第8話 オークションと闇
ナビ画面の案内にしたがって歩くことしばらく、運は目的のオークション会場を見つけた。
オークション会場は石造りの重厚な建物だった。入口には巨大なアーチ状の門が構えられ、豪奢な彫刻が施された扉が来訪者を迎えている。壁には色褪せた旗が垂れ、繁華な通りに面した広場には人々の熱気と商品の搬入を待つ馬車がひしめいていた。
――奴隷が普通にまかり通ってるらしいからな、けっこう街中で堂々とオークションをやってるもんなんだな。
運は好奇心を抑えつつ堂々と建物の正面から会場に入ろうとしたが、そこで門の脇に立つ正装の男たち二人に呼び止められた。
「お待ちください。身分証をお持ちですか?」
「身分証……? 必要なんですか?」
「申し訳ございません……こちらは一般の方にはご来店いただくことができませんので」
「困ったな……身分証なんて持ってないんですが、どうすればいいですかね?」
「えっ?」
男たちはお互いに向き合って何やら視線で合図を交わしたあと、再び運に笑顔を向けた。
「その……少々お待ちくださいね?」
そう言って男たちは運に背を向けて何やら小声で相談を始める。
「マスター。この男性たちの会話音声を拾いますか?」
(頼むナヴィ)
ナヴィの提案に運が心のなかで賛同すると小さな声で話す男たちの会話が聞こえてくる。
「着ている服は見慣れないが上質だ。浮浪の者ではないのはわかるが身分証がないとはどういうことだろうか?」
「当たり前のように正面から堂々と入って来ようとする態度……もしかしたら身分証など持ち歩かずとも顔が知られていて当然のお貴族様ではなかろうか」
「だが、今まで一度もお見かけたしたことがないぞ……? 確証が持てん」
「遠方からお越しの方かもしれん……粗相はできんが、まずは事情を聞いてみよう」
「わかった。じゃあお前は事情を聞き取っていてくれ……俺は中の者に確認してくる」
そう言い合って男たちは二手に別れ、片方は運に一礼をしてから建物内に入って行き、片方は笑顔で訪ねてくる。
「その、本日はどちらからお越しいただきましたでしょうか?」
――疑われてるな。これは建物内に入ったやつが戻って来ると面倒になりそうだ。幸い浮浪者とは思われていないようだし、貴族の軽い道楽くらいに誤解してもらって引き下がるか。
運は一つ咳払いをして答える。
「いや、ふらっと寄ってみただけなんだ、観光にね」
「ほお。このご時勢にご観光とは、さぞご成功なさっておられるのでしょうね。……ですが、当会場ではそれなりに高額の商品を取り扱っているものですから……大変失礼なのですが、お客様の本日のご予算のほどをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「予算? あぁすまない。金なら全部家族が持っているので俺は持っていないんだ」
「なんと! お客様ほどのお方になるとお金を持ち歩く必要がないということですか!」
「そのとおりなんだが……もしかしてお金を持って来ないと見学もできないのかな?」
男はそこで好機とばかりに苦しそうな顔をして頭を下げてくる。
「申し訳ございません……当会場ではそのような取り決めとなっておりまして……もしよろしければお客様のようなお方にはぜひ、お連れ様とともにご来店いただきたいところなのですが……」
「いや、いいんだ。困らせるつもりはないからね。残念だが、また今度にするよ」
「まことに申し訳ございません」
丁寧に頭を下げる男に軽く手を上げて返答し、運は踵を返した。
――そう簡単には見学もできないのか……どこかほかに入り口になりそうなところはないものか……。
運は男の視線から遠ざかりつつ、建物を道沿いに回り込んで進入路になりそうなところを探した。そして正面からグルリと反対に回ったところでバルコニーのような部分を見つけてほくそ笑む。
――お! 二階から入れそうだな……よし!
運は通行人が切れるタイミングを見計らって一瞬だけトラックを大砲のように発射、すぐに収納、その勢いに乗って自分の身体だけを見事にバルコニー部に着地させた。
「潜入成功」
――たとえ建物内部が俺の弱点であったとしても、男にはやらねばならん時がある……!
運は自分に強く言い聞かせてオークション会場を目指し、建物内部へと忍び込んだ。
建物の内部は薄明かりに包まれており重厚な木の壁が不気味な雰囲気を醸し出している。
自分の足音やまわりの物音に注意をしながらしばらく歩くと、壁の向こうから客のものと思われる歓声が聞こえてきた。
――ここか?
