第4話 営業

「おはようございます」


 理はいつもどおりダルそうに挨拶をして事務所へ入った。


「おはよう。髙平、今日営業行ってきてくれるか」


 出社した理に店長が声をかける。


「はぁ」

「机にリスト置いといたから、回れるだけ回ってきてくれ」

「わかりました」


 理は自分の机に荷物を置くと、リストに目を通す。そこにはここ最近あまりレンタカーを使ってくれていない車屋や鈑金屋、その他法人の名前がズラッと並んでいた。


 ――営業イヤだなぁ


 そう思いながら苦い表情を浮かべる理。それに気付いた店長はイラッとしたのか、机を「ドンッ!」と殴って声を荒げた。


「お前なぁ、いつもダルそうにしてたり、イヤそうな顔ばっかりしてるけどな!何しにここへ来てんだ!」

「…」

「辞めたいんなら辞めたっていいんだぞ!」

「すいません…」


 理は申し訳なさそうに頭を下げる。


「すまん、言い過ぎた」

「でも、ほんとに何しに来てんだ?」

「仕事です」

「お前が自分で選んで入った会社だよな」

「はい」

「だったらせめて会社にいる間ぐらいはちゃんとしてくれ」

「すいません」

「頼んだぞ」


 店長は理の肩にポンッと手を置くと、自分の机へと戻っていった。


「おはようございます」


 ちょうど二人の話が終わったところに眞鍋が出社してきた。


「おはよう」

「おはようございます」


 理は居心地が悪いのか、逃げるように外の喫煙所へ。


「ふぅ~」


 一服しながらなんとか心を落ち着かせる。


 ――朝から疲れたな…


 そんなうなだれているところへ、事務所から眞鍋がやってきた。


「さっきの聞こえてたよ」

「あぁ…」


 ばつが悪そうにする理に彼女がコーヒーを差し出す。


「さすがに『辞めたっていいんだぞ』は酷いよね」

「いや、僕が悪いから…」

「それはそうかもしれないけどさ、あんな言い方ないよ」


 眞鍋は普段、大量に仕事を任されているため、いつも忙しくしているが、基本的には思いやりのある優しい女性だ。ただ、仕事中は少し話しかけづらい。真剣な表情で黙々と仕事をしているからだ。


「眞鍋さんは怒られることあんまりないよね?」

「たしかに怒られることは少ないけど、『あれやれ、これやれ』っていっぱい仕事振られるよ」


 ブスッとした表情を浮かべる眞鍋。


「たまにはお前も手伝えっての!」

「アハハ、たしかに眞鍋さん、いつも大変そうだもんね」

「髙平くんも頑張って」

「ありがとう」


 二人は理がタバコを吸い終わるまで会話を楽しむと、一緒に事務所へ戻る。その後は他のスタッフも出社し朝礼。社長や店長がひとしきり話したところで、それぞれが自分の仕事へ。


「行ってきます」


 理は営業の準備を済ませると、会社の車へ乗り込む。出発前にもう一度リストを確認し、会社近くの車屋から回っていくことに決めた。


 ――営業イヤなんだよな


 そう思いながらも覚悟を決めて車のエンジンをかける。それから十分も走ることなく、最初の営業先へ到着。ここは小ぢんまりとした車屋だ。駐車場に車を止めると、会社の料金表を持って降りる。


 ――誰かいるかな?


 理が作業場のほうへ向かうと、つなぎを着たおじさんがタバコをくわえたまま出てきた。


「お世話になります」

「コンフォートさんか、久しぶりだな」

「はい」


 車屋のおじさんは理に気付くと、すぐにコンフォートレンタカーのスタッフであることを察した。これは彼が会社の名前入りジャケットを着ているからだ。


「何しに来たの?」

「いえ、最近あまり連絡が無いんで、どうしているのかと…」

「あぁ、営業ね」

「事故代車なんかはどうしてらっしゃるんですか?」


 苦手ながらも一生懸命営業をかけようとする理。車屋のおじさんは目を合わせず、作業台に置かれた水筒を手に取り、ゴクゴクと飲み始めた。


「プハッ!んなもん保険屋に全部任せてるよ」

「そうですか…」

「それにうちも代車持ってるからな」

「はぁ」

「もし、どうしてもレンタカーが必要なときはまた連絡入れてやるから」

「ありがとうございます」


 おじさんは水筒を置くと、目を合わせないまま作業に取り掛かろうとする。


「あの…、料金表が」

「水筒のとこ置いといて」


 理はあまり話ができないまま、持ってきた料金表と一緒に名刺を置く。おじさんは彼のことなど意にも介さず作業を始めた。


「また、来ます!」

「…」


 おじさんの返事が無いことを確認した理は、その場をあとにする。車に戻った彼は一旦近くのコンビニへ。先に店でコーヒーを買い、一息入れながらリストの中身を確認した。


 ――どこから回って行こうか


 リストを見ると、ここから近いところもあるが、ある程度距離を走らないといけないところもある。営業先までの移動時間も含めていくつか回るところを決めた。


 ――行くか


 理はその後も頑張って営業を行った。ディーラーや鈑金屋、ホテルにも伺ったが、どこも反応は悪く、レンタカーを使ってくれるかどうかは微妙なところだ。それでもなんとか料金表だけは受け取ってくれた。


 その一方で、彼は疲れていた。色んな営業先を回れば回るほど、体だけでなく、心までもクタクタになる。営業というのはそれほどに大変な仕事でもあるのだ。


 一通り先にチェックした営業先はすべて回り、理は再びコンビニで休憩を取っていた。今日はもう一件回れればいいぐらいの時間だ。


「どこも反応悪かったな…」


 タバコを吸いながらボソッとつぶやく。営業の手ごたえは全く感じられず、改めて自分はこの仕事に向いていないと痛感した。残り一件、営業へ行くのは気が進まない。


「ダルイ…」


 助手席に置いてあるリストに再び目を通すと、ここから近そうなところに営業先を一件見つけた。


「山岡モータース…」


 理にとっては今まで聞いたこともない車屋だった。車のナビに住所を入れ、目的地を確認してみる。


 ――今日はここで終わりにしよう


 吸っていたタバコを灰皿に入れると、エンジンをかけた。最後の営業先である山岡モータースへ向かうためだ。ある程度、走ったところで大通りから一本路地へ入る。すると、少し先に「山岡モータース」と書かれた看板が見えた。


 ――あそこか


 理はそのまま山岡モータースへと車を乗り入れた。

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