第25話 VS機動兵器×10


 五十鈴から頼みの綱の結界が破られたと聞き、色を失う運と久遠。


「ありえません……。エルフ族の結界が……こんなにも容易く人間に破られるなんて……」


「その反応、完全に想定外って感じだな」


 結界が破られた事実は少なからずエルフ族に動揺を与えていた。


「ど、どうなるの……?」


 久遠が心配そうに尋ねる。


「エルフは数で劣るから結界によって里に入って来る敵軍の数を制限して戦おうとしていたんだ……だが、結界が破られた以上はその制限がかからない。公国軍が数に任せてなだれのように攻め入って来るってわけだ」


「そ、そんな……」


 そこへ雪崩のごとく大声を上げて踏み入って来る公国兵の圧力は、さらにエルフの戦士を萎縮させた。


「怯むな! これも想定されていた事態の一つに過ぎない! 地の利、魔力の利を活かして戦えばまだこちらのほうが有利だ!」


 五十鈴は自ら先陣に立って仲間を鼓舞した。


「うおおおおっ! 各員、魔法攻撃、放てぇーっ!」


 それに応じるように覚悟を決めたエルフの戦士たちは奮い立ち、迫り来る公国兵に魔法攻撃を放ち始めた。


「お、お兄ちゃん聞いたよね? まだ想定内だって! こちらのほうが有利だって!」


「五十鈴の立場じゃ、味方の手前そう言うしかねーだろ……」


「そんなぁ……」


「だが戦いはまだ始まったばかり。結界がなくてもエルフの魔法はとんでもねーぞ?」


 森の木々の間を縫うように飛び、未だ姿も見えぬ公国兵を穿つことができるのはエルフの魔法の為せる技であったが、それでもやがて数によってわずかずつ押される形となっていた。


「う、うわあああっ! き、来たぁ! 機動兵器トラクターだあっ!」


「うわああああっ! 一気に5機もまとまって来たぁ~っ!」


 戦場の一角で声が上がった。


「くっ! ついに来てしまったか……」


 苦しげな表情で五十鈴が言った。


「1機10人で当たりたい敵の機動兵器が5機も。こんな状況でそんなに戦力を回してしまったら……」


「なら、ここは俺様の出番だな」


 五十鈴の前に運が名乗り出た。


「は、運殿っ!?」


「まとまって来てくれたならむしろ好都合。さすがに俺様も身体は一つしかねーんだ、散られたら厄介だと思ってたところなんだ」


「だねっ! お兄ちゃん! 頑張ってっ!」


「おうっ! 敵のまとまった戦力は俺様が叩く!」


「運殿に久遠殿、聞き違えたのですか? 機動兵器が5機ですよ!?」


「わかってるって。それでも負ける気がしねーから引き受けたんだよ、任せとけって!」


 言うが早いか、運はフォークリフトモードの鎧をまとって声の挙がったほうへ飛んで行った。




 オクヤの森に重厚な機動音が響き渡り、鳥たちは一斉に森から飛び立った。木々を掻き分け、薙ぎ倒し、緑の森に鋼鉄の影を落とすのは巨人のような機動兵器の部隊。


「無理だ……こんなもの、要塞が攻めて来たようなものじゃないか……」


「ご、5機同時だと……? 1機ずつ処理していく手筈ではなかったのか……」


 エルフの魔法攻撃を物ともせずに迫り来る機動兵器の圧倒的なプレッシャーはエルフの戦意すら喪失させるものだった。


 それぞれの機体はエルフたちを遥かに凌ぐ高さと厚い装甲を持ち、両腕には大砲のような砲を持っている。足元では倒れた木々が踏みつけられて激しく砕け散り、そのひと足ひと足は地面を揺らすようであった。


 そこへ遅れて到着したフォークリフトモードの運が上空から機動兵器の部隊を睥睨する。


「うわ。前に空から見たときは気づかなかったが、こいつらけっこうデカイな。十メートルはあるんじゃないか? さすがにこのままフォークリフトモードじゃ厳しいだろうし、かといって森の中じゃ小回りの効かないトラックでは満足に動けないだろうし……」


