第8話 エルフは女が多くてドワーフは男ばっか。
僕は一本の剣を手に持ち、ゴブリン退治へと向かった。
シンさんから与えられた試験内容はゴブリンをニ匹以上討伐することだった。草原を進み森に入ると、早速三匹のゴブリンの群れを発見した。初めて見た時は恐怖の余りもっと大きく感じていたが、今回はしっかりと対象の大きさを判断する事が出来た。草陰に隠れながら地面を這いつくばり慎重に近づいて行く……。敵の目から死角になるであろう大木の影に身を隠すと、先ずは近くにいた一匹目のゴブリンを背後から斬りつけた。
「グギャァアア……」
と、ゴブリンが悲鳴を上げて倒れると、残りの二匹が同時に僕をめがけて飛びかかってきた。僕はゴブリンの一匹の胴を蹴り遠ざけると、残ったもう一匹の石斧による攻撃を剣で受け止める。そしてすぐに下半身に力を入れて踏み込み、石斧の柄ごと力一杯にゴブリンの首を刎ねた。この時、先ほど蹴りを入れたゴブリンによる投石が頭に当たってしまい、反射的に傷口を手で押さえる。
押さえていた手を見ると、僅かに血がついていた。僕はその出血を見て、忘れていた恐怖という感情を思い出してしまう……。すかさず唸り声を上げて襲いくるゴブリンから逃げようと、後ろを振り返った瞬間――シンさんからあの日言われた「強くなれ」という言葉と、元の世界にいる母の顔をふと思い出して踏みとどまった。
「逃げちゃ駄目だ……」
すぐさまゴブリンの方を向き直し思い切り剣を振り下ろすと、肉を骨ごと断つ嫌な手応えと共に、聴くに耐えない断末魔が響いた。
シルバはその場に膝をつき安堵する。
「やった……はぁ……。勝てた……」
落ち着いていられたのも束の間、森が突如騒がしい音を立てる。鳥が鳴き、草木が揺れ、ズシズシという足音のような不気味な音が辺りに響き渡ったのだ。
その音は段々とこちらに近付いているような気がした。
「なんだよ……これ」
やはり音は次第に大きくなり、その正体が姿を現す。それは全長3メートルはあろうかと思われる鬼のような姿の化け物だった。自分の二倍程ある巨大な怪物に一瞥され、命の危険を感じたシルバは立ち上がり剣を構える。
その化け物は手に持っている金棒をシルバに向かって振り回した。無意識に剣でガードしたが、まるで茹でる前のパスタ麺かのように、その剣はポッキリと折れてしまった。
「う、嘘でしょ?」
これを目の当たりにしたシルバは完全に戦意を喪失する。そして咄嗟に化け物の後ろの空を指差してこう言った。
「あ! UFO!」
化け物はおもむろに後ろを振り返った。その化け物が古典的なトラップに引っかかり余所見をした隙にシルバは全神経を足に集中させ、シンの待つ草原の小屋へ向かって全速力で走り出した。
「UFOって全世界共通なんですねぇええ!」
その後ろから鈍足ではあるが歩幅が大きい為、シルバと同程度のスピードで追ってくる得体の知れない怪物。
走り続け、なんとかシンの姿を捉えたシルバが叫ぶ。
「シンさぁぁああん!」
小屋の屋根の上から追われている様子を見たシンは呆れて溜息をついた。
「ったく……。なんでお前は毎回追われてんだよ」
「こいつは、なんなんですかーっ!?」
「そいつはB級モンスターのオーガだ。この辺りにはそんなランクの高いモンスターはいない筈なんだが……」
シンは屋根から飛び降りると拳を構えた。
「おいクソガキ、そのままここまで走ってこい」
「わ、分かりましたぁああ!」
最後の力を振り絞って走るシルバは、ゴール地点であるシンの姿を凝視した。左手の掌を前に突き出し、右手は曲げて拳を握るその構えは自然だが力強く、どこか荒々しさを感じさせた。
