第11話 VS忍者


 土壁によって久遠と隔離された運は森のなかで不気味な静寂に包まれていた。黒々とした木々が無数に立ち並び、月明かりはその間をかすかに漏れるだけで地面を覆う闇を引き裂くには至らない。風が吹き抜けるたびに木の葉がざわめき影が揺れ動く。まるで森全体が生きているかのようにそこかしこから微かな怪しい音が響いていた。


――くそ。能力値を全部トラックにつぎ込んでしまった俺の生身は普通の人間だ。このままチート能力を持つ忍者三人と戦っても勝ち目はない……何かいい方法を考えないと。


 忍者たちの姿は見えない。だがかすかな笑い声や囁きが木々の間を這うように聞こえ、運の周囲を不気味に巡っていた。


――弱ったな……一度トラックで上空に飛んで逃げるか? 俺には隕石すら打ち砕いた必殺技『インパクトアース』がある。こいつさえぶっ放せば一撃で片づくんだろうが、こんな技を地表に向けて撃つのはさすがにまずいだろう……確実に久遠やエルフさんも巻き込んでしまう。


 木々の影が深くなるほど忍者たちの気配は増していく。姿のない敵、そして森そのものが敵対しているかのような感覚が運の背筋に冷たい汗を流させた。


――まずいな。さすがはトラック、力が大振りすぎて小回りが利かないってか……。


「ファファファ、どうする? お前の行動は森に阻まれ、俺たちの姿は見えず、足音も聞こえない……いつ首を掻き切られるか、恐怖するがいい」


 どこにいるのか、どこから攻撃が来るのか、すべてが霧の中に隠れているようだった。


――アサシン戦のときは首を切られてもなぜかギリギリ耐えられたが、こいつらは迂闊に近づいて来ないことから油断もしていないようだし……。この場を打開する新しいスキルを探そうにも、警戒を解いたら確実にその瞬間に殺られる……。


