第13話 二人の時間

「フランス留学って大変そうだね」

「そうなんだよね、留学なんて初めてだから少し怖いって感じるよ」

「ちっともそんな風に見えない」

「えぇ~?ほんと?」

「ほんと」


 眞鍋は不安を口にするが、理にはそうは見えなかった。むしろヤル気に満ち溢れているように見えたのだ。


「今から少しフランス語も勉強してる」

「簡単そうなやつ?」

「そうそう、ボンソワール」

「ボンジュールじゃないんだ」

「ボンソワールは『こんばんは』だよ」

「そうなんだね」


 理はここで初めてボンジュール以外のフランス語を知った。


「髙平くんはこれからwebライターだっけ?やると思うんだけど、その仕事も何か意味や目的はあるの?」

「そうだね、ひとりで仕事がしたかったからかな」

「まだ私とのこと根に持ってる」

「持ってないよ」


 眞鍋は理の言葉に以前、仕事のやり方で彼にキツイ言葉をぶつけたことを話題にあげた。理は少しばつが悪そうだ。


「ひとりで仕事をした先に何か考えてることあるの?」

「前々から自然豊かな場所で暮らしたいなって思っててさ」

「この辺りにも自然あるじゃん」

「そういうことじゃなくって」

「ごめんごめん」


 眞鍋は理を茶化すが、彼の反応を見てすぐに謝る。


「具体的にどんな場所とかあるの?」

「緑が多くて、周囲に家も少なくてさ、海も見えるような場所だと最高かな」

「それはたしかに良さそうだね」

「うん、静かでさ、自然が身近にあると、いつも落ち着いて過ごせそうだよ」

「そうだね、日々の生活をしてたら落ち着く時間って少ないもんね」


 眞鍋は美味しそうにハンバーグを頬張りながら答える。理は彼女が食事をしているテーブルにノートPCを持ってくると、普段見ている自然の風景映像を見せた。


「わぁ~、すごい」

「気持ちいいよね」

「こうやって映像でみると、自然の良さが伝わってくる」

「そうなんだよ」


 食い入るように画面を見つめる眞鍋を横目に、理は嬉しそうな表情を浮かべた。


「これはどこ?」

「イタリアのトスカーナだよ」

「へぇ~、でも日本にこんなところなさそうだね」

「たしかに…、でも北海道なら広いからあるかも」

「冬が大変そうだね」

「たしかに…」


 理は眞鍋の言葉に「冬の北海道は大変そうだ」と感じたが、それでも彼にとって北海道は以前からの移住候補地だった。自然な豊かな土地であることに変わりはないからだ。それでも決して雪に慣れているわけでは無いため、密かに「一応他の候補地も探してみよう」と考え直した。


「自分が思い描いたような人生を生きられたらいいよね」


 眞鍋は画面を見ながら、そうつぶやいた。その表情はどこか寂しそうに見える。


「そうだね、僕も人生上手くいってるとは言えないし」

「私も!本当は高校卒業後に美大へ行きたかったんだけど、親が『ダメ』って言うから働きながらお金貯めて絵を学んでる」

「眞鍋さんすごいね」

「何が?」

「自分でどうにかしようとするパワーが」

「そうかな?」

「なかなかいないんじゃない?そんな人」

「そっか」

「そうだよ」


 理は自分のやりたいことに対して、ひたむきに頑張っている彼女を労わる。


「自分だったら美大に行けないってだけで諦めてそうだよ」

「私は同じ美術部だった同級生がみんな美大行っちゃったからさ、羨ましかったんだよ、きっと」

「そうなの?」

「だって、私だけ行けなかったんだもん、なんか悔しくてさ」

「高校卒業後から今のところで働いているけど、それでも諦めきれないから自分でお金貯めて今の学校へ通ってる」

「やっぱりすごい」


 眞鍋がこれまでやってきたことを聞き、理は彼女に対してこれまで以上に尊敬の念を抱いた。自分がやりたいことにここまで一生懸命な彼女を見て、「すごい」以外の言葉は見つからなかった。


「私は時間がかかりそうだし、まだまだ思い描いていた人生とは程遠いしさ」

「自分に対して『何やってんだろ』って感じちゃうことも多いよ」

「それは僕も思う、っていうか眞鍋さんは僕に比べたら、ほんとにすごいよ」

「いや、私から見れば髙平くんも十分すごいよ」

「そっか」

「そうだよ」


 ここで二人は初めて、互いに互いのことを「すごい」と感じていることに気付いた。どちらも自分の人生を生きようとしているのだ。その思いや考えが今の行動や結果を生み出していることを二人はよくわかっていた。


「ねぇ、これからドライブ行かない?気晴らしにさ」

「いいよ、行こう」


 それから二人は眞鍋の車でドライブに出発した。車内はとても綺麗にされていて、いい匂いがする。理はその空間がとても心地よかった。


「いい匂いだね」

「ありがとう」


 ドライブ中は先ほどまでとは違い、他愛もない会話をした。会社ではないため、誰に聞かれることも無く、どうでもいい会話ばかりを続けている。その途中、眞鍋が海へ行くのを思い立ち、車は近くの海岸へ向かった。


 車から降りると波の音がかすかに聞こえる。静かな海だ。二人は少し歩いたところで腰を下ろせる場所を見つけ、そこに座った。


「夜の海もいいね」

「うん」

「今日は空も綺麗だよ」

「ほんとだ、星がよく見える」


 二人で見る夜の海と星空はとても綺麗だった。穏やかな海は耳に心地よい波音を運び、月と星は目に美しい光を届けてくれた。それはとても幸せな時間だった。


「いつもこんな穏やかな時間が過ごせたらいいのに」

「そうだね」

「海も月も星も、いつだってそこにあるのに、こうやって海へ来て、夜空を眺めると、それがものすごく特別なことのように感じるよ」

「なんか髙平くん、詩人みたい」

「すぐそうやって茶化す!」

「アハハ、ごめんって」


 そこからしばらく海でのんびり過ごすと、二人は車へ乗り込み、普段の日常へ帰っていった。

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