第29話 VS黒騎士(初戦)


 燃え盛る森の中、炎が運と黒騎士の影を揺らし、木々の裂け目から灰が舞い上がった。火花がぱちぱちと跳ねる音が静寂を破り、熱気が二人の間を押し広げる。


 斧槍を持った黒騎士は構えもせず、冷徹な視線で運を見据えている。


 対する運は汗で濡れた額に決意の色を浮かべて強く拳を握っていた。


 火花が再び激しく跳ね、鋭い音が耳を刺すなか、張り詰めた緊張を砕くかのように運がトラックを出現させると同時に全速力で突撃した。


「まずは挨拶代わりだっ!」


 だが運の突撃は先ほどと同様に黒騎士に片手で受け止められた。


「やっぱまぐれじゃねーんだな……トラックを片手で受け止めるとか普通じゃねーな」


――だが俺様にはトラックの突撃しかねぇからな……なんとか小回りの効くフォークリフトモードで隙を見つけて、無防備のところに突撃を叩き込むっきゃねぇ……!


 すぐさまトラックを収納し、フォークリフトモードで素早く後方に距離を取った運は隙をうかがうように黒騎士のまわりを回った。だが黒騎士は余裕の表情で、運が背後に回ってもろくに視線すら向けようとはしない。


「くそっ! こっちを見向きもしねぇ。余裕かよ……!」


 黒騎士は運を目で追おうとすらせずに立ち止まって運の行動を待っていた。


「なら、魔法攻撃はどうだ! バックファイア! チルド! ヘッドライト・レイ!」


 運は渾身の力で三属性魔法の波状攻撃を仕掛けた。


「……」


 しかし黒騎士はそれを斧槍のひと振りでいなす。


――ちっ! 直接の魔法攻撃がダメなら目くらましで隙を作る!


「ウォッシャーバブル!」


 だが、視界を妨げようにも斧槍を薙ぐ風圧のみでそれを弾かれてしまう黒騎士。


 次の動作に移ろうとしていた運は完全にリズムを崩されて動きが止まってしまっていた。


「……マジかよ。俺様の攻撃が何ひとつ通用しないのか。どうなってんだ、あいつは」


――小手先の魔法が通用しないなら、剣で直接こじ開けてやるぜ!


