第5話 山岡モータース

「お世話になります」


 山岡モータースに到着した理は、料金表を持って事務所の中へ。そこには社長らしきおじさんがひとり椅子に座り、パソコンで何かをしていた。


「コンフォートレンタカーです」

「おぉ、こんちわ」


 今日回ってきた他の営業先と同じように反応は悪い。理はそれを感じ取ると、ほとんど諦めたように、名刺と料金表を受付に置いた。


「レンタカー借りてほしいって?」

「えぇ、そうです」

「そういえば、昔はたまに事故代車持ってきてくれてたよな」

「それ、いつぐらいのことですか?」

「ここ最近のことではないな」


 理は過去に山岡モータースとは一度もやり取りをしたことがなく、おそらく最後にここが車を借りてくれたのは彼の入社以前のことなのだろう。


「もしかして大手のレンタカー屋ばかりですか?」

「そうだな」


 山岡モータースはレンタカーが必要な場合、いつも大手のレンタカー屋を頼っていたようだ。大手の強さを改めて感じた理は、料金表を置いてその場を去ろうとする。


「そうですか、それでは僕はそろそろ・・・」

「それよりも君、なんでそんなイヤそうな、暗い表情をしてるんだ?」

「へっ?」

「『もうイヤだ』って顔に書いてるぞ」


 理は自分の表情を突然ツッコまれて驚いた。


「何があったのかは知らんが、そんな表情してたら心配になるよ」

「すいません」

「ちょっとそこへ座んな」


 そう言われた理は、受付にある椅子へ素直に腰をおろす。


「君さ、今の仕事やりたくないんだろ?」

「えっ?いや…その…」

「隠さないでいいぞ、なんかすごい伝わってきた」


 理は図星なのか、恥ずかしそうにしている。


「イヤなものはイヤでいいし、ダルイならダルイでいい」

「はぁ…」

「みんなはそう思っても外側にだけは決してそれを見せない」

「…」

「でも、君は内側の本音が表情や態度に出すぎだ」

「だから相手にもそれが伝わる」

「…」


 おじさんは理の痛いところばかりを突いてくる。


「今日、他にも営業回ってきたの?」

「…はい」

「みんなの反応どうだった?」

「悪かったです…」

「だよな、でもそれは君が自分でそうしてるんだぞ」

「どういうことですか?」

「表情や態度、言葉なんかに本音が出すぎてるから、向こうも反応が悪かったってことだよ」


 理はその言葉がグサグサ刺さった。それは全部図星だったから。


「すいません…」


 とても惨めな気持ちになり、おじさんに頭を下げる。


「謝るんなら自分に謝りなよ」

「へっ?」

「本音には気付いているのに、それをごまかしてまで今の仕事を続けている自分に」

「…そうですね」


 ――なんだ、この人


 理はおじさんの言葉に、まるで自分のことがすべて見透かされているように感じた。そして、自分の本音を指摘され、初めてその行動がしていることにも気付かされた。


「イヤだ」と感じながらも、「仕事だから」と、自分の心と体に鞭を打つ。そんな働き方を続けていたせいか、いつしか内側にあった苦しみは、体の外側にも出てきて、彼の表情や態度、言葉など、その行動すべてを支配していた。


 普段は客前で、ちゃんとするよう心がけていた彼だったが、今日は一日営業で回って疲れてしまい、最後の山岡モータースを訪れた頃には、内側にある部分を隠し切れなくなっていたのだ。


「でも、仕事はやらないといけないから大変だよな」

「はい…」

「頑張ってるんだもんな」

「…」


 理に寄り添うようなおじさんの言葉は、彼の固くなった心と体を少しほぐした。まるで自分の理解者かのように感じたからだ。


「なんで今の仕事選んだの?」

「車が好きだったからです…」

「でも、入ってみたら好きじゃない仕事も多くて大変ってわけか」

「…はい」


 すると、おじさんは「待ってろ」と言い、一旦事務所の外へ出る。しばらくして戻ってくると、手には缶コーヒーを二本持っていた。


「ほれっ」

「ありがとうございます」


 缶コーヒーを受け取った理はさっきまでとは違い、自然な笑顔を浮かべていた。おじさんもそれを見て少し表情が軽くなる。


「君さ、自分の本音がよくわかってないだろ?」

「そうですね、僕も今そう感じてます」

「これからどうしていきたいとかあるの?」

「自然豊かな場所でのんびりした暮らしをしたいです」

「どうやったらそれができるとか考えたことある?」

「そう思って今副業もしてるんですよ」


 理は自身のwebライターの副業を明かした。毎月貯金をしていることや、それはすべて憧れの暮らしをするためであることも。


「でも、心は苦しくて仕方ないんだろ?」

「はい」

「だったら自分の内側にある本音部分に寄り添ってみたらどうだ?」

「いや、それをしたら僕、働けなくなっちゃいます」

「仕事がイヤってことか?」

「そうですね」


 ――おじさんの言うことはわかる


 でも、今の彼には、どうすれば自分の本音に寄り添った生き方が、できるようになるのかがわからなかったのだ。


「たぶんな、それは甘えてるだけだ」

「甘えてる?」


 理は突然の厳しい言葉にイラッとする。だが、おじさんはそんなことお構いなしに、続けて話した。


「自分の人生は自分しか生きられない」

「だから、自分で自分を動かして生きていくしかない」

「この世界は自由にできないことも多いけどな」

「自分が何を考え、どう行動するかは全部自分次第なんだよ」

「だから、今君の人生がどれだけ苦しくても、それは全部自分の責任なんだ」


 一生懸命話すおじさんの言葉は理の心に響き渡った。彼にとってそれは内側にあるモヤモヤを晴らしてしまうようなものだったから。


「でも、生きてるとイヤなことって、いっぱいありますよね?それも全部自分の責任ってことですか?」

「自分の外側はコントロールできないことが多いから、どうしても仕方のない部分はある」

「自分の外側って?」

「自分以外のすべてだよ、それは他人だったり、この世界そのものだったりな」

「じゃあやっぱり全部自分の責任とまでは言えないんじゃ…」


 理はおじさんの言うことをなんとか論破しようとする。


「でもな、それは全員一緒、みんな同じなんだよ」

「みんな自分の外側はコントロールなんてできないことばかりだ」

「だからな、イヤなことがあったときはそれに自分で対処するんだよ」

「自分で対処するっていうのも、しないっていうのも全部自分で選べる」

「だから、何があっても全部自分の責任なんだ」


 理は逆におじさんに論破されてしまった。

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