そしてその姿が近くなると、シンの構えた右手の拳には、黒っぽい稲妻のようなオーラが纏っているように見えた。シルバがシンの元まで辿り着き通り過ぎると、その場に倒れ込みながらシンの方を振り返る。シンは静かにオーガが来るのを待ち構えていた……。シンの元まで近付いたオーガが金棒を構え、振りかぶろうとしたその時――
「『
その声と共にシンの放った正拳突きは、巨大なオーガの体の中心部に直径一メートル程の大きな風穴を開けたのだった。
「なっ……!」
その恐るべく威力にシルバは絶句する……。オーガが倒れると顔だけ振り向いたシンの表情は、先程までの険しいものとは打って変わり、いつものたるんだ笑顔だった。
「おいガキ、剥ぎ取りチャンスの始まりだ」
「……え?」
シルバは未だ呆気にとられていた。
「ランクの高いモンスターの爪や牙は高く売れるんだ。武器の材料にもなるから全部頂いていくぞ。ケイトの奴がうるせぇから、残った死体は騎士団に回収させる」
こうして僕達はオーガの高く売れる部位だけを剥ぎ取り、ギルドへと帰還した。
「これはお前の分の報酬だ」
シンはそう言って、オーガの犬歯である長い牙を一本、袋に入れてシルバに渡す。
「え? シンさんが倒したのに貰っても良いんですか?」
「その牙で新しい剣を作れ。腕の良い鍛冶屋を紹介してやる」
「あ、ありがとうございます」
僕はこの珍しい事態に槍でも降ってくるんじゃないかと、空を見上げながらシンさんオススメの鍛冶屋へと向かう。
教えられた地図を見ながらその店に入ると、杖をついた店主らしきドワーフのおじさんに話しかけられた。
「いらっしゃい。今日は何をお探しかな?」
「えっと……僕はクロノワールの冒険者なんですが、シンさんにここで剣を打ってもらうよう言われまて来ました」
「そうかそうか、シンのところの冒険者か。その手に持っているのは剣の素材かな?」
「はい! オーガの牙です」
「なんと! それは素晴らしい。鑑定するからしばらく店の商品を見ているといい」
僕はオーガの牙を手渡して言われるがまま店の中を見て回った。この『ハブリット武具店』の店内には大小様々な武器はもちろん、日用品やサバイバルグッズまで多種多様に揃っていた。僕が品揃えに感心していると、ある商品棚で足が止まる。
そこに売られていたのは、『TENKA』と書かれた見覚えのあるフォルムをした筒状の、男性御用達商品だった。
「店長! これは一体なんですか!」
シルバが血相を変えて大声で尋ねる。
「あぁ。それはシンと共同開発したオリジナル商品だよ。私はこの商品で天下をとるつもりなんだ」
「やっぱりアイツが絡んでるんかい!」
「その中には企業秘密のとある希少なスライムを使用していて一度使うと病みつきになること間違いなしだ。最近ではシンのアイデアで卵型の新商品を開発中だよ」
「あのクソギルマスめ……。」
「良かったら、これは開発中のサンプルなんだが……」
そう言ってハブリットは卵型のブツを悪い顔で手渡す。
「――ありがとうございます」
僕は先程までの怒りも忘れすんなりとそれを受け取った。
「私は発明が趣味でね。何か良いアイデアがあれば買い取るから気軽に言っておくれ」
その後、剣が出来上がるには2週間程かかると説明を受け僕は武具店を後にした。
ギルドに戻った僕は戦利品の『TENKA』を机の引き出しの奥へ隠すと、晩御飯の買い出しに行くべく一階へと降りた。するとフロントから女性の大きな泣き声が聞こえる。
「そんなのあんまりよぉぉ……。私たち友達でしょおぉぉ……?」
そこにはその場に座り込み泣きながらロゼッタに縋り付く、オレンジ色の長い髪をハーフアップにした耳の長いエルフらしき女の子の姿があった。
「な、何があったの?」
慌てて駆け寄ると、そのエルフはこちらを見つめた――。
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