第7話 旅の目的


 兄妹の再開でひとしきり喜びを分かち合った二人は、改めてテーブルに向かい合い、互いの顔を見つめながらこれからのことを話し始めた。


 涙が乾いても二人の間には安心感が漂っている。


――エヒモセスに来てから、ずっと一人で正直に言うと心細かった。だけどここに来て初めて良かったと思ったよ。もう二度と話すことができないと諦めていた久遠にこうしてまた会えて、話をすることができたんだから。


「えへへ~……お兄ちゃん」


「な、なんだよ」


「なんでもなぁい」


 久遠は頬杖をついてうっとりと運の顔を見つめていた。


「本当に嬉しいなぁ……まさか目の前の人がお兄ちゃんだったなんて……すっかり大人になっちゃって全然わからなかったよ」


「そんなに変わったかな?」


「うん……手なんかゴツゴツ。いっぱい苦労したんだね。大変だったね……」


 久遠は運の手を取り、愛おしそうに指を絡めたり握ったりした。


「お兄ちゃん、背ぇ伸びたねぇ」


「そう言う久遠は縮んだうえに面影もないな……しかも髪の毛は薄紫色だし」


「仕方ないでしょ? 転生して生まれ変わったんだから……髪の毛の色だってエヒモセスでは普通なんだよ?」


 久遠は少し照れたように運の手を離して、自分の髪をクルクルと巻いてみたりしていた。


「久遠も苦労したんだな」


「うん……。さっきもね、本当はまたひとりぼっちになっちゃってすっごく不安だったんだ。でも、今はお兄ちゃんがいてくれるからすっごく安心感があるよ」


「それは俺もだ。なんせ俺は昨日こっちに来たばかりで、この世界のことをちっとも知らないんだからな。現にトラック極振りなんかやっちまったせいで街中で無防備になっちまった」


 運が言うと久遠は顔を赤くし、少し胸を張って嘯くように応える。


「し、仕方がないからお兄ちゃんは私が守ってあげる」


「言うてヒーラーも単体じゃ戦闘には向かないだろ」


「でもこの世界のことたくさん知ってるもん」


 口を尖らせるように可愛らしく言う久遠に運は少し眉を顰めた。


「お前、見た目だけじゃなく、転生前とキャラ変わってないか? なんか妙に突っかかってきて喧嘩ばかりしてた記憶が多いんだけどな、俺」


 運は冗談めかして言うが、久遠は少ししんみりとした表情になった。


「……私のためにたくさん泣いてくれたこと、知ってるから」


「そりゃあ、たった一人の妹だからな」


「私、転生したからもう血は繋がってないよ? それでもいいの?」


「俺は心の繋がりまで切っちゃいねーよ」


「あ……そういうこと言っちゃうんだ。そういうこと」


 久遠は頬を染めて口元を隠した。その仕草にはどこか兄に対する好意からではない複雑な気持ちが見え隠れする。運を少し上目遣いで見て、目が合った久遠は慌てて取り繕うような元気な声を発した。


「い、いや~しかし、私の身体がまだ生きていたなんて知らなかったな~」


「父さんに感謝するんだな」


「うん。……ねぇお兄ちゃん、私、またお父さんに会えるかな?」


「どうだろうな。帰りたいか?」


「うん。でも、もう半分くらいはこっちで生きてきたから……」


 少し顔を伏せて困ったようにする久遠を見て、運は少しの間、空を見上げた。


――そうだよな。転生した久遠にはもうエヒモセスでの新しい家族もいるんだろう。俺も家族に会えて嬉しいし、久遠も喜んでくれたけど、でもそれで久遠を元の世界に連れ帰りたいというのは俺のエゴなのかもしれない。


――父さんは今も向こうの世界でずっと眠ったままの久遠の身体を守ってくれているんだ。なんとか、なんとか会わせてやりたい。母さんはもう死んでしまったけど、俺と久遠で向こうの世界に帰って、もう一度家族ってやつを取り戻したい。


――でも、それで久遠にこちらの世界にいる大切な人たちと離れ離れにさせるなんてこともできない。家族がバラバラになっちまう辛さは俺が一番よくわかってるんだからな……。


――だとすれば、俺がやるべきことは一つしかないじゃないか。


 深く深く考えを巡らせたあと、空に向けた視線をゆっくりと久遠に戻して運は決意した。


「……そっか。じゃあ、俺はこれから向こうの世界と行き来できないか方法を探してみることにするよ」


「そんなこと、聞いたこともないけど?」


 久遠は首を傾げるが、運の決意は少しも揺るがず、久遠を見据えたまま応える。


「でも考えてみろよ。俺の固有スキル『運ぶもの』は対象を異世界に運ぶんだぜ? 実際に俺もトラックに乗ってエヒモセスまでやって来たんだ……不可能じゃない気がしないか?」


