第5話 異世界の街
戦闘が終わり、砂煙がゆっくりと晴れる。勇者パーティーはトラックの圧倒的な力の前に散り、残されたのは一人のヒーラーだけだった。
小さなその少女クオンは地面に膝をつき、呆然とした瞳で飛び散った仲間の残骸を見つめていた。敵意も憎しみもない彼女の表情はまるで解放されたかのような虚ろな安堵さえ漂わせている。
トラックが魔法使いへ突撃した瞬間、轟音とともに巻き起こった突風がクオンの深く被っていたフードを捲り上げ、戦場の残酷さとは対照的に儚さすら感じさせる幼い顔が運の目にも明らかになっていた。フードに隠れていた薄紫色の髪は長く、そよぐ風になびいている。
運はそんな様子のクオンに不憫な表情で語りかけた。
「さて。残ったのはお前だけだが見るからに戦闘力がなさそうだな?」
「は、はい。私は回復専門ですので……」
「戦うか?」
「た、戦わないです!」
それを聞いて運はエンジンを切った。
「しかしまあ、君はまだ子供じゃないか」
「あ、これでも私は転生者なので精神年齢的には成人しているんです」
「けっこう酷い扱いを受けていたようだけど、どうしてあんな奴らとパーティを組んでいたんだ?」
「私が……便利だったからだと思います」
少し表情に影を落としてクオンは言った。
「使われていたってこと?」
「はい。私、回復魔法が傷や病気以外にも効果を発揮する固有スキルを持っているんです。武器や防具も何かと消耗しますから、私がいるとタダで回復できますし……」
「それって珍しいの?」
「たぶん、私以外には……」
「すごいな。でも、そんなすごい力を持ってるならなおさら、なんであの程度の奴らと?」
「あ、あの程度って……全員、世界屈指の強さだったんですが……」
「え~……?」
――あの程度で世界最強クラスなんだとしたら、俺はいったいどうなってるんだ?
運は訝しげな表情をする。
「おかしいのは日野さんですよ? 勇者さんもパラメータはそれほど高くないって言っていたのにどうして……?」
「本当だって。ほら」
運はナビ画面を表示させてステータスをクオンに見せた。
「わ。見せてもいいんですか? そんな大事な情報を私なんかに」
「いいよ。だって君も特殊な力のことを話してくれただろ? 悪い子じゃないのはわかったからさ」
「あ、ありがとうございます……本当だ、ほとんど普通の人ですね」
「だろ?」
「でも、そうするとあのデタラメな強さはいったい……?」
「あ~。俺、さっきトラックにパラメータを全振りしちゃったんだよ、この世界の常識とか仕組みとかが良くわからなくて」
「ト、トラックに全振りぃ~!?」
飛び上がるように驚くクオンと、彼女のその様子に驚く運。
「そんな驚くようなことかな?」
「驚きますよ! なんでそんな無茶なこと!」
「無茶?」
「そうですよ! だってトラックなんて、狭いところじゃ意味ないじゃないですか!」
「言われてみれば」
「実際にここ、ホヘト王国ではトラックの運転手が室内に呼び出されて殺される事件があったと聞きますし……」
「げ。マジ?」
「はい。トラックと言うこの世界で未知の存在はそれだけの価値があるということです」
「うわ。それは教えてもらって助かったよ、ありがとう」
運は礼を言いながら冷や汗を垂らしていた。
――いきなり戦場のど真ん中。逃げ切ったと思ったら今度はモンスターの生息する地で野宿するハメになるし、ようやく街に入ろうとしたところで運転手が殺される話かよ……。なんか俺、異世界に来てからずっと死と隣り合わせになってんな……。向こうの世界でもそれなりにキツいことはあったけど、もう踏んだり蹴ったりだ。なんで俺ばっかりこんな目に会うんだ……。
「それくらい構いませんけど……それよりこれからどうするおつもりなんですか、そんな弱点を抱えて」
「まあ、目立たなくしていれば急に囲まれて殺されたりはしないだろうから……」
――ここでこの子から話を聞けてなかったら、さすがに街中では安心しきってしまって危なかったかもな。まったく、どこに行っても気が休まらないところだな、異世界ってやつは。
そこで運はふと気づいたように返した。
「君こそどうするんだ? 俺がやったこととはいえ、パーティは壊滅してしまった訳だが」
「それは……」
「イロハニ帝国だっけ? 一人で帰れる?」
「う……」
クオンは真っ青な顔になる。
「できれば送ってやりたいところだけど、さっきの様子だと俺、イロハニ帝国じゃ大変なことになってるんだろ?」
――生きるためとはいえ西軍に対しては盛大にトラック無双してしまったからな……。どんな顔して行けばいいんだって話になるんだよな。
「……はい」
クオンはうなだれる。
「弱ったな」
「弱りました」
二人が並んで肩を落としたときだった。運の腹の虫が鳴った。
――やばい。トラックがどうとか以前に、何か食べないと普通に飢えて死んでしまう……。
「日野さん、もしかしてお腹空きました?」
「実は昨日から何も食べてないし……今思ったけど、たぶんお金もない。スマホ決済とかクレジットカードが使えればワンチャン……」
「使えるわけないじゃないですか」
「だよね」
「言葉は?」
「マジかよ、異世界語なんかわからないって……」
――詰み、か……?