 運は意を決し、両手に剣を持って再度黒騎士の懐に飛び込んで行った。


「ワイパーブレード!」


 その斬撃も斧槍にて軽く止められてしまう。


「からの、ゼロ距離ロケットスタート!」


 が、斧槍が防御に使われた隙をついて運はトラックに換装し、今度こそ無防備となった黒騎士に渾身の突撃を加えた。


「やったかっ!?」


「……」


 それでも黒騎士はわずかに数歩ぶん後退したばかりで、相変わらず声すら発さなかった。


「嘘だろ……まともに食らってもその程度の反応かよ」


 運は愕然としたが、また同時に闘争心にも火を点けていた。


「が、ダメージゼロってわけじゃなさそうなのは安心したぜ」


「……」


 運はまた距離を取って黒騎士のまわりを回る。相変わらず黒騎士は振り返ろうともしない。


「その自信は絶対の防御力からくるってわけか……。だがな、振り返るまでもなく余裕って言うのなら、遠慮なく背後から攻撃させてもらうまでだっ!」


 運は黒騎士の背後からビームを連打する。


「反応がねーから、効いてるのかわからねーが、削って削って、削り切ってやる!」


 繰り返されるビーム着弾によって周囲に土煙が巻き起こっていく。やがてそれは黒騎士の姿を完全に覆うほどになった。


「ちょっとやり過ぎたか?」


 と言うのも束の間、今度はその中心から土煙を巻いて貫くように飛んでくる斧槍のひと突き。


「うおっ! 危ねえ!」


 それを間一髪でかわしながら運はさらに距離を取った。


――やべぇやべぇ。防御力だけだと思ってた矢先にあの斧槍か……あんなひと突きをくらったらトラック装甲ごと胴体に穴が空いちまいそうだ……。


 運の頬を冷たい汗が流れる。


――認めたくはないが、どういうわけか黒騎士は轢く側である俺様以上に能力値が高いんだろう。これはちょっと、厳しい戦いになりそうだ……。


 運は悔しさを滲ませながら自分から仕掛けて行くのをやめた。


――だが、まぁいい……。俺様の目的はこいつを倒すことじゃねぇ……エルフ族が無事に逃げられるまでの時間を稼げればいいんだからな。


 そう思って運はあえて手のひらを返すように両手の剣を収納し、構えを解いた。


――ここは下手に戦うよりも会話に巻き込んでしまったほうが時間が稼げるかもしれねーな。


「なぁ、あんた。とんでもない強さだな。黒騎士スーパーグレートっていったか……?」


 運はあえておどけたように明るく黒騎士に話しかけた。


「……」


「正直、名乗りもしねぇうちからぶっ飛ばしてやろうかと思ってたが、どうも上手くいかねぇらしいからな。一応名乗っておくぜ、俺様は日野運、見てのとおりトラックドライバーだ」


「……」


「無視しないでくれよ。それともいきなり攻撃したのを根に持ってんのか? だがここは戦場なんだぜ? 隙があると思えば攻撃くらいするだろ?」


「……」


「しゃべれるなら、自己紹介くらいしてくれたっていいんじゃねーのか?」


「……」


――くそ、無口なやつだな。


 運は会話の糸口を探して頭を捻った。


「聞いたぜ? あんた数十年も無敗なんだろ? そんで大陸中の戦争に所属もなしに神出鬼没に現れる……もしかして戦争が好きなのか?」


「……」


「どうして今回は公国軍に力を貸すんだ? たまたまか? それとも何か理由があるのか?」


「……」


「どうして何もしゃべらないんだ? もしかしてそれにも理由が……」


 運が言いかけたときだった。突如、会話を打ち切るかのように黒騎士が運に向かって斧槍を投げ飛ばしたのだ。


「うおっ!」


 なんの脈絡もなく恐ろしい速度で放たれた斧槍を運は間一髪で回避するが、その後方では斧槍が突き刺さった大木の幹が弾け飛ぶように粉砕され、圧し折れていた。


「人が話してる最中にいきなり攻撃かよ……」


――やっぱりあの斧槍はやべぇ威力だったな……。だが、これはチャンスかもしれん。あのやっかいな斧槍を投げ飛ばした今なら……。


 背後の折れた大木から黒騎士に視線を戻した運は絶句した。黒騎士の手にはなぜか先ほど投げ飛ばしたはずの斧槍が握られていたのだ。


「なん……だと……?」


――なんでだ!? なんで今さっき投げ飛ばしたばかりの斧槍をあいつが手に持ってる!?


 運は動揺しながらも、黒騎士の次の攻撃に備えるように剣を取り出して構えた。しかしその自分自身の動作によって、さらに混乱が生じるように呼吸が荒くなってしまっていた。


――ま、まさかとは思うが……。俺様のワイパーブレードも出し入れが自由だぞ……? もしかして、黒騎士も俺様と同じように投げ飛ばした斧槍を収納してから手元に取り出したんじゃないのか……? だが、それじゃあ、あいつはいったい……?


 運は混乱によって足元が覚束なくなっていたが、今度は反対に黒騎士のほうが攻勢に出るとばかりに斧槍を構えて腰を落としていた。


――やばい、攻撃がくる! だが慌てるな。いくら黒騎士の攻撃力と防御力がケタ違いでも、あの重装備じゃそんなに素早く動けるはずが……。


 運が油断した次の瞬間だった。瞬きを挟んだ一瞬のあと、気づけば黒騎士の斧槍の切っ先はもう目の前にまで迫っていた。


「うおおおっ!」


 運はとっさに身を翻して間一髪その切っ先を回避したが、斧槍の柄に付いた刃が追撃とばかりに運の被っていた兜ごと耳を切り裂いていった。


「ぐああっ!」


 運はたまらず顔を歪ませるが、目を閉じるわけにはいかなかった。黒騎士がすぐに体勢を整えて次の攻撃の動作に入っていたからだった。


――信じられん! 一瞬で間合いに入られた! あの重装備でなんて速さだ!