 運が頬を伝う冷や汗を拭いながらゴクリと唾を飲み込んだそのときだった。


「チカラガ ホシイカ……」


 どこからともなく運の脳裏に忍者たちとはまた違う声が響いた。


「ん? なんだ? 声が聞こえる」


「チカラガ ホシイカ……」


「誰だっ!?」


 運が問うと、場面に似合わぬ間の抜けたシステム音がポンと鳴った。


「マスター、ナヴィです。一度このセリフを言ってみたかったのです」


 運は一瞬にして脱力しそうになるのを寸前で踏み止まって言う。


「ナヴィかよ! で、そのチカラって何? 今ちょっと気が抜けないんだよ」


「お答えします。そのチカラとは、マスターが現在のように狭い場所で戦闘をする場合に適した戦闘形態のことです」


「そんなことができるのか!?」


「可能です。よくお考えください。マスターは今までもトラックの任意の部分、すなわちナビ画面のみを展開しておりました」


「そういえば俺様の身の回りに限るが、思ったところに思ったようにトラックの一部分を出現させることができるようなんだよな……」


「そうです。ですのでその能力を最大限に利用して、マスターの全身を覆うのです。……最強のトラック装甲で」


「ト、トラック装甲だとお!?」


 しかし運が驚く間もなくナヴィは警告する。


「っ!? マスター、速やかな展開をお勧めします」


 ナヴィの警告の直後、運の首元に衝撃が走った。


 忍者の刀が運の首筋を切りつけていたのだった。


「ファファファ……なに独りごとを言っているかと思えば……首を一撃、他愛もない」


 しかし勝ち誇った忍者の腕は運によってしっかりと捕まれていた。


「一人目、捕まえたぜ」


「なにぃ!? な、なぜ死なない!?」


 慄く忍者の瞳に映る運はトラック装甲を断片的に全身に貼りつけた、目の粗い3Dポリゴンのような姿をしていた。


「名づけて、フォークリフトモード!」


 自信満々に宣言するその態度とは裏腹にどうにも不恰好なそのビジュアル。


「だ、だせえええええ!」


 忍者は思わず吹き出すように笑いかけたが運は至って真面目に反撃の構えに入っていた。


「だせえのはそれが最期のセリフとなるお前だろーが!」


 運から放たれる掌底にまるでトラックに撥ねられるような恐怖を覚えたのだろう、その忍者は醜く顔を歪ませながら飛び散って消えた。


「「な、なんだってえ!?」」


 残った忍者二人は声を上げて慄いた。


――思えばアサシン戦のときも無意識に首筋で発動していたのかもしれないな。全身を覆うとなるとカクカクになってだせえのはわかるが……。


「ともかく、これで俺も小回りの利いた戦闘が可能になったわけだ……格好の悪さについては今後改良の余地があるがな」


 運は余裕の表情で未だ姿を現さない残りの忍者を探すように森の中を見回した。


「なんて奴だ……だが、こちらの姿が見えなければ手も足も出まい!」


「しかもお頭! どうやら奴は近接戦闘しかできない様子!」


 しかしまだその姿をとらえ切れていない運に対して余裕の反応を見せる忍者たち。


「お頭! ここは一気に畳みかけやしょう!」


「よし! 合体技で一気に決めるぞ!」


 森の中から突如として現れた激しい炎の渦が運の背後から襲い掛かる。


「「忍法竜巻ファイヤー!」」


「ぐわあ!」


 それをまともに背中に受けた運は体勢を崩して前方に転がった。


「ちくしょう、カッコ良く技を叫んでおきながら、うしろから攻撃かよ」


 が、果たして無傷のまま起き上がる運に忍者たちはさらに戦慄した。


「バ、バカな……俺たちチート能力者二人ぶんの合体技だぞ……?」


「我ら最大最強、全力の攻撃を背後からまともに受けてなんで無傷なんだよっ!」


「なんだ、やっぱりお前らもわかってなかったのか……なら、いいことを一つ教えてやる」


 運は不敵に笑って続ける。


「チート能力だかなんだか知らねーが、所詮お前らは人間、こっちはトラックだ。……どこまで強くなったところで、惹かれる側が轢く側に勝てると思うな」


 その圧倒的強者が上から睥睨するかのような重圧に忍者たちは思わず一歩引いた。


「くっ! こいつなにトンチンカンなこと言ってやがる!」


「待て、相手のペースに乗るな! 奴はまだこちらの姿が見えていない! こうなったら小刻みに削り切る! いいか、絶対に捕まるな! ヒット&アウェイで圧倒するぞ!」


 そこからは一方的に忍者たちによる波状攻撃が始まった。姿を消しただけでなく、そこから超高速で繰り広げられる斬撃の嵐。運を中心として、月明かりを反射する無数の銀色の筋がまるで蜘蛛の巣のように縦横無尽に飛び交っていた。


「ハハッ! お頭! こいつ手も足も出ませんぜ!」


「最後まで油断するな! こっちも有効打を与えきれていない! 確実に息絶えるまで慎重に削り切れ!」


「ヘイっ! わかってますぜお頭!」


「しかしこいつ本当に固ぇな……本当にダメージ通ってんのか……?」


 延々と続く攻撃の中にありながら運は腕を組んで冷静に考えていた。


――ダメージはない。しかし相手が見えない……まぁ死角とかが見えなくて困ること自体はトラックを運転していればよくあることなんだが……ん? 待てよ? 死角? それならたしかあのスキルで……。