「……」
クオンはため息をついた。
「あの、よければそこの街で何かご馳走しますよ? その、お詫びになるかはわかりませんが……」
その言葉を聞いてパッと明るくなる運の表情。
「本当かい? それは助かるな」
「言語のほうも何とかできるあてもありますから、よければご案内しますけど……」
――マジで聖女!
運はクオンの手を両手でしかと握った。
「ぜひ頼む!」
「あはは、お役に立てれば何よりです……」
クオンは少し引き気味に苦笑いしていた。
「もしかして俺のこと、勇者たちが下手にちょっかい出さなければ勝手に自滅したとか思ってない?」
「思ってない! ……思ってないです!」
クオンはブンブンと首を横に振りながら気まずそうに視線を逸らす。
その方向には哀愁漂う仲間だった者たちの残骸。クオンはどこへも視線を向けられずにギュッと目を閉じた。
「すっげぇ腹減ったし、できればハンバーグみたいのをガッツリ食べたいなあ」
「え!? ……それ、ひき肉ですけど平気なんですか?」
運はクオンの導きで初めて足を踏み入れた街に目を奪われた。
その街の名はネナといい、街並みは賑やかで、色とりどりの店が軒を連ねて活気に満ちていた。馬車が行き交い、馬の蹄の音が街全体に響く。
――うわ! すげぇ……。これが異世界の街か!
門を抜けると圧巻の大通りが視界の遥か先まで一直線に続き、その脇には日本では見られない建築様式である木造や石造りの建物が並ぶ。ところどころモルタルで塗り固められた壁が見え隠れしており、その風景は中世をイメージしたファンタジー世界そのもの。
市場では様々な商品がところ狭しと並べられ、商人たちの元気な声が飛び交っていた。新鮮な果物や野菜、手作りの工芸品、香辛料の香りが鼻を刺激する。運は興味深げに目を凝らしながら人々の笑顔や活発な会話に包まれ、表情を綻ばせていった。
「あはは。大丈夫ですよ。あとでちゃんと食べ物屋さんにも寄りますから」
クオンは時おり振り返って笑いながら先を歩く。
街の中心には大きな噴水があり、そのまわりには子供たちが遊び、年配者たちが腰掛けて談笑している姿が見受けられた。そんな彼らの姿を尻目に、クオンの足取りは迷いなくその先に構える荘厳な建物へと向かっていく。
「日野さん、こちらです。まずは教会で祈りを捧げ、言語を習得しましょう」
――よく仕組みがわからんが、魔法がありならなんでもありなんだろう。
運は黙ってクオンのあとに続いた。
教会は街の中心に位置する壮大な石造りの建物で、その高い尖塔が空に向かってそびえ立っていた。尖塔の周囲には美しいステンドグラスが嵌め込まれ、光が差し込むと内部は幻想的な色彩に包まれる。外壁には精巧な彫刻が施され、教会に関する神秘的な物語と思われる内容が描かれていた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと祈りを捧げれば、転移転生者特典で言葉も話せるようになるし、文字だって読めるようになりますから」
――特典というわりには、知らなかったらそれだけで死にかけたんだが……。
教会の入り口には重厚な木製の扉があり、久遠がそれを押し開けると静かな内部の空気が運の顔を撫でた。足を踏み入れると内部は広々とした聖堂が広がり、白い大理石の床が清らかな光を反射している。中央には祭壇が設けられ、その周囲には香炉が置かれ、少しだけ甘い香りが漂っていた。
聖堂の壁は淡い青色で塗られ、神聖な雰囲気を醸し出している。天井には美しい天井画が描かれ、神々しい光がそこに注がれている。
運は久遠の指導を受けながら、静かに祈りを捧げるために祭壇の前へと進んだ。
「さぁ日野さん。目を閉じて祈ってください。言語が習得できますように……って」
静寂のなか、心を落ち着け、運は願いを込めて手を合わせたのだった。
――言語なんてどうでもいいから、早く元の世界に帰れますように……。
異世界トラック ~冒険者登録すら出来ない半強制追放の底辺運転手が極振りトラック無双で建国余裕の側室ハーレム。家族を大事にしようとしてたら世界から魔王扱いされててツラい~ @nandemoE
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界トラック ~冒険者登録すら出来ない半強制追放の底辺運転手が極振りトラック無双で建国余裕の側室ハーレム。家族を大事にしようとしてたら世界から魔王扱いされててツラい~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます