第6話 まさかの再会


 運たちは大通りに面した飲食店のテラス席に座っていた。店は木造の温かみのある造りで、外にはカラフルな花が飾られた鉢が並び、心地よい風が花の香りを運んできていた。店内からは賑やかな笑い声や食器の音が響き、食欲をそそる香りが漂ってくる。


「いやあ、神様なんてやっぱりウソっぱちだなぁ。言語なんかどうでもいいって思ってたけど、結局は習得できたんだから」


「ちょっ! 日野さん!? バチ当たりなこと言わないでくださいよ!」


「え~? でも本当は君だって神様なんて信じてないんじゃないの? 元は日本人でしょ?」


「そうですけど……。こっちではわりとラムウ教に救いを求めている人もいるんですから……」


「それもそうか。……それにしても言葉がわかるっていいなあ。君のおかげで、これなら俺でもなんとかやっていけそうだよ」


 運は上機嫌でクオンに笑顔を向けた。


「良かったです。日野さんに神様の祝福があらんことを」


――元の世界に戻れなかったのは残念だが、まずは食事にありつけたことを喜ぼう。


 運はメニューを眺め、心を弾ませながらハンバーグを注文した。


――うんうん。文字も読める! あとはこれで……。


「大丈夫ですよ日野さん。遠慮なくおなかいっぱい食べてください! 私、これでもけっこうお金持ちなんですよ。勇者パーティの一員でしたから」


――本当にいい子だなぁ……。


 しばらくして運の前に香ばしい焼き色がついたジューシーなハンバーグが運ばれてきた。付け合わせには色鮮やかな野菜サラダと、クリーミーなマッシュポテトが添えられている。ソースは特製のデミグラスソースで、湯気が立ち昇り、食欲を刺激する香りが鼻をくすぐった。


「どうぞどうぞ、私のことはお気になさらずお召し上がりください」


「ありがとう。それじゃあ遠慮なくいただくよ」


 運がひと口めを頬張ると、肉の旨味とソースのコクが口の中へ一気に広がった。


「う、うめぇ……」


 運は思わず目を閉じて幸福感に浸る。そして満足げに頷きながら次々と口に運び、ハンバーグのボリュームに圧倒されつつも腹いっぱいになるまで食べ続けたのだった。


 久しぶりの温かい食事に心も身体も満たされ、運はようやく身体の力を抜いたのだった。




 食事を終えて飲み物をひと口飲んだあと、運は改めてクオンに聞いた。


「そういえば、ここは君にとって敵国側の教会になるんじゃないのか?」


「いえ、ラムウ教は大陸全土に布教されていますので大丈夫なんですよ」


「へえ~」


――そういった情勢も把握していかないといけないんだろうが、どうも俺はそういったことが苦手なんだよなぁ。


「あはは。日野さん、難しい話は苦手だって顔に出てますよ?」


「あまり賢いタイプじゃないんだよ、俺は」


 その頃にはクオンともだいぶ打ち解けて冗談も出るようになっていた。


「まいったな……俺たちには問題が山積みだ」


「そうですね……」


 しかし冗談は出てもすぐにため息も出て肩を落としてしまう。


――ひとまず空腹は満たせたが、俺には街中で無力な弱点と生活費の問題がある。この子には勇者パーティが全滅して自力で自国に帰れない問題がある。


 二人は今、互いに今後の作戦を練っていた。


「せめてどうやってか生活費を稼げればいいんだが……」


「普通は冒険者として生計を立てるなら冒険者ギルドに登録をするんですが……」


「職業を運転手で登録して、街中で命を狙われるのだけは避けたいんだが」


「ですよね~」


「もしかして早くも詰み?」


「まだそうと決まったわけでは……例えばお金が溜まるまでは生身のステータスがバレないように気をつけながら街の外で依頼をこなして、お金が溜まったら街中では護衛をつけるとかしてみてはいかがです?」


「それだと逆に変に思われない? なんで街中で護衛なんだ、と」


「そうですね……では、奴隷とかは?」


「ど、奴隷?」


「聞き慣れませんか? こちらではわりと普通のことなんですが」


「どんな人がいるの?」


「奴隷は何も人間だけではないですよ? 獣人族、魔人族に……」


 そこへ街ゆく人の声が飛び込んでくる。


「おいっ! 今日のオークション、まさかのエルフが出品されるんだってよ!」


「本当か? またデマじゃないんだろうな?」


「実はこの間、エルフ狩りの噂を聞いたんだ。可能性は高いだろう」


「へえ。そいつは珍しいな、見に行ってみるか」


「ばーか。俺らみてぇなのが中に入れるかよ」


「わかってるよ! でも落札されたエルフが運び出されるときにひと目くらい見れるかもしれないだろ?」


 そんな会話を交わしながら男たちは揃って歩いて行った。


「エルフ……いるんだ」


「そうですね。エルフ族は魔法力にも長けていますし、奴隷にできるなら護衛としても有効だとは思いますが……」


「でも、お高いんでしょう?」


「ですね。それもオークションですから、どこぞのお金持ちかお貴族様が慰みモノとして落札していくのがオチでしょうし」


「君、見た目は幼いのに言うことがけっこうエグいね」


「言いましたけど、私これでも二十年以上は生きているんですよ?」


「そういえば転生者なんだっけ。どうしてエヒモセスに来ちゃったの?」


「中学生の頃、トラックに撥ねられて」


「君もか」


「でもたぶん即死じゃなかったんですよ? それからしばらくは意識があったというか。その頃は喧嘩ばかりしていたのに眠っているだろう私の前で泣きじゃくるお兄ちゃんの声とか、そういうの、聞こえていたんです」


 運は言葉を発せずに黙って聞いていた。


「だから早く元気な声を聞かせてあげたくて、私も必死に祈ってたんですよ。治れ、治れ、治れ……って。そしたら、結局それがなんでも治せる能力になって、こっちで目覚めちゃいましたけどね」


「そっか、辛いね」


「日野さんは? 日野さんはどうしてエヒモセスに?」


「俺はただの悲劇さ。自殺志願者がトラックの前に飛び込んで来てね。信じられるかい? 歩道橋から背面飛びで女の子が落下して来たんだ。で、人生終わったと思って一時は走馬灯も見えたくらいなんだけど、次に目を開けたときにはもうあの荒野にいたんだ」


「その、ご家族とかは?」


「俺? 独り者だよ。家族も一家離散した。実は昔、妹が事故で寝たきりになっちゃってね。その扱いを巡って両親が口論の末に離婚。妹は父が、俺は母に引き取られて苗字も変わった。だけど色々と心労が溜まってしまったんだろうね。母は過労が重なり、ある日歩道でフラっとよろけたときに自転車にぶつかってね。弾かれた勢いで車道に飛び出してしまい……。父も植物状態の妹をずっと見守っているから俺が頼るわけには行かないし、俺は高校を中退、なんとか一人でこれまで頑張ってきたんだけどな……」


――自分のことながら酷い身の上話だ。妹が事故で寝たきり、一家離散、母は疲れ果てて死に、高校へは通えなくなり、それでも頑張ってきたのに最後は異世界転移で命の危険に晒されるって、いったいどんな罰ゲームなんだよ……。


「俺、普通の人生でいいんだ。ちゃんとした家族を持って、大黒柱ってやつにもなってみてぇ。そんでちょっとだけ人の役にも立って、安心できる暮らしがしたいだけなんだ……。別に身の丈に合わない望みなんか持ったつもりじゃねぇけど、底辺の俺にはそんな普通の暮らしさえも高望みになっちまうのかなぁ……」


 そんな話をクオンは涙を流して聞いていた。


 それに気づいた運は驚き、おどけたように軽く笑った。


「はは、ゴメンゴメン重い話で」


「違う、違うの……」


 溢れる涙をローブの裾で拭いながらクオンは震える声を絞り出していた。


「こんな俺なんかのために涙まで流してくれてありがとな」


「だから、違うの……!」


――何が違うんだ? 困ったな……こういうときにどうすればいいのかまったくわからないんだよな。自分のことで精一杯すぎて、女性なんかまるっきり縁がなかったし……。


「あの~……大丈夫、君?」


 心配して覗き込むように声を掛ける運。


「……クオンです」


 小さく鼻を鳴らすように控えめに名乗るクオン。


「え?」


「日野さん、さっきから私のこと、君って呼んでいるから」


「あ、ゴメン。……ちょっと、その名は呼び難かったから」


――だってその名は……。


 運がそう言った瞬間、クオンはとめどない涙を拭っていた手をどけ、赤くなった顔を真正面から運に向けて強く言った。


「知ってます。私が妹と同じ名前で呼び難いことも、両親が私のことで喧嘩していたことも、日野さんの旧姓が夕出ゆうでだってことも、お名前がちょっと珍しい、はこぶさんだってことも!」


「え……うそ、だろ……?」


――なんで初対面のこの子がそんなことまで知ってるんだ……!?


「日野さんの妹が事故にあったのは十二年前! 私は転生して今、十二歳」


 そこまで聞いた運は一気に血の気が引いたような顔をして硬直した。


「……久遠くおん? 久遠なのか?」


――ウソだろ……? 十二年前に事故にあった久遠が、こっちの世界に転生していた……!?


「お兄ちゃんっ!」


 飛び掛かる久遠の勢いのまま、運は椅子ごと床に倒れた。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん……!」


 久遠は涙を運のシャツに塗りつけるように、その胸のなかで顔を擦りつけて泣いていた。


「久遠、お前、こんなところで、何やってんだよ……」


 運もただ呆然と空を見上げたまま、その青さが次第に滲んでいくのを止められなかった。


 二人は抱き合って涙を流した。

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