 運の剣が届かぬギリギリの間合いで繰り出される怒涛の連続突き。


 運はそれをなりふり構わず必死にかわしたりいなしたりしながら、それでも少しずつ押されるようにあとずさりをしていた。


――五十鈴みてぇに精霊の力を宿してる攻撃ってわけじゃねぇ……単純に攻撃力がハンパじゃねぇんだ……しかも黒騎士自身のこの動き、身体能力も人間業じゃねぇ……!


 黒騎士の攻撃がかするたびに引き裂かれていく運のトラック装甲。


――くそっ! こいつわざと俺様を試すように遊びやがって……! なめんなっ!


 防戦一方だった運が決死の覚悟でひと突きをいなして、なんとか黒騎士の懐にもぐり込んだときだった。それまでただ遊ぶように突き出していた斧槍の軌道が一転、石突から翻すような動きとなって運の死角から胴部を横薙ぎに払っていた。


「がはっ!」


 斧槍の柄で脇腹を殴打された運はその衝撃で大きく吹き飛ばされ、十数メートルも離れた大木に背を打ち付けて崩れた。


――くそ、いいもん貰っちまった……トラック装甲がなかったら死んでたな……。


 運はガクガクと震える足を拳で叩きつけながら、剣を杖代わりにしてようやく身体を奮い立たせた。対して黒騎士は運の力量をはかり終えたとばかりに追撃もせずに斧槍を納めて運を睥睨していただけだった。


――ようやくわかった……黒騎士は、轢かれる側じゃねーんだ……。しかも少なくとも数十年は無敗って話からすれば、それだけエヒモセスにいたってことで、確実に俺様よりレベルが高いってことなんだろう……。


「くそが……その気だったらもう殺してるとでも言うつもりか……?」


――俺様を殺そうとしているわけでもねぇ……エルフを追うような素振りも見せねぇ……五十鈴の言っていたとおり、本当に目的のわからねぇ奴だな……。


 運は黒騎士からの追撃がないことをいいことに乱れた呼吸を整え、少し血の混じった唾を吐き捨てた。


「ふざけやがって……会話しようとすりゃ攻撃してくるくせに、俺様が倒れてるときにはトドメをさそうともしねぇ」


 黒騎士は余裕とばかりに運を手招きするような動作で挑発する。


「戦闘以外に興味がねぇ、いわゆる戦闘狂って奴かよ……付き合ってられっか」


 運は短く強く息を吐き出して、覚悟を決めた顔で黒騎士を見据えた。


「ダメだ、こんな戦い方じゃ埒があかねぇ……時間稼ぎなんて、やっぱ俺様の性分じゃなかったんだ」


――どのみち森は燃えちまったんだ……ここは出し惜しみなんかせず『インパクトアース』を使うしかねぇ……隕石すら粉砕した威力なんだ、さすがにこれは止められねぇぞ。


 運は攻撃の前に両手を前に突き出した。


――だがもう油断はしねぇ。インパクトアースを叩き込む前に特大の隙を作ってやる!


「森を燃やしたことを後悔させてやる! トラックスキル、エアヒーター!」


 説明しよう。エアヒーターとは、車内生活の長いトラックの運転手には必須のアイテムとも言える空調機能の一つである。


 環境対策問題として駐車時のアイドリングストップが求められて久しい今日、エンジンを止めることで夏や冬の暑さ寒さは運転手にとって非常に厳しいものとなる。それらを緩和するためにエンジン稼動中に蓄熱を行い、エンジン停止時の空調をサポートするものであり、蓄熱式クーラーなども同様に搭載されていることが多い機能なのである。


「これがお前が燃やした森の怒りだ!」


 トラックスキルエアヒーターにより、燃え盛る森の膨大な熱量が運のもとに一気に集束し、とてつもない熱風になって黒騎士に襲い掛かった。その激しい熱風は砂塵をも巻き起こし、熱砂の竜巻となって激しく黒騎士を取り囲む。


――いくら強くても、生身の人間がこの熱量に耐えられるわけねーだろ!


