第20話 ノートに書く
理は山岡から渡されたノートを開く。その真っ白なページを見つめていると、山岡が声をあげた。
「今やるか?」
「やりたいです」
理がそう言うと、山岡は机の引き出しからまっさらにシャーペンを出してきた。
「ほれっ」
「ありがとうございます」
シャーペンを受け取った理は、ノートに「自分の人生がなんでイヤになった?」と書いた。その下に矢印を引っ張ると、彼は「上手くいかないことばかりだったから」→「失敗ばかりだったから」→「勢いまかせだったから」と順番に書いていく。
「それから…」
「俺はちょっと外しとこうか」
ひとりで考えている理に山岡が席を外すことを伝えると、彼はそれを制止した。
「見ていてください」
理はまるで子供が親に対して「見てて」と、自分がやることを見守っていてほしいかのように伝える。山岡は「仕方ないな」という表情でひとり掛けソファーに腰をおろした。
「勢いまかせだったのは…」
「
ひとりで納得しながら理はノートに書き記していく。
「なんで楽がしたかったのか…それは…」
「めんどくさかったから!」
「えぇっと、めんどくさかったのは…」
「合わせるのがイヤだったから!」
「…へぇ~、すごいな」
理は自分が出した答えが意外だったのか、関心している。山岡はそれを黙って見ていた。
「合わせるのがイヤだったのは…自分が振り回されるから!」
「自分が振り回されたのは…自分でコントロールできてないからか!」
深掘りすることで、今まで気付けなかった自分の本音がドンドン出てくる。理はそれがとても嬉しかった。
「自分でコントロールできてないのは…甘えてたから!」
「えぇ~そうか、甘えてたのか…」
またまた少し意外な答えが出てきて、イヤそうな表情を浮かべる理。それを山岡にも見られているのだ。ごまかしたい気持ちにもなったが、先ほど山岡から「ごまかしたりしていると、絶対に自分の答えなんか出せない」と言われたばかりだ。理は少し恥ずかしそうにしながらもさらに掘り進めていく。
「甘えてたのはぁ~…怖かったから?」
「えっ?何に?」
理は自分が出した答えにさらに驚いた。「自分の人生がイヤになった」という答えに「怖い」というものが出てきたからだ。
「一体何が怖かったんだろ…」
「怖いのは…」
「う~ん」
いくら考えても「怖い」より深い部分に何も見つけられない。と、それを見ていた山岡が喋りはじめた。
「じゃあ、そこが今の髙平くんの一番深い答えだよ」
「そうか、たしかに「もう何も出ない」ってところまでいくと、これ以上出てきませんね」
「そうなんだよな」
理は再び考え込むと、突然何かを思いついたような表情をする。
「そうか!自分の中には『怖いものが無い』ってことか」
「おっ?」
山岡は少し驚いたのか、目を見開く。
「自分の外側を見れば怖いものっていくらでもあるけど」
「自分の内側には自分しかいないから、怖いものなんかないんだ」
「じゃあ、これは自分の中に『恐怖』っていう幻を見てたってことなのかな」
「それとも外側ばかり見てたから、怖かったってことなのかな」
「それか、その両方かも」
「いずれにしても、『怖い』から自分の人生がイヤになってたってことか…」
理はひとりで喋りながら、何かに気付く。
「あれっ?これって他のことにも当てはまったりするのかな」
「例えば人間関係が苦手って言うのも、人を見て『怖い』と思ってたから」
「なんか他にも色々と当てはまりそうだぞ」
ひとりで喋り、ひとりで納得している理。山岡はそれを見て嬉しそうな表情を浮かべる。
「ひとつ答えを出すだけでも、他のことにも当てはまりそうなことあるよな」
「そうですね、びっくりしました」
「どうだ?自分で答えを出すってのは?」
「いいですね、嬉しいです、知らない自分に気付けたと言うか」
「そうだろ?意外とバカにできないんだぞ」
「はい」
「でも、ノートに書く前は少し「めんどくさい」って顔してたのは、気付いてるぞ」
「あれっ?バレてました?でも、実際に書いてみるといいですね、頭の中だけで考えるより全然」
「そうだろ」
理は今日、ひとつ「自分の答え」を出せたことが嬉しかった。自分がまさか「怖い」せいで、人生に嫌気が差しているとは思いもしなかったからだ。そして、その「怖い」と思っていたものは、自分の中に何一つなかったことも知った。「怖い」と感じる対象が外側にあるだけだ。
――これからは「怖い」と感じるものから自分を守ればいいんだ
彼は心からそう感じた。自分のことを自分でコントロールしていれば、「怖い」と感じるものを極力見なくて済む、聞かなくて済む、関わらなくて済むからだ。対処法は色々とある。もちろんそれを完全にコントロールするのは不可能だ。自分の外側は自分でコントロールするのが難しいから。
理は自分で答えを出し、自分の中に揺るがない何かがひとつできた気がした。それは何があろうと壊すのは不可能なほどにしっかりしたもので、彼はそれに対して「芯がある人ってこういうことなのか」と感じた。理は少し芯がある人になったのだ。
「自分の中に芯のようなものができた気になるだろ?」
「はい、今同じことを僕も考えてました」
「それは髙平くんだけのものだからな、そういう自分の感覚を大事にするんだぞ」
「はい」
自分の中にあったモヤモヤが一部綺麗に晴れ、理はスッキリした表情を浮かべている。
「答えを出すとな、それが芯になるだろ」
「そしたらな、その芯を軸に考えたり、行動したりするようになる」
「だから、自然と目の前の現実もそれに合ったものに少しは変わっていくはずだ」
「なるほど」
「答えを出すってのはな、自分を知って、その自分に合った人生を作ることだったりもするんだよ」
「じゃあ僕が人生だったり、仕事だったりに悩んでるんなら、そこの答えを出せばいいってことか」
「そういうことだよ」
理は自分で答えを出し、自分が何をすればいいのかが少しわかった気がした。
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