第12話 ヒッチハイク
「私はオクヤの里の
月光を受けて輝く長い金髪はさらりと背中まで流れ、冷たい美しさを湛えた整った顔立ちからは一切の隙を見せない鋭い眼差しが覗く。彼女の服装は深い緑色の着物を思わせるデザインだが、袖口や裾は動きやすいよう短く調整されている。生地の胸元上部には小さな宝石が控えめにあしらわれ、夜の静寂に溶け込む中でさりげなく煌めいていた。
そのスタイルは見事なまでに整っており、しなやかな筋肉が動きやすい服の下に隠されていることが窺える。落ち着いた仕草で彼女はゆったりと歩み寄ると、冷静かつ端正な声で静かに自分の名を名乗った。
「俺は日野運、トラック運転手だ。こちらは妹の久遠」
「ヒーラーをやっています。よろしくね、五十鈴さん」
「はい、こちらこそ」
五十鈴の背中には日本刀のように細く長い剣が一本、鞘ごと斜めに背負われている。その柄はシンプルながらも上品な彫刻が施され、長く使い込まれた武具であることを物語っていた。また彼女の背中にはかすかに揺れる小さな透明の羽根があり、淡い光を放ちながらかすかに風に揺れている。
――初めて見るエルフ……。透きとおるような肌、なんて綺麗な女性なんだろう……。
戦闘が終わり、五十鈴の姿を改めてよく見た運はその美しさにたちまち心を奪われた。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「いや、綺麗だな……って思って」
「「えっ?」」
――あ、やべぇ。呆然としたまま口に出してしまった。
「いや違うんだ。俺、エルフって初めて見たからさ……羽根が生えてるとは思わなかった」
「あっ! すみません、この羽根のことでしたか……たしかにキラキラしてますからね」
五十鈴はそう言って背中についた淡い光の羽根を消した。
「「消えた!?」」
「ええ……つい戦闘中のまま、精霊の力を宿した状態となっておりました」
「すごい! 五十鈴さん、精霊の力を使えるんだ!」
「うふふ、これでもエルフですからね。魔法に関しては多少の心得があるのです」
「魔法だけじゃなくて剣技もすごかった! 五十鈴さん、すごいすごーい!」
久遠は大興奮の様子で五十鈴を褒め称えていた。
「さて二人とも。戦闘も終わってひと安心なのもわかるがまだ夜中なんだ。近くには多少モンスターもいるようだし、まずは安全なトラックの中で話でもしないか?」
運の提案によって三人は話し合いの場をトラックの中に移すことになった。
三人はトラックの座席に横並びに座って身体を休めていた。
「五十鈴さんって綺麗で凛々しくてカッコいいですよね~。まさにクールビューティって感じ」
「クール、ビューティ……?」
言葉の意味が伝わらなかったのか五十鈴は首を傾げる。
「しかも異世界転移のチート忍者を一刀両断しちゃうなんて本当にすごい腕前!」
「あれは単に相手が油断をしていたからです。現に三人がかりで襲われていたときは相手の手加減があっても、手も足も出せずに防戦一方でしたから」
「いやいや、普通は目に見えない相手とまともに戦えませんって五十鈴さん」
「そうですか? 慣れれば感覚でわかるようになるとは思いますが」
「五十鈴さん、意外と感覚派なんだ~」
「そう、なのかもしれませんね。これも精霊のご加護なのでしょう」
そこで運が口を挟む。
「ちょっといいか? さっきから精霊って言っているけど、そもそも精霊って冷静に考えてなんなんだ?」
「あ、お兄ちゃんも気になる?」
「まあな。実は俺のナヴィも精霊らしいからな」
「運殿は精霊の存在がわかるのですね。やはり只者ではありません……」
「それはそんなにすごいことなのか?」
「まず、人間で精霊を感知できる者がいるとは今やまったく聞きませんね。近年増えてきたと言われる異世界転移者、転生者と呼ばれる者たちのうち、特別な力を授かった者だけが稀に精霊を使役できると聞いたことがあるくらいです」
「たしかに精霊術師はいるにはいるね。勇者さんたちとパーティを組んでいたとき、精霊術師の人とも会ったことがあるから。たしか風の大精霊シルフを具現化して肩に乗せてた」