 運は組んでいた腕をほどいてポンと一つ手を打った。そして堂々とナビ画面を展開してスキル取得画面からお目当てのスキルを探し始めた。


「こ、こいつ! 戦闘中に何やってやがる!」


「手を休めるな! 俺たちにできることはこいつをひたすら削ることだけだ!」


 そして止まらぬ銀色の光の中、運はとうとう一つのスキルを見つけ出した。


「あった! このスキルだっ!」


 運がそう叫んだ瞬間、忍者たちの斬撃がピタリとやんだ。そしてその周囲には再び静寂が訪れる。暗い森の中に風がそよぐ音が響いていく。


「な、なんだ? 奴のこのプレッシャーは……俺たちの姿は見えていないはずなのに、思わず飛びのいちまった……」


「少し様子を見よう……さっきの一瞬、奴の雰囲気がガラリと変わったからな……」


 忍者たちはそれぞれ木々の上に立ち、その影から運の姿を覗き見た。そこには目を閉じて微動だにしない運が直立している。


「動きませんぜお頭……まさか本当に心の目ってやつで見ようとしてるんですかね……?」


「心眼みてぇな繊細な上位スキルがあんな奴に使えるわけねーだろ……。だが、たしかに様子は変だな。まずは少し揺さぶってみるとしよう」


 忍者たちは呼吸を整えながら静かに運に語りかける。


「おい。そろそろ諦めたらどうだ? どうせ俺たちの姿は見えないんだろ……? 防戦一方で消耗してく一方じゃねぇか。早くラクになっちまえよ」


 だが運はニヤリと笑って答える。


「何言ってんだ。そもそも俺は消耗すらしてねぇけどな。……とにかくここからは俺様のターンだ。待ってろ、もうすぐこのスキルのコツが掴めそうなんだ」


「ファファファ……スキルのコツ? そんな簡単にこの場で心眼がマスターできるものかよ」


「いや? ……それがどうも、見つけたっぽいぜ? お前らの姿」


 そう得意げに笑う運の視線は確実に忍者の一人と目を合わせていた。


「な、なにい!?」


 瞬間、忍者たちの視界から運の姿が消えた。そして次の瞬間、片方の背後に運が現れる。


「よっ!」


「うわっ!」


 背後から声を掛けられた忍者は驚いて足を滑らせ木の下に落下した。それを追って運も木の下へ飛び降りる。慄いた忍者は尻を地に擦りながら運から遠ざかろうとしていた。


「ば、馬鹿な……姿は見えないはずだ! お、音も!」


「なら特別に解説してやろう。スキル衝突回避支援システム。広角のミリ波レーダーを配した俺様には死角も見えないものもない」


 それは見えない波の反射を用いて障害物の存在を感知するシステムのことである。


「ふ、ふざけんな! そんなスキルがあってたまるか!」


「お前知らねーのか? 最近のトラックには装備されているんだよ。まあ衝突回避支援システムを使ってお前と衝突するのは本来の使い方ではないんだが……内緒だぞ?」


「だ、だがそれだけじゃ説明がつかん……お、お前のそのスピードはなんなんだ……!?」


「たしかに俺様自身は強くないがな、どうやら全身をトラックで覆えばトラック同等の速度で動けるらしい。これもある意味で運転ということだな」


 淡々と紡がれる運の説明を聞いてその頬を引き攣らせる忍者。ゆっくりと胸ぐらを掴まれ、その身体を持ち上げられる過程で徐々に表情を失っていった。


「は、はは……お頭、こいつ化け物ですぜ」


 そして二人目の忍者も霧散して消えた。


「さぁて、残る一人はどこかな……あ。まずい、そっち行ってしまったか」




「く、ありえねーだろあんな奴」


 忍者のボス、覆面男は二人目の男がやられるのと同時にその場を離れていた。


「こうなったらあのエルフかガキのどっちかでも攫って逃げてやる」


 覆面男は跳躍で軽々と土遁の土壁を飛び越え、久遠とエルフに向かって音も立てず急速落下を始めた。


「ファファファ、気づくまい。ふ、無抵抗なガキを攫うなら一瞬だな」


 接近にまるで気づいた様子のない二人を見て覆面男はさらに加速をした。やがてその手が久遠に伸びようとしたそのときだった。


「油断しましたね?」


 エルフの眼球がグリンと動き覆面男の姿をとらえた。


「ば、馬鹿なっ!?」


 覆面男は慌てて自身の武器に手を伸ばそうとしたが、それよりもエルフの斬撃が首を跳ねるほうが早かった。


「下衆が」


 エルフは剣についた血を振り払って自身の鞘に納めた。


「え、何? 何が起きたの?」


 慌てふためく久遠に視線の高さを合わせ、エルフは言った。


「大丈夫ですよ。悪い人たちはみんな、あなたのお兄さんが退治してくれました」


「あ、そうなんだ……よかったぁ」


 そこへ土壁を乗り越えてトラックが下りてくる。


「悪い悪い、一人逃がしてしまった……が、どうやら平気みたいだな」


「ええ、一人くらいなら何とか」


 運が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、エルフは柔らかく微笑み返したのだった。


「妹を守ってくれてありがとう」


「いいえ。お礼を言いたいのは私のほうです。危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」


「まあ、これも何かの縁なのかな、よろしく」


 運とエルフは爽やかに握手を交わした。

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