第24話 VS公国軍
公国軍が動き出したとの話をエアロスターから聞いた運と久遠はマケフ領からオクヤの里へ文字どおり飛んで帰った。
運たちがオクヤの里に戻ったとき、森の深部にはすでにエルフたちが築いた防衛線が広がっていた。森の入り口から続く道には枝葉を編み込んだ自然のバリケードが設置され、足元には絡みつきやすい蔦の罠が張り巡らされている。高い木々の上では弓兵のエルフが軽やかに枝の上を飛び回って外敵を想定した動きを練っていた。その背後では魔法のエキスパートたちが結界の機能を強化し、また敵を迎え討つ防衛魔法の準備も着々と進めているところだ。
防衛線の中央では五十鈴が冷静な表情で各部隊に指示を飛ばしていた。
「五十鈴さんっ!」
「久遠殿! 運殿も!」
その場に運と久遠が合流すると五十鈴は一瞬だけ微笑を見せたが、すぐに緩みのない表情に戻る。
「……ついにこのときがきました」
「それを聞いてマケフ領から飛んで来たんだ。俺たちが出てくる前に領主のエアロスターも急いで対策を講じるって言ってたから一応伝えておくぜ?」
「それは……! 情報だけでも大変ありがたいです。感謝します」
「……それでこっちの状況は?」
運の問いに五十鈴は難しい顔をして答える。
「実は、公国軍の動きが直前まで巧みに隠されておりまして。近領のコエ領を発した軍は明日にもオクヤの森に到達する見込みです」
「戦力差はどうなんだ?」
「里の戦闘可能人員は2千人弱、うち半数以上は素人です。対する公国軍は1万」
「うそ。五倍も兵力差があるの……?」
久遠は息を飲むように身を引いた。
「しかも厳しいのは、約50体の機動兵器トラクターが確認されていることです」
「ヤバいのか?」
「正直、1機につき10人くらいで当たりたいくらいの兵器ですね」
「それらを総合してどう見るんだ?」
「単純に戦力だけを見れば圧倒的に不利でしょう。ですが結界、地の利、精霊たち……諸々を考えますとおそらくは五分五分くらいになるかとは思いますが……」
「……本当か?」
運は眉を顰めるように尋ねた。
「どういうこと? お兄ちゃん」
「攻めるほうは勝算があるから攻めるんだろ? 普通、五分五分の見込みで来るか?」
「やはり……運殿もそこを気にされますか」
「でも二人とも。公国側にも戦力を割けない理由があるんじゃないの?」
「そうですね。特に公国はイロハニ帝国側にも備えておかねばならないはずですから、それもまた理由の一つとして間違いではないのでしょう」
「それにしては不気味、そんなところか?」
「はい……ですが、我々としては敵がどう来ても迎え討つのみ」
「そうだな。今、俺たちにできることは備えることくらいだ」
「はい! ですからまずはお二人とも、今日のところは旅の疲れをお癒しください。防衛線のほうは私がしっかりと整えておきますので」
そう言って五十鈴は強きに笑って見せた。
「おう。じゃあ、今日のところは明日に備えてゆっくり休ませてもらおうかな」
「五十鈴さんも、無理はしないでね?」
その日は誰もが緊張の夜を過ごした。
翌日、公国軍はオクヤの森を包囲し、宣戦布告もなく侵攻を開始した。
鬨の声を上げ、高い士気を持って迫り来る公国軍に対し、迎え討つ森側はシンと静まり返っていた。
本陣から指揮を発する五十鈴の隣で、運と久遠は次々と寄せられる情報を聞いていた。
「なあ五十鈴。今さらなんだが、結界ってのをこの戦いではどう使っていくんだ?」
運は改まって五十鈴に尋ねた。
「運殿はこの森に初めて踏み入ったとき、結界によって視覚や方向感覚が惑わされていたことを覚えておりますか?」
「そういえばそうだったな」
「その効果をより強く働かせれば広大な森の中に公国軍を延々と彷徨わせることができるのです。そしてそのうち一部分だけを里に通し、有利な地形を用いて確実に各個撃破していく……そんなところでしょうか」
「要するに五十鈴さん、狭い通路を通ってくる敵を挟み撃ちにするようなイメージでいいのかな?」
「良いたとえです久遠殿」
「すごいもんだ。だが、そうなると森の中には敵兵が溜まっていくことになるのか」
「そうですね。しかし、ただ森の中で遊ばせておくわけではないのです」
「へぇ~! ほかにはどんな作戦があるの?」
「そうですね……例えばこれから魔法部隊が集団詠唱を始めるのが災厄魔法です」
「「災厄魔法……?」」
「ええ。これが発動したとき、敵はこの森の中にいるだけで生気を吸い取られ続けることになりますし、反対にその吸い取られた生気は我らの糧になるという、まさに森全体が巨大な宿木のような効果をもたらします。敵からしてみれば長期戦は不利になりますし、かといって強引に攻めようとすればするほど迷いの森の効果に嵌まる……この森は呪いの森に見えることでしょうね」
