第10話 眞鍋
「私今ね、夜間の美術学校に通ってるの」
「すごいね、じゃあ仕事が終わったあとに?」
「そう、だから疲れてる日はちょっとしんどい」
理は眞鍋の言葉に関心した。自分がやりたいことにひたむきな姿勢を感じたからだ。
「それは将来的にどう考えてるの?やっぱり画家?」
「…うん」
理がタバコを吸い終えると、二人は揃って事務所の中へ。机は比較的近い距離にあるため、仕事をしながら続きを話す。
「画家ってどうやって収入得るの?」
「それは絵を売ってだよ」
「どうやって売るの?」
「例えば、どこかの画廊に絵を展示してもらったり、画商から買ってもらったりとか?」
「へぇ~」
「今ならSNSに自分の描いた絵を載せたり、動画サイトで絵を描く様子を動画にして投稿したり、他にも色々…かな?」
理は初めて触れる世界が新鮮だった。それまで彼の人生に絵画というものはなく、知っている画家と言えば「ピカソ」や「ゴッホ」など、誰でも知ってるレベルの画家だけだ。
でも、今目の前にいる女性はそれと同じことをしようとしている。それが彼にとってはたまらなくカッコよく思えた。
「今ね、SNSに描いた絵を載せてるんだ」
そう言いながら眞鍋は手に持ったスマホの画面を見せてくる。そこには誰をモデルにしたのかわからないが、人物画があった。画面を下にスワイプすると、他に風景画などもある。理はその出来に感動した。
「すごいよ…」
眞鍋から受け取ったスマホをドンドン下へスワイプしていく。
「ありがとう」
照れくさそうな表情を浮かべる眞鍋を尻目に、理は食い入るように画面を見つめた。
――これを眞鍋さんが描いてるのか…
そう思うと、理は自分がwebライターをやろうとしていることに少し違和感を覚えた。その違和感が何かはわからなかったが、眞鍋がやろうとしていることと、何かが違うことだけは明らかだった。
「いつからやってたの?」
「子供の頃から」
「小学生の頃に図工の授業で描いた絵が褒められて」
「それが嬉しくて、ドンドン楽しくなっちゃった」
理は楽しそうに話す眞鍋のことをとても魅力的に感じた。普段仕事をしているときの彼女とは全く違い、自分の好きなことを話しているときの彼女が素敵だったのだ。
「じゃあ中学と高校は美術部だったの?」
「そうだよ、部活も楽しかった」
「そっか」
やりたいことがある彼女のことを理は羨ましくも感じていた。自分には「自然に囲まれた場所でのんびり暮らしたい」という漠然とした夢はあったが、彼女のように好きなことを追求するようなものが無かった。何も無かったのだ。
だから、彼にとって、今の彼女はとてもキラキラしたものに見えた。「自分もそんな風になりたい」とすら感じさせた。心が苦しくなるほどに。
その後はある程度話したところで仕事が入り、二人はまた自分の仕事に取りかかる。だが、理の心は内心穏やかではなかった。眞鍋があまりにも眩しかったからだ。
仕事を終え、帰宅したあとは、webライターの仕事をしながら理は考えた。
――僕と眞鍋さん、何が違うんだろ
理は生きていく上で自分が今できることを仕事にしようとしている。その一方で眞鍋は自分の好きなことを深く追求し、それを仕事にしたいと考えていた。
――「できること」と「好きなこと」は全く違う
これはどっちがいいというものではない。理が好きなことを追求している眞鍋に魅力を感じたというだけである。できることを活用すれば、現実的に地に足を着けた行動が可能で、そこから色々な広がりを見せることがあるかもしれない。
好きなことを追求すれば、自分で切り開きながらも、そこから色々な広がりを見せることがあるかもしれない。どっちにしたって、それをやるのは全部自分。自分次第だ。
――僕の好きなこと、深く追求できるものってなんだろ?
理には自分が深く追求できるようなものがわからなかった。好きなものを想像すればすぐに「映画」や「ドラマ」が頭に浮かぶが、映画やドラマを作りたいとは思えないし、それを追求しようとも思えない。
その他にもかわいいフィギュアも好きだが、こちらについてもとくに追求したいとは思えない。
――車も好きだけど、仕事となると「違う」ってなるしな
理は元々車好きがこうじてレンタカー屋に就職した。その前はウォーターサーバーの営業の仕事をしていたが、このときは歩合給に魅力を感じていただけで、すぐに営業は向いていないとあきらめた。
そんなとき、コンフォートレンタカーの募集を見つけ、「レンタカー屋なら色んな車に触れられる」と考えて転職。とくにそこまで深い意味はない。
それと今、理が乗っている車は燃費のいいコンパクトなハイブリッドカー。以前は少し古い外車のステーションワゴンに乗っていたが、維持費を考え、乗り換えてしまった。自分が好きな車すらも今やその熱量を失っている。
――あとは自然も好きだけど…
理は普段から動画サイトで世界中、色々な土地の、自然豊かで気持ちいい場所の動画を見つけては、それを見て楽しむのを趣味のひとつにしている。とくに疲れているときは癒しにもなるため、そうした自然の持つ力を動画ながらに肌で感じていた。
小さい頃には近所の山で友達と遊ぶことが多く、自然はごく身近なものでもあった。今ではドライブでたまに山や海を訪れることはあるが、普段は車窓から遠くに見える山を眺める程度だ。
――好きなものをどうやっても仕事につなげられないな
理は色々と考えるが、好きなものはそれ以降とくに見つけられず、眞鍋のようにはなれないと感じた。自分の中にあるものが仕事につながるとは思えなかったから。
そう思うと、より一層眞鍋のことが羨ましく感じた。自分もあんな風に好きなことに夢中になってみたかったからだ。でも、今の彼にはそれができなかった。
「好きなことでは生きていけない」という思いが、自分の上に重くのしかかってきた。
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