「申し上げ難いのですが、それはどうでしょうか? 風の大精霊シルフでしたら今はオクヤの里にいるはずですから……」
「その精霊術師さんが騙されてたってこと?」
「イタズラ好きの精霊もおりますからね」
「あはは、そうとも知らずに俺カッケーしてたわけなんですね、その人は」
「ああでも。風の大精霊シルフもそのクチの気まぐれですから、本当にフラッと出掛けた先でその精霊術師さんの肩に乗ってた可能性もありそうです」
「あはっ! その人の名誉のためにも、そういうことにしておこうかな~」
久遠は明るく笑った。
「でも! たとえ普通の精霊であっても、使役できるとなるとかなりすごいことなんですよ?」
「そうなんだ~。てことは、お兄ちゃんも実はそれなりなんだね?」
久遠はイタズラな目をして横目で運を見た。
「言い方が酷いな。ナヴィはとっても便利なやつなんだし、別にいいじゃないか」
ふて腐れたような運を見て久遠はさらに笑う。
「たしかに! たとえ四大精霊であっても、テレビや電話を使えるようにはしてくれないもんね~?」
「そうそう。実用が第一、やっぱりうちのナヴィが最強だな」
そう結論づけたところで改めて運は首を傾げる。
(ところで風の大精霊とか四大精霊とやらがまったくわからんのだが……知れば知っただけわからんことが出てきて困るなぁ……)
運が頭の中で思い浮かべていた言葉に対してナヴィの返答が返ってくる。
「お答えしますマスター。エヒモセスにおいて精霊は自然界に属する様々な力を司っており、光、闇、雷といった他属性の精霊も含めますと実に多くの種類が存在することになるのです」
(ほうほう。それで?)
「なかでも人間に友好的で、かつもっとも根源的で強い力を司る属性は五つあり、それら属性の長、大精霊は五大精霊と呼ばれております」
(あれ? さっき久遠が言っていたのは四大精霊じゃなかったか?)
「いいえ五大精霊。すなわちそれは、火・水・風・土・トラックです」
(んん?)
「火・水・風・土・トラックです」
(……なんか別格の精霊が一つ混じってないか?)
「さ、さすがはマスター。このナヴィの力を正しく見抜かれるとは。たしかにこのナヴィ、彼ら四大精霊と並べ立てるには、あまりに大きな力を所有していると心得てはおりますが」
(……あ、ああ! なるほど! さっそくイタズラ好きの精霊がいるぞって言いたいんだな?)
「マスターはいったい、何を仰っているのです?」
(え、いや……ナヴィが本気なのか冗談なのかわからなくなってきたよ)
「ナヴィは一貫して真面目でございますよ? それはもうカーナビのごとく」
(あ~……まあ、そうだよな。そういえばナヴィには最初から色々助けてもらってたっけ。疑ってすまなかったな。やっぱり俺にはトラックの精霊が一番だよ)
「これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます」
(こちらこそ)
心の中でナヴィとの会話を丁寧に終えた運は、目の前に心配そうな久遠の顔があることに気づいた。
「お兄ちゃん? どうしたのお兄ちゃん、考え事?」
「ああ、すまない。ちょっと変な考え事をしていたんだ」
「変な考え事ってなになに? えっちなこと?」
運は返答に困った。
引き続きトラックの中では三人の情報交換が行われていた。
「そうだ。どうして五十鈴はこんなところで忍者たちに狙われていたんだ?」
「実は私は近くにある街道の宿場町で宿を取っていたのですが、そこであのゐノ国の忍者たちに目をつけられたようです。そしてこちらの話もろくに聞いてもらえぬまま、あのような戦闘に至ってしまいました……。まわりに被害を出すわけにもいきませんから、戦いながらなんとか宿場町から距離を取って来たのですが……」
「旅でもしているのか?」
「はい。実は、近頃大規模なエルフ狩りが予定されているとの情報を聞きつけ、故郷であるオクヤの里に向かっている途中でした」
「よく耳にするな、エルフ狩りって言葉。どうしてそんなことになっているんだ?」
「あ、ごめんなさい五十鈴さん。お兄ちゃん、つい先日エヒモセスに転移してきたばかりで、こっちの世界のこと何も知らないの。許してあげて」
歯に衣着せぬ運の言い方を補足するように久遠が言う。
「そうだったのですね」
五十鈴は軽く微笑みつつ頷いた。
「エルフ族が狙われるようになったのは、ブースターエンジンの開発を拒んだためです」
「ブースターエンジン?」
「お兄ちゃんも戦場で見たでしょ? あのロボット、機動兵器トラクターを動かす言わば心臓みたいな部品のことだよ」
「へええ。で、どうして開発を拒むと狙われるんだ?」
「ブースターエンジンは大気中の魔素を取り込み、
「それで?」
「元は人間との友好関係を築くため、農耕用や運搬用器具の動力として供給をしていたのですが……いつしか人間はそれをあのような兵器に応用するようになってしまい、今の族長が供給を打ち切ることとしたのです」
「だから、その……エルフの男性は労働力として、女性は……」
久遠の言葉を聞いて五十鈴は悔しそうに唇を噛んだ。
「ゐノ国もオクヤの里も、チリヌ公国の一部です。チリヌ公国は機械の発展により現在の地位を保ってきた側面がありますので、今になってその供給を断つ訳にはいかないのです」
「だからって、そんなやり方は酷過ぎるじゃないか」
「今までも、ときたま各地に点在するエルフ族が標的になることはあったのですが、イロハニ帝国とホヘト王国の戦争が始まってからは特に狙われるようになってしまって……」
「チリヌ公国はホヘト王国と共闘しているから、戦力として機動兵器を投入せざるを得なかったんですよね」
「はい。それで今回、とうとうオクヤの里に直接チリヌ公国の軍隊が出向いて徴兵という名のエルフ狩りが行われるとの噂が立ち、私は居ても立っても居られなくなってこうして里に向かっているのです」
「そうだったのか……しかし、軍隊相手にたった一人増えたところで……それよりもいっそ、エルフ族には里を捨てて逃げるという選択肢はないのか?」
「今や戦乱のエヒモセスでは、きっとどこへ逃げてもその技術は狙われるでしょう」
「救いようのない話だな……じゃあ、ブースターエンジンの開発を再開するのは?」
「族長が首を縦に振らないでしょう」
「一族が滅んでもか?」
「エルフは自然と共生します。ゆえに大陸に災禍をもたらす選択など絶対にあり得ません」
「う~ん、それは弱ったなあ」
運は腕を組んで首を捻ったが、良い案が浮かばぬと見えてそのまま黙ってしまった。
そして今度はそんな様子を見て少し笑った五十鈴が逆に問う。
「ところで、運殿は尋常ならざる実力の持ち主とお見受けしましたが、いったいどちらに向かわれる途中だったのですか?」
「俺もまたお尋ね者のような扱いでね。……ほら、さっきも忍者たちが言ってただろ? エヒモセスではトラックが珍しいから狙われるんだってさ。それでイロハニ帝国にもホヘト王国にも居づらくなったから、今度はチリヌ公国はどうかと思って向かう途中だったんだ」
「なるほど、それは良いお考えかもしれませんね。たしかにチリヌ公国でしたらトラックをお持ちの運殿にも一番偏見が薄いでしょうから」
「でも、エルフ族にそんな酷いことをする話を聞いてしまった今となってはなぁ……」
「そんなことはありませんよ。チリヌ公国は貴族制ですから、エルフ狩りを進める一派もまたその一部です。それを良しとしない貴族もまたおります」
「それに期待してみるかなぁ」
運がそう言うのを聞いて、五十鈴はパッと明るくなった表情で運に尋ねた。
「それでしたらまず、運殿にご相談があるのですが……」
「いいよ、乗って行きな」
運は五十鈴の言葉を待たずにそう快諾していた。
「え、私まだ何も言っていないんですが……」
キョトンとする五十鈴に、運は拳に親指を立てたサムズアップで応えて見せた。
「オクヤの里まで行くんだろ? そのヒッチハイク、承った」
「ヒッチ、ハイク……?」
「俺の故郷にはこんな言葉があるんだ、旅は道連れ世は情けってね」
こうして運は五十鈴を乗せてオクヤの里まで向かうことになった。
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