「エ、エルフってけっこうエグい戦い方をするんですね……」
久遠は少し引き気味だった。
「侵略をしようとする者に手心を加えるつもりはありませんので」
五十鈴はきっぱりと言い切った。
「おや。そろそろ魔法部隊の集団詠唱が始まりますよ。大陸随一の魔法特化種族、その力をぜひご覧ください」
五十鈴が指し示した方角に整列した20人程度のエルフの小隊。彼らは今まさに隊長の指揮により魔術の詠唱をすべく杖を構えているところだった。
「パオカイ・トルネウーラ ハバカミィーユイ・クレセドラン コノヨイッカ・ディンラッシャ ヤミカラサフゴ・トリルガチグマ・イエアルマ……スーザイイナイノダ・レーダ!」
その発声の一つ一つが淡い光を放つ紋様となって足元の地面へと流れていく。
「すげえ……これがガチの呪文詠唱ってやつか……」
「普通の魔法じゃない……詠唱の単語一つ一つが恐ろしく強い意味を持っているみたい……」
運と久遠は呆然と詠唱の様子を見ていた。
そしてまもなく魔法部隊からその災厄魔法は放たれようとしていた。
「森の怒りを舞葉に乗せて災いの呪詛を書き記せ! 災厄魔法、チオンジェーン!」
そして魔法部隊の足元に流れた淡い光の紋様は、未だ姿を見せない森の彼方から来るだろう侵略者の方角へ地を這うように向かって行く。音もなく、悲鳴も上がらない魔法である代わりに、森から吹いてくる風に妙な生ぬるさを持たせていた。
「なんかこう、本当に恐い魔法って派手さはないけど……背筋が凍るような感じ」
「だな。底知れない恐さを感じるぜ……これ、相手が気づかないうちにこちらに有利な戦場が構築されていくんだろ……?」
「生気を奪うって、迷いの森を彷徨っているだけで敵兵は勝手にバタバタ倒れていくってことだもんね」
「おっそろしいぜ」
運と久遠は少し引き気味に言うが、五十鈴はさらに平然と言ってのけた。
「何を仰います。森を彷徨わせて、敵が勝手に倒れていくのをただ待っているだけのはずがないではありませんか」
「「さらに!?」」
「運殿もすでに戦闘を経験されていると聞きましたよ? 我らが森の友人たちと」
五十鈴は少し悪戯めいた表情で言った。
「ああ、なるほど。イタズラ好きのドリアードと全力で遊んでもらうってわけだな?」
「ふふ。そのとおりです」
「うう……恐ろしい」
久遠は身震いした。
「さらにドリアードたちの連携は私たちの情報伝達手段にもなっているのです」
「すごいな。つまりは森全体に精霊の目や耳があるってことか」
「そういうことです」
「綿密で幾重にも張り巡らされた戦略ってわけだ……こりゃあひょっとすると、公国軍が数だけで攻めようとしているならあっと言う間に崩壊するぞ……?」
五十鈴は余裕とばかりに微笑んだ。
「ですが戦いを急いではいけません……慎重に、慎重に。長期戦になればなるほどこちらは有利なのですから、まずはゆっくり情報戦を展開しましょうか」
「なるほど、情報戦ね。……なら俺も役に立てるかもしれん」
「運殿、それはいったいどういうことですか?」
「最近のナビは優秀でな。渋滞を回避する機能なんてのもある。これをスキルとして使用すれば、逆に敵が集中する場所がわかるはずなんだ……できるか? ナヴィ」
「かしこ……し……スター」
「ナヴィ? どうした?」
「お答……マス……どうやら……」
そこへ五十鈴が厳しい表情で声を発した。
「運殿、久遠殿。どうやら早くも雲行きが怪しくなってしまいました……さすがにすべてが思いどおりにはいかないということですか」
「五十鈴、いったいどうしたんだ」
「どうやら、敵がなんらかの手段を用いて精霊の弱体化を図っているようです」
「そういうことか。だからナヴィも調子が良くないのか」
「だ、大丈夫なの? 五十鈴さん」
「ええ。厳しいことには変わりないですがまだ平気です。私たちにはまだ要の結界がありますから……」
そのときだった。
バリバリバリッ……!
雷のような大きな音が森全体に響き渡った。
「そ、そんな……」
その音を聞いて武器を落とすエルフさえいた。
「な、なに今の音? 何が起こったの? 五十鈴さん」
久遠の尋ねにも、五十鈴はしばらく呆然としていた。
「おい五十鈴! しっかりしろ!」
「あ……すみません、運殿」
運に肩を揺さぶられて五十鈴は正気を取り戻した。しかしその表情は暗い。
「いったいどうしたんだ? 何が起こったのか説明してくれ」
「はい……」
五十鈴は力なく言った。
「その頼みの結界がたった今、破られました」
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