第7話 変わった

 理は山岡と出会ってから、仕事が以前と比べて随分楽なものになった。「考え方ひとつ変わるだけで、こうも変わるのか」と彼自身もその変化を強く実感していたのだ。苦手だった営業もそこまで「イヤだな」と感じることは無く、ごく自然な形で取り組める。仕事に対してはまるで別人のようだ。


 それは会社にいる店長をはじめとした、他のスタッフも感じていて、社内での人間関係も以前と比べれば明らかに良くなった。昔は多かった小さなミスも減り、彼は働きやすくなったのだ。


 その結果、理は営業へ出向いた先から仕事を頼まれることも増えた。彼の内側が変わったことで、それは現実に良いものをもたらしたのだ。社長や店長も彼の最近の働きぶりにはとても喜んでいる。


「最近調子いいみたいだな」


 喫煙所でタバコを吸っていた理のもとへ、スタッフの川田がやってきた。


「なんかいい感じです」

「よかったじゃないか、前はただ暗いだけだったし」

「アハハ」


 調子がいいときは誰だって心と体が軽いものだ。理の変化を川田も嬉しそうにしている。


「お~い川田さん!車の引き上げ行ってきて!」


 事務所の中から店長の声が聞こえる。その声に反応してタバコを吸っていた川田は事務所の中へ。しばらくしてから彼が事務所から出てくると、理はどこへ行くのかを訪ねた。


「川田さん、どこ行くんですか?」

「あぁ、この前髙平くんが営業行ってきたとこだよ」

「それ、僕が行ってきてもいいですか?話したいこともあるので」

「あぁ、いいよ」


 そう言うと、川田は理へ積載車の鍵を渡す。彼は店長に自分が行くことを伝えると、カバンを持って事務所をあとにした。


 ――せっかく仕事をくれたんだ、お礼とあいさつをしておこう


 そう思うと、理は積載車に乗って出発。目的地は30分ほど走ったところにある鈑金屋だ。たまたま事故代車が必要な瞬間に彼が営業で訪れ、「ちょうどよかった」とそのまま代車の依頼をしてくれた。偶然だが、理が訪れなければ、他のレンタカー屋にその仕事は回っていただろう。


 目的地の鈑金屋に着くと理は積載車の荷台を降ろす。それに気付いたのか、鈑金屋の社長が借りていた代車を、荷台が完全に降りたのを確認してから載せてくれた。


「お世話になります」

「おぉ、髙平くんか、この前はちょうどいいところに来てくれて助かったよ」


 鈑金屋の社長は嬉しそうな表情を浮かべ、理にお礼を伝える。


「いえ、こちらこそありがとうございます」

「また、事故代車が必要なときはコンフォートさんに連絡いれてあげるよ」


 その後、二人は仕事の話や世間話に花を咲かせ、ある程度したところで解散。理は営業の手ごたえや、客との関係性を少しずつ築けていることに喜びを感じていた。


 ――よかった


 理はそう思いながら帰り道を走る。仕事の成果のようなものを感じれば、誰だって嬉しい。彼はとても気分がよかった。ここから彼の仕事はさらに加速していく。少しずつ結果が出るようになり、理は営業に力を入れるようになったのだ。そのおかげか、これまで以上に仕事は増え、代わりに彼はとても忙しくなった。


 仕事の電話は彼の仕事用のスマホに入ることが増え、毎日たくさんの電話が鳴り響く。それもあって会社の中は必然的に忙しくなり、皆が皆、仕事に追われるような日々に変わっていった。


 理に仕事の電話が入れば、それを会社に伝えてすぐに必要な車を用意してもらう。自分は営業しながら、それ以外のことは会社や他のスタッフに丸投げ。車の準備や配車、引き上げまで、それらすべてをやってもらっていた。


 ―――そんな日々が数ヶ月続いたあと


「すぐに軽四が一台必要だからお願いね」


 理は出先から会社へ連絡を入れ、いつも通り車の用意をお願いした。


「今、軽四ないよ」


 電話の向こうで眞鍋がこたえる。


「普通車のコンパクトカーならあるけど」

「軽四じゃないとダメ!用意出来たら連絡して」


 理はそう言うと電話を切る。彼の電話を受けていた眞鍋はその身勝手なやり取りに怒りを感じていた。


「なにあれ、酷い!いい加減して!」


 眞鍋は理の強引なやり方がどうしても気に食わなかった。こっちのことは一切考えず、自分の仕事は全部他人に押し付けてくる。ここ最近の彼はずっとそうだ。


 自分が営業で取ってきた仕事は大切にする。でも、それ以外はどうなろうとお構いなし。他のスタッフが残りすべての仕事を対応してくれているのに、彼はそれを当たり前だと感じていた。


 だが、仕事を押し付けられた側は大変だ。自分たちも仕事があるのに、理の仕事が最優先になり、自分の仕事は後回しになる。他のスタッフたちはみんな、彼の仕事のやり方に不満を溜め、ストレスは最高潮に達していた。


 ――遅いな…


 眞鍋に頼んでおいた車の連絡が無く、理はもう一度会社へ電話かける。


「プルルルル」

 ワンコール。


「プルルルル」

 ツーコール。


 普段ならツーコールも電話を鳴らせば確実に出てくれるが、眞鍋は出ない。


 ――出ないな


「ガチャ」

「もしもし」


 電話に出た。だが、その声は眞鍋ではなく、店長だった。


「あれ?店長、さっき眞鍋さんに頼んでおいた車はどうなりました?」

「用意できないよ」

「えっ?」

「さっきも言ったけど、普通車のコンパクトカーならある」

「軽四ならあと二時間ほど経てば、一台帰ってくるけど」

「それじゃ意味無いんですって!」

「じゃあもう無理だ」

「ガチャ、ツー、ツー、」


 理は電話を切られた。


 ――なんだよ!


 お願いした車を用意してもらえず、イライラが溜まる。理は仕事を依頼してくれた車屋に連絡を入れ、コンパクトカーならあることを伝えた。


「なら、いいや、またお願いするよ」


 車屋からはそういって電話を切られた。理はせっかく受けた仕事を断るような形になってしまい、申し訳ない気持ちと、会社に対する怒りの気持ちが湧きあがってくる。


 ――くそっ!


 理は出先だったが、イライラが溜まりすぎてしまい、とても営業を回れる気がせず、一度落ち着くために会社へ戻ることにした。

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