第20話 試作品
運とドリアードの戦闘が終わり、打ち解けたところでフィリーが姿を現した。
「あ~! フィリーだ~! 久しぶり~!」
「キャハハ~。どうせまた引きこもってたんでしょ~」
ドリアードたちは嬉しそうにフィリーに寄って行った。
「研究と言ってほしいな……ところで、運と久遠はどうしてまたこんなところに?」
ドリアードたちをかき分けるようにフィリーは運と久遠に尋ねた。
「ちょっと魔法の練習にね」
「使えるようになった?」
「まあ、なんとか……」
そう言う運の言葉をかき消すようにドリアードたちがフィリーを取り囲んだ。
「フィリー聞いて聞いて! 私たち、負けちゃったの!」
「もうすっごい魔法! みーんな凍っちゃったんだから」
ドリアードたちの話を聞いてフィリーは呆然とする。
「え……? もしかして運、ドリアードたちと戦ったの……?」
「私たちが勘違いしちゃって、みんなで攻撃しちゃったの」
「え……? みんなで? ……運、久遠。二人とも、よく無事だったね」
「俺は死にかけたよ」
「私は悪戯されかけました」
それを聞いて表情の薄いフィリーでもさすがに呆れたような顔をしていた。
「でもすごい。ドリアードの集団に森の中で勝っちゃうなんて」
「そうなのか?」
「軍隊を相手にしているようなもの、敵のホームグラウンドで」
「お兄ちゃん、すごーい!」
囃し立てる久遠とフィリーであったが、運は冷静にポンと手を打った。
「なるほど。だからエルフ族はチリヌ公国をこの森で迎え討とうとしているのか。森の中でドリアードたちの助力を受けられれば、それだけでかなりの戦力になるだろうな」
「それもある。結界、精霊、そして私たちエルフも一人ひとりが優れた魔法使い。さらにほかにも切り札を残している。だから誰も人間の軍隊ごときに遅れを取るとは思ってない」
「里の規模のわりに色々とすごいんだな。なんていうか、文明の差? 正直、そういうのが大きく戦力に響くもんだと思っていた」
「発展した文明の方向性が違うだけ。相手は機械、こちらは魔法」
「機械と魔法のガチンコ対決ってやつか」
「そんなとこ」
「でもさ、ドリアード戦でも思ったんだが、森だと火攻めで全滅しないか?」
「森に住むエルフ族がそんなあからさまな弱点を放置してる訳がない……結界がある以上、火責めはできないようになってる」
「結界が破られる可能性は?」
「たしかにその可能性は0ではないけど、随一の魔法文明を誇るエルフが結界を破られた時点でそもそも勝ち目がなかったってことになるレベル……。だけどそれ以前にこの森は公国の貴重な資源の一つでもあるから、帝国との戦争のために自国の領土を焼くとか考え難い」
「それもそっか」
「それに考えてもみて? 相手の機動兵器の心臓ブースターエンジンは誰が作っているのか。……むしろ文明水準の差は明らか」
久遠は納得したとばかりに深く頷いた。
「なるほど。だから皆さん、こんなにも落ち着いているんですね」
「そういうこと」
運も久遠にならって深く頷いた。
「ところで、フィリーはどうしてここへ?」
「薬草の採取」
そう言ってフィリーはドリアードたちを見た。
「カレンいる?」
フィリーが尋ねると少し離れた木々の間から上品な姿のドリアードが姿を見せた。
「はい、こちらにおりますよ」
カレンと呼ばれたドリアードが現れると周囲のドリアードたちは彼女の存在を前に静まり返った。カレンは穏やかでありながらも圧倒的な威厳を持っており、彼女の立ち姿には長としての気品と底知れない力を感じさせる神秘的な美しさがあったのだ。
薄緑色のストレートロングの髪は風にそよぐ草木のように滑らかに揺れ、その長さは腰にまで達している。髪の合間には小さな花々が咲いており、彼女の美しさを際立たせる。
彼女の服装は一般のドリアードよりもはるかに豪華で、蔓と花で織り成された植物の着物風の衣装は自然の繊細さと優美さを兼ね備えているばかりか、オクヤの里にも見られる和風文化のイメージとも良く合った。そして豊満な身体つきがその衣装をさらに魅力的に彩り、妖艶さをも持たせている。彼女の瞳は深い森の緑を思わせる色で、まるですべてを見透かすかのような知恵と力を宿していた。
