第21話 ドライブ

 ひとしきり話したあと、二人は事務所の外へ出てタバコを吸っていた。山岡も喫煙者ではあるが、事務所の中では吸わない。それは来客のためだ。


「それにしても山岡さんがあんなことしてるなんて意外でした」

「ノートか?」

「はい、全然イメージに無かった」

「『考えが浅い』って言われて悔しかったからな」

「そうなんですね」

「それに、上手くいかない自分をどうにかしたかったっていう思いもあったからな」

「なんか僕と似てますね」

「おっ?髙平くんよりはまだマシだったけどな」

「あぁ~、酷い」

「ワハハ」


 二人は楽しそうに会話をしたあと、山岡が「ちょっと待ってろ」と言い、会社の裏のほうへと回って行った。どうやら自宅は会社の裏にあるらしい。しばらくすると、理がタバコを吸っているところに大きな高級車がやってくる。理が驚きながら見ていると、助手席の窓が開いた。


「お~い!ちょっと気晴らしにドライブへ行こう」

「えっ?これ山岡さんの車ですか?」

「そうだよ、早く乗りなよ」

「はい」


 理は恐る恐る車に近づくと、大きなドアノブを持って開く。重厚なドアが高級車であることを感じさせる。内装は革張りや木目を使ったものになっていて、その仕立ての良さが彼の気分を高揚させた。


「これっ、すごい車ですね」

「好きなんだよ」

「いや、これは好きだからって買えるような車じゃない」


 車にビビっている理を横目に山岡は車を発進させる。とても滑らかな走り出しで、エンジン音はほぼ皆無。乗り心地はまるで雲の上に乗っているかのような気持ちにさせた。間違いなく、これまで理が乗った車の中で一番いい車だ。


「山岡さん、お金持ちだったんですね」

「そうだな、こんな車に乗っててお金持ちじゃないとは言えないな」


 山岡は表情ひとつ変えず、車を走らせていく。


「車屋って儲かるんですね」

「いやいや、これはな、投資だよ、株の」

「へぇ~」

「株もかなり若い頃に始めたことだけどな、なんか意外とセンスがあったみたいだよ」

「そうなんですね」

「一時は車屋やってるのか、株のトレーダーやってるのかわからなくなるほど、のめり込んでたよ」


 笑いながらそういう山岡は、続けて自身の経験を語った。


「でも、最初は相当に色んなことを調べたぞ」

「調べながらどの会社の株を買うか吟味してな」

「売り買いしながら色々と学んだ」

「もちろん失敗もたくさんあったけど、自分なりの考えができてくると、変わってくる」

「で、気が付いたらこういう車も買えるようになってた」

「へぇ~」


 理はそんな山岡の話を聞き、最初は「似てる」と思ったものの、「やっぱりこの人は自分とは違う」と感じた。


「なんで株やろうと思ったんですか?」

「あの頃はまだ何も考えてないような年だったけど、漠然と『お金は大切だな』って感じてたんだよ」

「それで仕事をしながら『何かできないか』って考えた末に『株やってみよう』って思ったんだよな」

「最初は証券マンなんかにお願いして買ったり、売ったりしてたけど」

「ネットが普及してからは事務所のパソコン使って取引するようになった」

「そうなんですね」


 山岡はネットが普及する前から株取引をしていたらしい。どこか時代を感じる話に理は山岡とのジェネレーションギャップを感じる。


「父親がやってて、自分も好きだったから車屋を継いだ」

「お金が大切だと感じたから株も始めた」

「今みたいに深い思いや考えがあったわけじゃない」

「でも、それでも長いこと同じことやってるとな、それに対して深くなれたりもするんだよ」

「だから、俺は車屋って職業にはやっぱり深いものを持ってるし、株にだって深いものを持ってる」

「深く考えて答えを出すってのとは違うけど、経験からも深いものを作ることはできるんだ」


 一朝一夕では身に付かないそういった深みがある部分は、長く生きている人間なら誰しもひとつぐらいは持っている。それはその人を構成する部分のひとつになるのだ。


「髙平くんの深いものってなんだ?」

「そうですね…、今ならwebライター何年かやってるから、『書くこと』ですかね」

「なるほど、書くことか」

「今は簡単にスッと出てくるものはそれぐらいです」

「じゃあ今深いものを持ってるんなら、それは大切にしておこう」

「簡単に身に付くものじゃないから」

「はい」


 二人を乗せた車はその後、ゆっくりと山道へ入っていく。ある程度走ったところで、展望台のような場所が見えてきた。


「ちょっと景色でも眺めよう」

「いいですね」


 山岡は展望台の駐車場に車を止める。理は助手席のドアを開けると、景色がよく見えるほうへと歩いた。


「うわぁ~」

「風が気持ちいいな」


 理は景色を眺めながら全身で自然を感じる。ただ、そこにいるだけでとても気持ちが良かった。


「やっぱり自然はいいなぁ」

「好きか?自然」

「はい、気持ちいいんですよね、それしか言えない」

「じゃあ連れてきてよかった」


 山岡はタバコを取り出すと火をつける。それを見て理もタバコを取り出すと、山岡が火をつけてくれた


「ありがとうございます」

「山岡さんってあんな車が好きなんですか?」


 理は山岡の車を指差しながら言う。


「そうだな、色んな車乗ったけど、今乗ってる車がお気に入りだよ」

「そうなんですね」

「昔はサーキットに走りに行ったり、四駆を買って険しいオフロードを走ったりもしてたよ」

「へぇ~」

「レースを見に行くのも好きだったし」

「色々やってるんですね」


 山岡の話を聞き、理は少し羨ましさを感じた。自分は普段、自宅で缶詰め状態で働いているからだ。


「髙平くんはこれからだよ」

「今はたしかに大変かもしれないけど、しっかり自分でやっていきなよ」

「ありがとうございます」

「負けないようにね、頑張るんだよ」


 理はその励ましの言葉が嬉しかった。

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