第21話 薬草採取はキケンがいっぱい
森の中は静寂に包まれ、木々の葉が風にそよぐ音がかすかに耳に届くだけだった。足元には柔らかな苔が一面に広がり、木々の間から差し込む光が斑模様を作り出している。
運たちは注意深く周囲を見回しながら、木の幹に絡みつく薬草や足元に生えるキノコを慎重に採取していた。森の奥深くに進むほど湿り気を帯びた空気が漂い、独特の芳香が鼻をくすぐる。木漏れ日の下で森の静かな生命が息づく様子が感じられた。
「お兄ちゃん、フィリーさん! 遅い! 遅いよ! 私、先に行くからね!」
久遠は薬草採取に夢中になって一人で森の奥に分け入って行った。
「元気だなぁ、久遠の奴」
「でも手伝ってもらって助かる。ありがとう」
「お礼を言うのは俺のほうだよ。ありがとうな、久遠の話を聞いてくれて」
「なんのなんの。里のために力を貸してくれるって聞いた。私も何かお返しをしたい」
「いや、十分だって」
「いやいや」
「いやいや」
二人は顔を合わせて笑った。
「運はいい人。……警戒心の強い五十鈴が絆されるのも納得」
「買い被るなよ。俺はそんなできた人間じゃねぇ。上品な言葉遣いもできねぇし……」
「それなら私も同じ。ミューみたいに明るく振る舞えないし……冷たい口調に感じたらゴメン」
「そんなことないさ。むしろ話しやすいって思ってた」
フィリーはかすかに頬を染めて頬を緩めた。
「五十鈴から色々と聞いてる。強大な力の持ち主が、あなたのような人で良かった」
「し、知らねえよ。俺はあっちで薬草探すわ」
「……照れてる」
運はフィリーから少し離れて薬草を探し始めた。
「しっかし、この森は本当に薬草の宝庫だな」
「ドリアードたちのおかげ」
「しかも薬草以外にも木の実やキノコも豊富ときてる」
「気をつけて。この辺りにはないけど、奥のほうに行くと毒キノコもあるから」
「大丈夫だ、ナヴィやドリアードたちが教えてくれるからな」
「それ何気にすごいことなんだけど、当たり前のように……」
運たちはしばらく採取に夢中になった。
そんななか、どこかから足元に転がってきたキノコに運の視線は釘づけになった。
「うわ、見ろよフィリー。これなんかモロに毒キノコだ。ピンクのハート型だぞ、珍しいな」
運はそのキノコを手に取ってフィリーに見せた。
「っ! すぐに投げ捨てて!」
「え?」
想定外の反応に戸惑う運と、血相を変えて駆け寄るフィリー。
「ダメ! そんなキノコがこんな場所にあるわけない! これは罠!」
「冗談だろ?」
ところがフィリーはいささかの迷いもなくそれを取り上げようと手を伸ばした。
そのときだった。ボフンと音を立てて、そのキノコが周囲に胞子を撒き散らしたのだった。
それをたっぷりと吸引してしまう運とフィリー。
「遅かった……やられた」
「やられたって、誰に?」
「ドリアードたちに」
「ドリアードって……。俺たち、仲間だよな?」
「でもイタズラ好きなの」
「イタズラって……これ、吸い込んだらどうなるんだ?」
「どうなるって……」
フィリーは目をキラリと光らせ、突然運に向かって飛び掛かった。
「うわ! どうしたんだフィリー!」
二人は運を下にして重なるように地面に倒れ込んだ。
「これはいわゆる、チャームの状態……こうなっちゃったらもう、なるようになってしまう」
「な、なるように……?」
「私はもう、我慢できない……」
フィリーは顔を紅潮させて、さらに運に身体を密着させた。
「ちょ、ちょっとフィリー。む、胸が当たっているんだけど」
「押し当てているんだけど?」
「う……ヤバい。なんか俺も変な気分になってきたかも……」
――なんかフィリーがメチャクチャ可愛いく見えてしまう。いや、普通にしててもすごく可愛いんだが……。やばい、なんか理性が吹き飛びそうだ……。
「ね? しかもここ、図ったようにふかふかな草のベッドの上……私たちはまんまとドリアードの罠にはまってしまったの」
甘い吐息を首筋に吹きかけるようにフィリーは運の耳元でささやく。
「マジか……俺もちょっと我慢できそうにないんだが……」
「だから、なるようになると言った」
そう言ってフィリーは一度身体を起こして自らの服のボタンを外した。
「大丈夫。これは全部罠のせい。私たちは何も悪くない」
「そ、そうだな」
「諦めてくれた?」
「諦めるも何も、願ってもないんだが……」
「そういう正直なところ、嫌いじゃない……五十鈴には申し訳ないけど……私、もうダメ」
フィリーは再び運の上に寝そべると、そのまま運の首筋にキスをした。
それは同じくチャーム状態にある運の理性を吹き飛ばすには十分な刺激だった。
「フィリー!」
運はフィリーを強く抱き締め、そのまま横に転がり上下を逆転した。
「きて、運」
「フィリー……」
紅潮した二人の顔が近づいたそのときだった。
「何やってんのお兄ちゃんたち」
「「ギクゥッ!」」
運とフィリーは跳ね上がるように身体を固めた。
ギギギ……と首を動かしてみれば、それはもう直視することもできない表情で仁王立ちする久遠がすぐ目の前に。
「久遠、違うの。これはそこのチャーム茸の胞子をうっかり吸ってしまって……」
フィリーは頬に冷や汗を浮かべながら言い訳をするが久遠の視線は冷たい。
「そうなんですか~。それで? そのチャーム茸とやらはどこにあるんですか?」
「え? ……な、ない。そんな。ち、違うの。これはドリアードたちの罠なの……」
「そ、そうだぞ久遠。俺たちは別に……」
「ヒール」
それは身の毛もよだつような重圧がこもった回復魔法であった。
「「え?」」
「さ、これで状態異常は治ったはず」
「そ、そうか助かったよ久遠」
「あ、ありがとう」
「で? 治ったのにいつまでそうしてるつもり?」
二人を睥睨する久遠の視線はますます冷たくなっていくばかりだ。
「いや、下手に動いて変なところを触ったらフィリーに悪いし……」
「私は別に、構わないケド……」
名残り惜しげにチラチラと視線を交わす運とフィリー。
ところがそこにカシャリとシャッター音が鳴る。
「久遠! それは!」
運が視線を上げればスマホを構えている久遠。
「これは五十鈴さんと相談かな」
「ぎゃー! ちょっと待ってくれ久遠それは!」
「く、久遠。久遠ちゃん!? さぁ早く帰って商品の開発をしましょう!」
「い・い・か・ら! まずは二人とも離れてから言い訳を聞きましょうか」
「「は、はい……」」
このあと、運とフィリーはメチャクチャ正座した。
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