 運は周囲の環境を見渡して考えた。


「いや? こいつらもこの大きさで動けているんだ、アレなら行けるはずだ」


 運はフォークリフトモードのまま公国軍機に見つからぬように部隊の背後に回った。


「悪いが、不意討ちさせてもらうぞ!」


 運は公国軍機の後方から全力で突撃した。そしてその威力は一撃で公国軍機の胴体部分を粉砕する。


「いけるっ! やはり強度なら極限まで強化した俺様のトラックのほうが強い!」


 一方、突然味方の1機を失った公国軍機パイロットの通信網には混乱が訪れる。


「な、何が起きたっ!?」


「わからんっ! だが新井機が一撃でやられたようだっ!」


「一撃!? 一撃だとぉ!?」


「何かが背後から高速で撃ち抜いて行ったんだ」


「前! 前を見ろっ! アイツだっ!」


「な、なんだあれは!?」


「敵のトラクターかっ!?」


「い、いや違う。……あれは、俺たちが良く知ってるアレだ……」


「トラック……トラックじゃねぇか」


「し、しかもヘッド部分だけだ」


 敵パイロットの前に浮いている物体は長距離トラックの荷台を除いた本体部分、トレーラーヘッドだった。


「見たか! 俺様の! トレーラーヘッドモード!」


 バァーンッ! と効果音が鳴りそうな登場のわりにその見た目は重心が悪そうで可愛い。


 急ブレーキを踏めばそのままドミノのように前方へ倒れてしまいそうにも見えるが、意外と重心は低いので平気なのである。


 コンパクトになったヘッドは木々の間を縫うように高速移動し、早くも2機目となる公国軍機を突撃によって撃墜した。


「くそっ! 前原機もやられた! 構わん! ビームで応戦しろ!」


 残る3機は銃型の兵器を構えてビームを放った。


 それを自由旋回で難なくかわすトラック。


「ほほう、ビーム兵器とはカッコいいじゃねーか。だがな、それはそっちの専売特許じゃねーんだぜ? 見てろ! ドリアード戦を経て新たに解放された俺様の光属性魔法をっ!」


 トラックは軽やかに戦場を舞い、その正面に敵機の背後をとらえた。


「ヘッドライト・レイ!」


 トラックのヘッドライトから放たれる強烈なビーム攻撃は一撃で同一射線上にあった機動兵器2機を貫いて撃墜した。


「木村! 坂本! くそがっ! よくも!」


 そこへ状況を疑った公国軍の別の機動兵器部隊が合流する。


「おい高橋、いったい何があった!」


「見てわからねーのかよ! やられたんだよ! 新井、前原、木村、坂本の四人が! あのフザけたトラック野郎に!」


 そう言っている間にも新たに合流した5機のうち1機は早くもビームに貫かれていた。


「くそ~っ! 粕川~っ!」


「アイツはヤバい! 多少遠回りになってもアイツは避けろっ! 一時散開!」


 状況を瞬時に察知してほかの機体に指示を出す合流隊の隊長。


 すぐさま散り散りにその場を離れて行く公国軍機たち。


「くっ! 散られると俺様一人で対応できん。やっぱ数の優位を使ってきやがったか……」


 運は頭を捻った。


「あれ? そういえばコレは最初から使い道がサッパリわからなかったスキルだが……なるほど。きっとこういうときに使うもんなんだな?」


 運は深呼吸をすると全力でハンドルの中央を押した。


「ヘイト・クラクション!」


 戦場に鳴り響く大音量のクラクション。それを受けた公国軍機の散開はそこで不自然に止まった。そしてその通信網には再度混乱が走る。


「く、どういうことだ……あのトラックが意識から離れん!」


「これ、まさかタンク役の引きつけスキルじゃね!?」


「マジか!? 普通ロボでやる? それ」


「ロボじゃねーよ、相手はトラックだろ」


「はは。俺らヤベーやつに当たっちまったな。あのトラック、常識がまったく通じねーや」


 公国軍機パイロットからは笑いすら漏れる。


「そういや、あのロボットアニメの連邦軍にもあんなモビルポッドみたいの、いたよな?」


「あ~……丸い棺桶とか揶揄されてるやつか」


「あんな化け物みたいな棺桶がいてたまるか」


「これは異名がつくレベルの強さだな……」


 しかしその笑いも仲間が次々減っていくうちに悲壮さを増していく。


「もう逃げられもしねーってわけだよな、俺ら」


「だな。だが、せめて誰か大和やまとに無線を入れとけ。あんな奴に対抗できんのはアイツのぶっ壊れ性能専用機『インフィニットフリーダム』くらいだろうぜ」


「くそ、せっかく夢とロマンのロボット異世界にクラス転移できたと思ったのによ……」


「たしか、始まりも修学旅行のバスとトラックがぶつかって……だったよな俺たち」


「くそ。トラックの悪魔……死神め」


 公国軍の機動兵器、計10機は運との交戦により大破した。

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