運は近くにあった小さなドアを静かに少し開けて中を覗き込む。そこは会場二階に設けられたVIP客用の桟敷席であり、幸運にも席には誰の姿もなかった。
――ここからなら良く見えそうだ。
運は身体を滑り込ませるように桟敷の中へと進入し、素早く静かにドアを閉じる。
――おおお、ここがオークション会場か、初めてだ。
運は無人の桟敷から顔一つ分だけ覗かせて会場を見下ろした。すると広々とした会場の中央に設けられたステージが一望できる。
客席はぎっしりと埋まり、華やかな衣装をまとった富裕層や商人たちが声を潜めて品定めをしていた。競りが始まるごとにざわめきが広がり、値段を競う興奮が空気に満ちていた。天井からは豪奢なシャンデリアが輝き、会場全体を金色の光で包んでいる。
――こういうのが金の匂い……っていうんだろうな。街ではエルフ狩りとか言われてたっけ。なんかこいつらの目つきが欲望に塗れて見えるぜ。
運が会場の雰囲気に辟易してか顔をしかめだした頃、突如として一瞬暗くなったステージにひときわ明るいスポットライトが差した。場の視線はその中心にいる男に集中し、それまでの会場のざわめきが一瞬にしてピタリと止まる。
やがてステージの男が大きく両手を広げながら盛大に宣言する。
「さて、皆様お待たせ致しました! いよいよ次が本日最後の商品となります!」
おおおお! と階下の会場から大きな歓声が上がった。
「最後の商品はもはや私から説明する必要はございません! 皆様、すでにご存知のことでしょう。エルフ。この響き! この希少価値を!」
ステージの上に運ばれてくる大きな箱状の物体は幕で覆われていた。
――かなり大きいな。檻か? ……あのサイズだと一人二人の檻ではなさそうだ……いったいエルフ狩りとはどんな規模で行われているんだ?
運は首を傾げながらも視線をステージからは逸らさなかった。
「さあ! それではご覧下さい。我々が自信を持ってお届けするこの美しい商品を!」
バアッ! と音を立てて取り除かれる大きな幕。そこに現れたのは。
「トラックじゃねぇか!」
運は無意識に叫んでしまっていた。
ステージに現れた商品とは、大きな檻に入れられた長い耳の長命種族エルフではなく、檻の形そのものを大きな布で隠して出てきた大型トラックだったのだ。
――あ、いや……あれは
桟敷から上がった運の声に会場の視線は集まった。
――あ、やべ。逃げなきゃ。
運は急いでその場から離れた。
急いでオークション会場から脱出して大通りの人ごみの中に紛れた運は肩で息をしながらあとを追ってくる者がいないことを確認して呼吸を整えた。
「そうか……。トラックが出品されているということは、本当に俺以外にもエヒモセスに転移してきた運転手がいるってことだったんだ……」
――だが俺も同じトラック運転手だからわかるが、この過酷なエヒモセスでトラック運転手がトラックを手放すなんてのはよほどのことだぞ……? おそらくもう所有者は……。
そそくさとオークション会場から遠くに離れるように早足で歩きながら運は思考を巡らせた。
「あれは久遠が言っていた建物内で殺された運転手のトラックだったんだろう」
――こんなに身近に実例があると俺も気をつけなきゃいかんな……そうなると久遠の言うとおり向こうの世界の服装は目立ち過ぎる……さっさと久遠と合流しよう。
そうして運がナヴィを用いて久遠に連絡をしようとしたときだった。
ちょうど街の掲示板に掲示物を貼り終えた兵士が視界の端に入った運は、気になってそれを読んで見ることにした。
――なになに? 戦場のトラック、東へ飛び去る……昨日の俺のことだろうな。もう情報が入ってきたのか。状況的に考えて手配されているようなものだろう……まずいな。
運は眉を顰めた。
――なるほど、俺がホヘト王国側に走り去ったのは目撃されているから……面倒だな。東軍にはそれほど被害は出ていないはずだが、素性がわからなければ脅威には変わりがないってことか。そうなると戦場から一番近いこの街に潜伏している可能性があることは知られている。その上、ホヘト王国ではすでにトラック運転手が殺されているようだし……危険だな。
運はすぐに久遠に電話をかけた。
「もしもし久遠? もう宿は見つかったか?」
「ううん? お兄ちゃんの服を買ってたからちょうど今から部屋を取るところだよ? それより聞いて聞いて! このスマホすごいね! なんか私でも色々調べられるみたい」
「いや、スマホのことはいい。とにかく、もしまだ宿を取っていないならすぐにこの街を離れよう」
「何? 何かあったの?」
「どうも俺がこの街にいる情報が流れているようだ。それにこの国で本当にトラック運転手が殺されたらしい情報も得てしまった」
「大変!」
「さっきの飲食店付近に来てもらえるか? すぐにこの街を発ちたい」
「わかった!」
久遠との電話を切ったあと、運は早足で街を歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます