異世界あるある早く言いたい。

野谷 海

第1話 主人公はだいたい1話で死ぬ。


「はじめー? お昼ご飯出来たわよー!」

と、下の階から母の僕を呼ぶ声が聞こえる。


憂鬱な心持ちでリビングへ降りて行くと、テーブルの上には僕の好物である半熟のオムライスが用意されていた。

「明日はちゃんと学校行きなさいよ?」

本日仮病を使い学校をズル休みした僕に向かって、母はそう釘を刺しながら小鉢に入ったサラダを僕の前に置いた。

「分かってるよ……」

僕は苦い顔で答える。


母は綺麗な銀髪を後ろで束ねながら、僕の正面の席に座った。この国では珍しいその髪色は、決して染めている訳ではなく、母はロシアで生まれた生粋のロシア人なのだ。そして僕も同様にその銀髪を母から受け継いでいた。因みに日本人の父からは『白銀しろがね』という苗字と、年齢よりも幼く見られる事の多い顔つきを継承している。


ハーフというのは、クラスで持て囃されて人気者になる者と、後ろ指を刺されて大人しく過ごす者の二種類が存在していると思う。


僕の場合は残念ながら後者だった――。

この銀髪が原因で周りの友達から浮いてしまい幼い頃から白い目で見られる事が多く、それに耐えられなかった気の弱い僕は引き篭もりまでとはいかないが、高校3年生になった現在まで学校を休みがちになってしまったのだ。


そういう訳で、ろくに友人のいない僕にとって心の支えだったのが、アニメやゲームなどの娯楽だった。2次元は決して僕を裏切ったりしない……。


「もう! 聞いてるの?」

母の声で突如現実に引き戻される。

「えっ? 何?」

「返事くらいしなさいよ! オムライスのお味はどう?」

「うん……。普通」

「はぁ? 何よ普通って? せっかく作ってあげてるのに……」


僕の無神経な発言で母の機嫌を損ねてしまい、この後もしばらく憎まれ口が続いた。自分が悪い事など分かってはいるけれど、素直に謝る事の出来ないお年頃なのだ。むしろ逆ギレまでする始末で大きな声を上げてしまう。

「うるさいよ! もう分かったから!」

僕は勢いよく席を立ち、そのまま玄関へと向かった。

「ちょっと! どこ行くの?」

「散歩――」

僕は振り返りもせず、背中を向けたまま答える。


近所の街並みをブラブラとしていると、自分がいかにちっぽけな存在なのかを改めて実感する。僕が学校に行かなくたって世界はいつも通り回っていて、誰も困る事なんてないじゃないか……。


そんな事を考えながら歩いていると、会いたくない人物を発見してしまう。それは同じクラスで不良の『黒金 実くろがね みのる』という男。小学校からの腐れ縁で、顔を合わせる度に僕に絡んでくる苦手な相手なのだ。彼に見つからないように僕は慌てて回れ右をして引き返そうとした――その時だった。



突如響き渡る――まるで黒板を爪で引っ掻いた時のような"キィー"という不快な音。僕のこの世界での記憶は唐突にここで終わりを告げる――。



目が覚めると、そこは知らない天井も壁も奥行きすらもない不思議な空間だった。

「目が覚めたのね……」

と、女性の声がした事に驚き慌てて起き上がると、そこには羽の生えたまるで天使のような女性が宙に浮かんでいたのだ。


「あ、あなたは誰? ここはどこですか?」

「私は転生の女神『イザメル』。えーっと、何から説明したら良いのかな……」

「転生って事は……やっぱり僕はあのトラックに轢かれて死んだんですね……」

あの時の嫌な音の正体は、猛スピードで向かって来たトラックのブレーキ音だった。


すると女神は地面へと降り、額を激しく床に擦り付ける。

「ごめんなさい! あなたが死んだのは手違いなの!」

「え? 手違いって、一体どういう事ですか?」

「あの時死ぬ筈だったのは、あなたではなく別の人間なの。

その人間をここに呼び込もうと、トラックを暴走させたら君が飛び込んで来ちゃって……」

「そんな……じゃあ早く生き返らせて下さいよ!」

女神は苦悶の表情で口を開く。

「それは、出来ないの……」

「なぜですか!」

「私の持っている力は、ここへやって来た人間を『エアレンデル』という異世界へ送り転生させるという一方通行のものだから……」

「じゃあもう母さんには、会えないって事ですか?

喧嘩したままお別れだなんて……あんまりですよ!」

僕は珍しく大きな声を上げて文句を言うと、女神はある提案をする。

「転生先の世界で元に戻る方法を探すしか……」

「そんな方法があるんですか?」

「こちらから向かうルートがある以上、戻る方法もきっとあるはず……」

「まだ……希望はあるって事ですね……」

僕はなんとかこの状況を前向きに考えようとした。

「じゃあ転生に応じてくれる?」

「それしか方法がないのなら……分かりました」


「良かったぁ! 納得してくれたようだから、今から転生の説明をするわね!」

先程とは別人のような明るいテンションで話し始める女神イザメル。

「あの……いきなり態度変わり過ぎじゃないですか?」

「いつまでも落ち込んでたって仕方ないじゃない!」

「それは僕のセリフであって、あなたが言うのは違う気が……」


女神は尚も楽しそうに続ける。

「まぁまぁ! 転生先での見た目とか名前はどうする?赤ちゃんから始めたり、種族や性別も選べるよ♪」

「なんだかゲームのチュートリアルみたいですね」

悔しいが僕は女神の澄んだ笑顔に乗せられて少しワクワクしていた。

「私のオススメはスライムか蜘蛛だよ♪」

「そ、それは二番煎じにも程があるので辞めておきます」

「えー? じゃあ自動販売機は?」

「もういいですから。怒られますよ?」

「じゃあ何にするの?」

女神が僕の決断を急かす。


僕は前世で悩みの種だった事を尋ねてみた。

「その世界に髪色の偏見はありますか?」

「特になかった筈だよ!」

「では年齢も姿も今のままで良いです」

「オッケー!」

女神がそう言って手をかざすと、光の輪が現れ僕の周囲を照らし、どこからか機械的な音声が聞こえた。


《転生先の姿が確定しました。

次に名前を設定してください》


「じゃあ次は名前だね! 何にする?」

「向こうでの言語はどうなってるんですか?」

「言語は一つに統一されているよ!

転生と同時に自動的に習得するから安心して♪」


それを聞いて顎に手を当てしばし考える。

「中学の時に妄想していた異世界での名前は『白銀の弾丸シルバーブレッド』だったっけ……ふふ」

――僕はつい、心の声を口に出してしまっていたのだ。

白銀の弾丸シルバーブレッドだね! オッケー♪」

「ちょ! ちょっと待って下さい!

今のは黒歴史を思い出していただけで、そんな厨二病な名前……!」


必死の抵抗も虚しく先程の機械音声が鳴る。

《名前を設定しました……フッ。転生者の名前は……フッ、魂と繋がっています……フフ。偽名などを名乗ると罰則がありますのでご注意下さい……》

「おい機械音声。所々で笑い堪えてるの聞こえてるぞ」

「なんで笑ってるんだろうね? かっこいいのに」


バレないように女神を睨みつけながら質問をする。

「今から名前の変更は出来ないんですか?」

「もちろん出来ないよ!」


僕が四つん這いになり悔やんでいると女神が続ける。

「今回の転生はこちらの落ち度だから、一つだけ特別な能力をあげられるよ! このカタログから選んで!」

「ほ、本当ですか!」


今まで散々アニメで見てきたチート能力付与イベントだと思い、少しだけ元気を取り戻した僕は期待に胸を膨らませながらそのカタログを開く。

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