 運の狙いどおり、黒騎士は熱風の砂塵竜巻を受けてさすがに体勢を怯ませていた。


「まだだ! 一気に畳み掛けてやる!」


 そして運は砂塵の収まらぬうちに重ねるように目眩ましのウォッシャーバブルを撒く。


「さぁ! 熱いだろ! 見えねぇだろ! 完全に無防備となったところに最大火力を叩き込んでやるぜ!」


 運は上空に舞い上がると黒騎士の真上から荷台を高速発射した。


「いくぜ! 防げるもんなら防いでみろ! コンテナメテオだ!」


 超重量の荷台はさらに炎魔法をまとい、さながら隕石のように黒騎士に向かって落下する。


「……」


 黒騎士は怯みながらもそれを受け止め、放り捨てるように真横へ流したが。


「それは織り込み済みだっ!」


 その流した荷台のすぐうしろを追うように現れたトレーラーヘッド。運の波状攻撃を怯みながらもいなしていた黒騎士は未だ体勢が整っていない状態でそれを眼前に迎えていた。


「ようやく隙を見せやがったか!」


 そして流された荷台も即時収納と再出現が同時になされ、運のトラックによる最大質量での突撃が実現する形となる。


「うおおおおおおっ! 全力っ! インパクトアァースッ!」


 トラックは黒騎士が体勢を元に戻す間も与えぬうちに直前まで迫った。


「……カウンターウェイト」


 それは、黒騎士が初めて声を発した瞬間だった。


――っ!?


 たったひとことの小さな声の呟きでしかなかったが、その音声を車内で拾っていた運はこれから激突の瞬間を迎えるというのにも関わらず顔を引き攣らせた。


 瞬間、止まったような時のなかで運は本能からハンドルから手を放し、自らの身体を守るように交差させた。しかし最大速度の攻撃で衝突する直前であったこともあり、黒騎士との激突は避けられぬままトラックは直進を続けていた。


――やべぇ……。これは逃げる間もなく、あっけなく死ぬかも……。


 そう思わずにはいられないほどの重圧を発する黒騎士に、もはや止まることのできないスピードで直進するトラック。


 激突。


 そして大破するトラック、微動だにしない黒騎士。


 自ら向かって行ったトラックは黒騎士と正面衝突した部分から大きくへしゃげ曲がり、フロントガラスは砕けて飛び散る。衝突のあとから追いついてくる重量との狭間で捻れて押し出されるように跳ね上がるトラックと、車外に放り出され、反り返るように宙を舞う運の身体。


 運はその時点で失神していた。


 そのまま地面に叩きつけられれば大破したトラックの残骸にも巻き込まれ、命の危険も大いにあっただろう。だがそこへ一陣の風が通り過ぎた。


「運殿っ!」


 投げ出された生身の運を落下から抱き抱えて救ったのは戻って来た五十鈴だった。


「運殿っ! しっかり! 目を覚ましてくださいっ! 運殿っ!」


 五十鈴は地面に寝かせた運の頬を何度か叩くが、運が反応を返すことはなかった。


「信じられません。これほど強い運殿ですら敵わない相手だなんて……」


 バラバラに砕けたトラックの残骸と燃える森を前に、五十鈴は一度は目を背けた。


「黒騎士、お前の目的はなんだ?」


 五十鈴はそれでも毅然と黒騎士を睨みつけた。


「……」


「話すつもりはないということか」


「……」


「なら、私はこの場でお前と戦うことはしない……運殿とともに、この地を捨てる」


「……」


「どうやら興味すらないようだな」


「……」


「今はありがたく引かせてもらおう。……しかし覚えておけ、次はこうはならない!」


 五十鈴は意識のない運を背負い、黒騎士に背を向けて燃える森の中へ飛び込んで行った。


 黒騎士はそんな五十鈴を追うことはせず、黙って立ち止まったままその背が見えなくなるまでただ見ていたのだった。




 このあと里を含むオクヤの森は数日間に渡って燃え続け、灰の森となった。


 これが、のちの宿敵となる黒騎士スーパーグレートとの邂逅である。

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