「やあカレン、久しぶり」
そんなカレンに対し軽く手を上げてフィリーは気さくに声をかけた。
「フィリーさんもお変わりなく」
「さっそくなんだけど、薬草頼めるかな」
「はいもちろん。ですがその前に……」
カレンは運と久遠の前まで歩いてきた。
「はじめまして運様、久遠様。私はオクヤの森のドリアードを代表しておりますカレンと申します。先ほどは仲間たちが失礼をいたしまして申し訳ございませんでした」
「それはもういいよ。もう仲間みたいなもんだろ?」
「そう言って頂けると助かります。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
カレンは丁寧に頭を下げた。
「それで、フィリーさんはいつもの薬草ですか?」
「ううん? 今日はちょっと違うんだ。実は先日、この人たちが変わったお薬を提供してくれてね。試作品ができたものだから、これからもうちょっと量を作っていこうと思って」
「フィリーさん! 試作品って……昨日の今日で、もうできたの!?」
フィリーは久遠に親指を立てて返答した。
「魔法文明も捨てたもんじゃない」
「すご! 科学の部分とか難しそうだし、もっと時間がかかるものかと思ってました」
「たしかに高度な文明の産物だったよ。ミューがアシッド系魔法の調整で苦戦していた」
「すごいな。俺たちが難しいと思ってる部分は魔法でやっちゃうのか」
「うん。でも一度基本理論が完成してしまえばエルフなら誰でもできる。量産は可能」
「良かったね~、お兄ちゃん!」
「エルフ様々だな」
「そうだ! フィリーさん! もしかしてお渡しした薬品以外にも、性能とか使い道とかがわかれば試作品とかって作れますか?」
「ん? それはやってみないとわからないけど……どういうもの?」
「化粧品です!」
「それなら既存のものもあるし可能だと思うけど……ボディソープを見ても久遠たちの世界の文明は発展しているよね? それを久遠が詳細まで把握できてるの?」
「たしかに。久遠、俺だって現代知識で無双とかは無理だぞ」
「それはそうだけどさ。ジャーン! 私たちにはスマホがある!」
「調べられるのか?」
「さすがに企業が自社製品の成分詳細を公開なんかしないけどさ。調べればけっこう色々出てくるんだよ。エヒモセスにだって既存の化粧品はあるんだから、これらの知識を活用すれば、きっともっといい物ができるはずだよ!」
久遠の熱量にやや押されがちな運であった。
「お、おう……化粧品は大事だな?」
「そうだよ! 私だってお肌の手入れはしたいし」
「お、おう……」
「フィリーさん! 私たちも薬草集めお手伝いしますから、ちょっとご相談いいですか?」
「お、おい! 俺を勝手に巻き込むなよ」
「ねぇお兄ちゃん。お兄ちゃんも私や五十鈴さんが綺麗になったら嬉しいよね?」
「え?」
「嬉しいよね?」
「……はい」
「そうだよね~。そうだと思った」
運は肩を落とした。
「運も色々と大変そう」
「フィリー、すまないが久遠の相談に乗ってやってはくれないか? こと商売の話になると、どうも俺は久遠に敵わないらしい」
「私が見た限り、単に商売だけの理由じゃないんだけど……。ま、いいよ。私だって女の子だからね、興味があるっちゃある」
「やった~! ありがとうフィリーさん!」
「それじゃあ詳細はあとで詰めるとして。まずは採取に来た目的の薬草からかな」
「はーい! 私、頑張るっ!」
「おう、頑張れよ」
「何言ってんの! お兄ちゃんも頑張るんだよっ!」
「お、おう……なんか前にもやったな、このやりとり」
「かわいい妹に尻に敷かれて幸せそうだね、運」
「そう見えるか?」
「うん。……でも、私としては五十鈴のこともよろしく頼みたいかな」
「ん?」
「ま、気にしなくてもいいけど。それじゃ、薬草集めよっか」
歩き出したフィリーのうしろ姿を、運は首を傾げながら見ていた。
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