第11話 全部自分の責任

 理は次の日から、会社を辞める月末まで普段どおり働いた。職場のみんなとは協力し合いながら一緒に仕事を進め、新しく入ったスタッフの面倒も見る。これまでお世話になった営業先には会社を辞めることを伝えて回り、着々と退職する日までの準備を進めていた。今日も午前中は社内で仕事をし、午後からはあいさつ回りだ。


 ――山岡モータースにもあいさつしておくか


 理が営業に訪ねてから、山岡モータースも何度か仕事はくれていた。今日はこれまでのお礼も兼ねて、退職のあいさつにうかがった。


「お世話になります」

「おぉ、髙平くんか、久しぶり」

「今日は会社辞めるんで、これまでのお礼とあいさつにうかがいました」

「えっ?辞めるの?」

「はい」

「まぁ、座りなよ」


 山岡からそう言われた理は受付にある椅子へ座った。山岡は外にある自販機でコーヒーを買ってくると、彼に一本手渡す。


「ありがとうございます」

「何で辞めるの?」

「僕、副業でwebライターしてるんで、そっちでやっていこうかなって」

「そうなんだ」

「はい」


 そう言うと、二人はほぼ同時に缶の蓋を開け、コーヒーを飲む。


「僕はひとりのほうが働きやすいです」

「それは言えてる、俺もそうだ」

「そう言えば山岡さんはなんで車屋をやろうと思ったんですか?」


 理は素朴な疑問をぶつけてみた。


「親父が車屋だったからだよ」

「じゃあ、ここは元々お父さんがやられてたんですか?」

「そうそう、その影響か俺も小さい頃から車が大好きでな」

「いつもここで親父の仕事を見てたよ」

「へぇ~」


 山岡は昔を懐かしむ様子で、とても楽しそうに話す。


「小学校の高学年くらいには親父のこと手伝ってたよ」

「色んなこと教わったし、自分で車を触り出してからはドンドンのめり込んだ」

「なんか楽しそうですね」

「あぁ、楽しかったよ」

「でも、俺が20歳の頃に親父は死んじまった」

「えっ?」

「それからはずっと俺がここを経営してるよ」

「そうだったんですね」


 山岡が早くからひとりで頑張っていたことを知り、理は驚いた。


「大変なことも多かったですか?」

「そうだな、イヤになることばかりだった」

「山岡さん、経験豊富そうですもんね」

「人間ってのは経験しないと、わからないことも多いからな」

「なのに、頭でっかちで、自分のダメな部分は簡単に認められない」

「めんどくさいんだよ、人間って」


 理は山岡が自分のことを「めんどくさい人間」だと語っていることに関心した。理自身は会社で眞鍋たち他スタッフと仕事のやり方で喧嘩になった際、その人たちに向けて「めんどくさい」と思っていた。でも、山岡は他人ではなく、自分のことをそう思っている。


「山岡さんは自分のことを『めんどくさい人間』だと思ってるんですか」

「そうだな、頼りにならないし、あてにならない。自分に腹立つことばかりだよ」

「なんか、すごいですね」

「何が?」

「自分に腹立てられるって」

「僕は他人に対して腹を立ててばかりだから」


 山岡の言葉を聞いて、理は自分に対して改めて腹を立てた。他人のことは簡単に悪者にして、自分のことはと思っていたからだ。まるで自分が被害者かのように。


「じゃあ、今それに気付けたんならいいじゃないか」

「俺なんか、君ぐらいの年の頃はまだまだ頭が固かったぞ」

「そうなんですか?」

「そうだよ!ワハハ」


 理は山岡の話を聞くのが楽しかった。毎回図星だと感じることを言われ、胸にはグサグサ刺さるが、だからこそ自分の内側の変化も感じられた。


「前にも言ったけど、全部自分次第だし、全部自分の責任だ」

「さっき山岡さんの話を聞いて、改めてそう感じました」

「全部自分の責任だって思ってたほうが生きるのが楽だぞ」

「そうなんですか?」

「他人のせいにしなくて済むからな!他人のせいにするっていうのは相手に自分がコントロールされてるのと一緒だぞ」


 理は言っていることがよくわからず、顔に「?」を浮かべる。


「みんな自分の人生しか生きられないんだから、自分の身に起きたことは全部自分がしたことの結果だ」

「だから、みんな自分を自分でコントロールしながら生きてる」

「なのに、それを他人のせいにした途端どうだ!『君が○○したからだ』って、相手に主導権を渡してる!」

「『君の責任だよ』って」

「自分のことなのに」

「それって酷いヤツだし、自分もそんなことされたらイヤだろ?」

「たしかに…」


 山岡の言葉はわかるようでわからない。理は頭の中がこんがらがる。


「自分でコントロールできるのは自分のことだけ」

「だから、責任があるのはその部分」

「他人がコントロールしてる部分は他人のことだ」

「っと言っても、ひとりでやってる俺は組織のことはよくわからないけどな」


 そう言いながら笑う山岡を見て、理は彼が「自分で経験したからこそ、それを知ってるんだ」と感じた。


「交通事故みたいに、自分がコントロールできない部分から何かが起こることもあるけど、それはみんな一緒だ」

「いつ何が起こるかはわからないけど、自分がコントロールできる部分だけは誰にも渡さず、ちゃんと自分でコントロールする」

「全部自分の責任っていうのはそういうことだよ」


 理は山岡の話を聞き、「自分もそんな風に生きていきたい」と改めて強く思った。


「生きていれば何かに振り回されることもある」

「でも、自分のことだけはどんな時でも、自分の自由にできる」

「だから、自分のことに集中しておけばいい」

「周りに気を取られるな」

「そうですね」

「なんか山岡さん、仙人みたいだ」

「何でも知ってるから」

「おっ?バカにしたな」

「アハハ」


 二人はその後もしばらくの間話をして、理は山岡モータースをあとにした。帰りの道中はとても気分がよかった。

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