「そうだけど……今の私たちにはなんのヒントも、取っ掛かりもないんだよ?」


「だからその方法を探して、俺はこの世界を旅して回ってみようと思う……長距離トラックってのは荷物を運んで終わりじゃない……ちゃんと家まで帰るんだよ。だから必ず、俺はその方法を見つけ出す」


「じゃあ私も一緒がいい。お兄ちゃん、私もその旅に連れて行って」


「当たり前だろ」


「お兄ちゃん……好き」


 久遠はそう言って運にしがみついた。


「それよりホレ、そのためにはまず当面の問題をどうするかだよ」


 運は久遠を引き剥がした。


「あ~ん、せっかくの兄妹の再会なのに~」


「もう十分だろ。それより当面の生活費と、俺が狭い場所で戦えない弱点についてだ」


「生活費は……少しの間なら私の手持ちでなんとかなるよ?」


「それはありがたいが、持続できない生活を続けるわけにはいかないからな。安定した収入源を確保しておきたいんだ。それに身を守ることについてなんだが……」


「奴隷?」


「手段は選べないからな。正直、選択肢に入れている」


「奴隷商でも見に行ってみる?」


「そうしようかと思ってるよ。場所ならナビ検索で調べられるしな」


「そういうところ、トラックって便利だよね~」


「久遠も一緒に来るか?」


「ううん、私はいいよ。一応私もイロハニ帝国の人間だから大人しくしておく。今日の宿でも探しておくね。それとお兄ちゃんの服はこっちでは目立つかもしれないから、エヒモセスでも普通に見えるように適当に見繕っておいてあげる!」


「そうか。すまないな」


「夕方頃にまたここで待ち合わせでい~い?」


「携帯電話的な機械や魔法があると便利なんだけどな」


「そんなのあったらみんな使ってるよ~」


「そっか。俺、トラックごと転移して来たからスマホならあるんだけどな」


「エヒモセスじゃ電波がないからね~」


 久遠がそう言ったとき、運の頭のなかにナヴィの声が響いた。


「提案しますマスター」


「どうしたナヴィ」


「マスターの携帯端末を久遠嬢に貸与されることをお勧めします。マスターの携帯端末情報はすでにナヴィに登録済みですので、マスターはナヴィを通じて携帯端末と通信をすることが可能です」


「そんなことができるのか、電波は?」


「すべてマスターの精神エネルギーにより賄います。また携帯端末の機能のほか、トラックとともに転移した家電等すべての物品はマスターのスキルの一部として使用可能であることを申し添えます」


「すごい便利じゃないか!」


 運としては普通にナヴィと会話をしているつもりだったが、その様子を久遠が不思議そうに首を傾げて覗き込んでくる。


「どうしたの、お兄ちゃん? 独りごと?」


「ん? ああ、少し考え事していた」


――そうか、トラックの精霊であるナヴィの声は俺にだけ聞こえるってことなのか。


「それより久遠。俺、トラックのナビ機能でスマホとの通話ができるみたいだ。だから俺のスマホは久遠が持っててくれ。何かあったらこれで即座に連絡が取れる」


「ホント? すごい便利だね、お兄ちゃんのトラック」


「トラックに積んできた家電もスキル扱いで使えるらしいし、戦闘以外の生活面でも最強だな、俺のトラックは。……これで街中でも戦えれば安心なんだけどなあ」


 街を行き来する主な乗り物は馬車であり、ほかの通行人を考慮すると大型トラックで通行することは困難だ。そんな状態で戦闘することなど論外である。そもそも街の交差点も大型トラックの内輪差を考慮した造りではないため、下手に道を曲がることもできないのだ。


「それでも旅をするには十分な能力だよ~!」


 スマホを受け取って久遠は嬉しそうにクルリと回って見せた。


「それじゃあ、宿が決まったら連絡するね~」


「おう。部屋でゆっくりしてろ」


「は~い」


 そう言って久遠は楽しそうにお店の会計を済ませ、大通りをスキップで歩いていく。


 運は大きく手を振って去って行く久遠を見送ったあと、不敵に笑った。


――さて、時は来た。オークション会場だったか……? 男として一度はこの目で見ておかねばなるまいよ……エルフ。フフフ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る