第8話 振り回す

 理が会社へ戻ると、事務所の中から笑い声が聞こえる。どうやらみんなで談笑しているようだ。


 ――こっちは気分悪いのに、何楽しそうにしてんだ!


 そう思いながら事務所へ入ると、理に気付いたみんなの笑い声が止まる。


「洗車してくる」


 事務所の中にいた川田は逃げるように外へ。眞鍋は普段通り、自分の仕事へと戻った。


 ――なんだよ…みんなして…


 疲れたような表情で理は机にカバンを置く。そこで「ちょっといいか」と店長から声をかけられ、二人は奥の応接室のほうへと向かった。


「髙平、お前最近よく頑張ってるよな」

「はい、営業に力を入れています」

「それはいいんだ、でもな、もう少しみんなのことも考えてくれないか?」

「はぁ」


 理は最初から納得いかないような雰囲気で話を聞く。店長は少し困った様子で話を続けた。


「仕事に一生懸命なのはいいんだ、でもな、みんなも同じように仕事があるんだよ」

「それはわかってます」

「ならもう少し仕事のやり方を考えてもいいんじゃないか?」

「でも、僕は会社の売り上げに貢献してますよ?」

「それはわかってる!ただ、みんながいないとお前ひとりじゃ仕事回せないだろ!」


 理の態度に店長は少し声を荒げる。どこか天狗になっている彼に我慢できなかったからだ。


「そうかもしれないけど、そもそも借りてくれる人がいないと、その他の仕事もありませんよね?」

「その借りてくれる人を僕が、営業をかけて探してるんですよ?」

「あのな、もっともらしいことを言ってるつもりかもしれないが、もうみんな我慢の限界なんだよ」

「でも、忙しいって良いことじゃ…」

「まぁいい、仕事が終わったあとにみんなで話し合いするから」


 その日、理はそれから営業に出ることはなく、閉店時間まで会社の中で過ごした。


 ―――そして、閉店後


「みんな!来てくれ」


 社長が呼ぶ声にスタッフは、応接室へ入っていく。店長と眞鍋、そして川田に理。全員が揃ったところで、改めて社長が喋りはじめた。


「最近、仕事がとても忙しくなってる」

「みんなよく頑張ってくれてるな、ありがとう」

「少し前から新しいスタッフの募集もかけてるけど、今はまだ応募がない」

「だから、もう少しだけ頑張ってくれ」


 社長はひとりひとりの顔を見ながら、ねぎらいの言葉を贈る。


「それと最近頑張ってる髙平くん」

「はい」

「君の頑張りで会社の売り上げは上がってる」

「それはうれしいことだ、ありがとう」


 理は社長の言葉に無言で頷く。


「だけど、今、会社はパンク状態だ」

「髙平くんが取ってきてくれた仕事を回すのでいっぱいいっぱい」

「それに対応するため、新しい車も買ってるけど、人間のほうが追いつかない」

「だからな、髙平くん、一旦営業はやめて中の仕事を手伝ってくれるか?」


 社長は会社の状態を理へ伝え、彼にも中の仕事を手伝ってもらうよう声をかける。


「はい、わかりました」


 理は納得いかない部分もあったが、社長から言われると、納得せざるを得ない。


「私からも一言いいですか?」


 社長のほうを見ながら眞鍋が声をあげた。


「髙平くんさ、自分は仕事を取ってくるだけで、あとのことは全部こっちに任せてるでしょ」

「うん」

「それってさ、めちゃくちゃ勝手だよね」

「どんだけ大変だと思う?」

「みんなには一方的に仕事を振って、自分は外で好きに立ち回ってさ」

「こっちはあんたに振り回されてるんだよ!」

「仕事振るだけじゃなくて、こっちも手伝えよ!」


 これまで溜まっていた不満を一気に出し、激怒する眞鍋。理は彼女の言葉に自分がみんなを振り回していたことにやっと気付いた。


「ごめん」


 理は眞鍋に向かって頭を下げる。


「まぁまぁ、眞鍋さんも落ち着いて」


 社長はヒートアップした眞鍋をなだめると、今後について話し始めた。


「ひとまず今の忙しさが落ち着くまではみんなで頑張ろう」

「それと、今後は営業に出ている人がバンバン仕事を取ってきても対応ができるような体制を作ろうと思う」

「今回のような状態になっても大丈夫なようにね」

「まずは…」


 社長はその後も自身の考えをみんなに話す。だが、理はそれどころではなかった。自分が店長や眞鍋、川田のことを振り回していたことに気付いたからだ。


 ――僕がみんなを振り回してた?

 ――自分の仕事を一生懸命やっただけなのに?


 疑問ばかりが出てきて、頭の中がグチャグチャになる。


 ――みんなが対応しきれないのが、悪いんじゃないのか?

 ――僕が自分勝手?一生懸命やってるのに?


 理は混乱しすぎしまい、その後の会議の内容は一切入ってこなかった。それから一時間ほどが経ち、会議が終わると、みんなは静かに会社をあとにする。


 帰りはいつものスーパーには寄らず、真っ直ぐ家へと帰った。自宅に着いた彼は何もやる気が起きない。持っていたカバンを床に降ろすと、着替えもせずにソファーへ腰をおろした。


「はぁ~、疲れた…」


 今日一日の出来事に理は心と体の疲れを感じた。ポケットからタバコを取り出すと、それを咥えて火をつける。


「ふぅ~」


 タバコの煙を天井に向かって吐く理。煙はすぐに広がりながら消えていった。


 ――やっぱ人間ってめんどくさい


「上手くいかない」という思いが彼の中を巡る。自分は一生懸命だった。でも、眞鍋など他のスタッフも一生懸命だった。それで上手くいかなかったのは仕方がない。そういう時もあるということだ。


 それでも「自分は悪くない」という思いは強く、みんなに対して「めんどくさいヤツら」だと感じてしまう。だが、理はそれと同時に、「自分がとてもイヤなヤツ」になっていたのではないかとも感じていた。


 ――みんなを振り回すなんて最低だ!


 彼は自分にも腹を立てた。上手くできない自分に。


 ――でも、どうすればいいかわからないよ


 会社から帰ったあとも、まだ頭が混乱していたが、そこで彼は、以前見た女詐欺師のドラマをふと思い出した。そのドラマでは女詐欺師が多くの人を振り回し、自分勝手に振る舞う様子が強調されて描かれていたのだ。


 ――僕もあんな感じだったのかな


 理は自分を客観的に見て、そう感じた。他人を振り回してまで、自分の都合を押し通そうとしていたことに。

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