分が生きてきた人生じゃないか」


 続けて彼は「自分が生きてきた人生」と書く。ここで彼は気付いた。


「自分が生きてきた人生って、それはつまり自分自身?」

「えっ?ってことは、自分が仕事になるってこと?」

「仕事=自分なら自分が出せるものしか無いよな」

「自分の内側から」


 理は「お金」に続いて「仕事」というものの答えに辿りついてしまった。それは「自分自身」だったのだ。誰であっても自分の内側を使って働いている。もちろん今までやったことが無い仕事に就くこともあるが、学校で学んだことや自身の経験を活かせる職に就く人は多い。


「そうか…自分か」


 自分で深掘りして出した答えには一切反論の余地が無かった。自分が自分に質問し、ドンドン掘り下げていって出した答えは決して軽いものではない。揺るがない絶対的なものだった。彼の中に再び強固な芯が出来上がる。


 ――なんか自分なりにわかってきたぞ


 そう思った理は嬉しそうな表情を浮かべる。自分の中にあったモヤモヤした部分が晴れた感覚だ。それはとても気持ちのいいものだった。心と体は少し軽くなった気さえする。自分の答えを知れた嬉しさがこみ上げた。


 理は笑顔のままソファーに腰をかけると、タバコに火をつける。テーブルに置かれたノートを手に取り、自分が出した答えを眺めた。


 ――これってすごいな


 自分自身をドンドン知れるこの感覚は、今まで感じたことのないようなものだった。その一方で彼はこれまで自分のことがよくわかっていなかったことも痛感した。こんな風に自分のことを深掘りしたことが無かったからだ。


 散らかっていた自分の内側は少しだけ綺麗になり、今まで見えてこなかった本当の自分が見えてくる。だが、理はその感覚にどこか「怖い」とも感じていた。自分が出した答えはどうやっても揺るがないものだからだ。


 それがわかったとき、もう後戻りはできない。それは自分が自分で出した答えだから。そこに嘘偽りはない。言い訳もできない。ごまかしもきかない。


 自分を知るということは、彼にとって、とても重いものだった。

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