第3話 副業

 仕事を終えると理は帰りにスーパーへ寄った。お米とお惣菜、それにお菓子とジュースを買って、精算後はそのままガチャガチャのコーナーへ。彼は一通り見て回ると、一台のガチャガチャにお金を入れて回した。


「ガチャ、ガチャ」


 出てきたカプセルを手に取ると、中身に目をやる。


 ――よし


 少し嬉しそうな表情を浮かべ、理はカプセルを買い物袋にしまった。じつは彼はかわいいものが大好き。今日手に入れたのは小さなブタのフィギュア。自宅にはそうしたかわいいものがたくさん置いてある。彼の楽しみのひとつだ。


 帰宅後はまず最初にお風呂。一日の汚れを落としたあとは食事の用意だ。昨日炊いてあった残りのご飯を茶碗へつぎ、買ってきたお惣菜を出す。今日のお惣菜は焼き魚ときんぴらごぼうだ。


 スーパーで手に入れたブタのフィギュアを眺めながら食事を摂る。とても可愛らしい丸いフォルム。でっぷりとしたお腹と短い手足。顔もぷくぷくしていて、それは理の好みにピッタリだった。


「かわいい」


 食事を済ませたあと、彼はブタのフィギュアをパソコンデスクの上に置いた。


 ――これでパソコンを触りながら眺めることができる


 ブタのフィギュアの周りにも、同じような小さくて可愛らしいフィギュアがたくさん並んでいた。どれも理好みのフィギュアばかり。彼にとってはまさに癒しの空間だ。


 理は嬉しそうに椅子へ腰をかけると、ノートPCを開いて電源を入れる。じつは彼は本業はレンタカー屋のスタッフだが、副業でwebライターとしても働いていた。会社が副業を認めてくれているため、空いた時間を使ってお金を稼いでいたのだ。


 ――今日はこの記事を書くか


 自分が書きたい記事を選んだあとはノートPCに向かう。もうwebライターをはじめてから二年ほどが経ち、理も慣れたものだ。これまですでに様々なメディアの記事を執筆していて、今仕事をくれているのは車系のメディア。


 仕事はいつもまとめて受注し、記事がひとつ出来上がれば、その都度納品するという流れだ。それに理は元々車好き。車について記事を書くことは、それほど苦にはならなかった。


 それでも仕事のあとにさらに仕事をするのは大変だ。いくら苦にならないとは言っても、労働であることに変わりはない。肉体的にだけでなく、精神的にも疲れてしまう。それでも理はお金が欲しかった。お金があればどこかでこうした苦労とおさらばできると考えているからだ。


 だから、webライターとして稼いだお金はすべて貯金してある。毎月そこまで大きな金額を得ているわけではないが、塵も積もれば山となるだ。少しずつでもお金は貯まっていた。


 そこから二時間半ほどして記事が完成。書いた記事を納品して、理の本日の仕事は終了だ。とても長い一日だった。


「終わったぁ~」


 椅子の背にもたれて思い切り背伸びをする。


「ん~~~、疲れた」


 机の上のタバコを口にくわえ、ライターで火をつける。


「ぷはぁ~~~」


 いっぱい吸った煙を吐き出すと、それに合わせて全身の力が抜けた。


 ――今日もよく頑張ったな


 理は天井を見つめながら二口目を吸った。しっかり煙を肺に入れ、口を蛸のように尖らせると、煙を吐き出す。その煙は綺麗な輪っかになり、天井へと消えていった。


 パソコンデスクからソファーへ移ると、スーパーで買ってきたお菓子とジュースで安らぎのひとときを過ごす。ちなみに理はお酒を飲まない。弱いからすぐに泥酔してしまい、過去に何度か周囲に迷惑をかけるなど、失敗を経験したからだ。


 ――テレビでも見るか


 テレビをつけると、すぐにサブスクの動画配信サービスに切り替える。これも理の楽しみのひとつ。彼は物語が大好きで、漫画やアニメ、ドラマに映画など、昔から色んな作品を見てきた。


 今日は前々から気になっていた海外ドラマを見てみる。内容は女詐欺師がニューヨークで大きな詐欺を行い、ニュースでも取り上げられ、話題になったという実際の話を元にした作品だ。出演者は知らない人ばかりだったが、目を惹くものがあれば何でも見るのが彼のスタンス。


 ――詐欺なんてよくやるなぁ


 そう思いながら理はソファーへ横になった。すると、すぐにまぶたが重くなる。


 ――ヤバイ、寝ちゃいそうだ


 日頃の疲れもあって彼はつい寝てしまいそうになる。だが、なんとか踏みとどまって、体を起こした。せっかく気になっていたドラマを見るのだ。たとえ疲れていても、ちゃんと見たいと思うのは無理もない。


 それでもやはり疲れには勝てず、ドラマは一話を見終わる前にはやめ、ベッドへと向かった。そのまま倒れるように寝転んだ彼は、すぐに深い眠りについた。


 ―――そして、翌朝


 今日はいつもより少し早めに目が覚めた。普段から朝には強い理だが、目覚ましが鳴る三十分以上も前に起きるのは珍しい。


「ふぁ~~」


 眠そうに起き上がると、いつもどおり朝の支度だ。顔を洗って歯を磨き、朝食にはクロワッサンとコーヒー。窓からは気持ちいい朝日が入り込み、彼の疲れた心と体を癒す。


 食事を済ませたあとはノートPCを開き、時間までネットで、綺麗な自然を映した動画を見て楽しんでいた。


 ――こんな場所に行きたいなぁ


 そう思いながら画面からふと視線を外す。すると、そこはいつもの自分の部屋。一瞬で現実に逆に戻りだ。彼は深くため息をついた。


「また今日が来た」


 理の顔は、すぐに外で見せる暗い表情に変わっていく。自分は画面の中で見た景色の中で過ごしたいのに、現実は毎日やらなければいけないことだらけ。そのギャップがあまりにも大きすぎて、彼はイライラを募らせる。


「くそっ!!」


 怒りが言葉になって彼の口から出てくる。行き場のないイライラがついには彼の両腕を動かし、ノートPCを持ち上げた。


「!?」


 その瞬間、彼は我に返った。自分が怒りに身を任せて、ノートPCを壊そうとしていたことに気付いたからだ。理はそっと机にそれを戻すと、いつもどおりカバンを持ち、玄関から会社へと向かった。

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