第4話 VSアサシン&魔法使い


 勇者と戦う前とはうってかわって自信をつけた運にアサシンと魔法使いは明らかに怯んでいた。ダガーを持って構えはしたもののアサシンは安易に飛び掛れない。そしてやむなく攻撃の糸口を探すかのように口を開いた。


「たしかに、お前のトラックはとんでもないな」


「飛んだけどな」


 運は一笑に伏したが、アサシンは気を取られることなく綻びを探るように会話を続ける。


「だが運が悪かったな。俺との相性は最悪だと言っていい」


「どうしてだ?」


「俺はアジリティ特化型。加えてスキル思考加速に超加速も持っている」


「スマンが何を言ってるのかサッパリわからん」


 首を傾げる運にナヴィが説明を入れる。


「戦闘中のため簡単にお答えしますマスター。相手のアサシンは人間の知覚を超えた素早さを持つ可能性があるということです」


「つまり、俺様の攻撃をかわす自信があるってことか……」


「そう、ただ突っ込むしか能のないお前の攻撃は俺には通用しないということさ。どんな攻撃も当たらなければどうと言うことはない」


「でもいいのか? 俺様はさっき不必要に情報を漏らすもんじゃねぇと学んだぜ?」


 呑気に会話を続けようとする運に不敵に笑うアサシン。


「なぁに、これから始末すればいい」


 その瞬間アサシンの姿は消え、運の首筋を斬りつけ、さらにその先に停止していた。


「悪いが俺はアサシン、攻撃予告なんかしねーんだよ」


 アサシンの決め台詞のあとになって運は体勢を崩しうしろに倒れた。


「決まったね~、塁!」


 飛び上がって腕を振り回す魔法使い。


「喜んでんじゃねーぞ、あいり。俺たちは春斗を失ったんだ」


「あ……ゴメン」


 アサシンに睨まれて魔法使いは少し気落ちしたように俯いた。


「久々に見るヤベー奴だった。初心者のうちに対処できたから……運が良かっただけだ」


「そう、だよね……にしてもクオン! あんた、春斗がこんなことになったのに何もしない訳!? あんたヒーラーでしょ?」


 悲痛な空気をぶつけるように魔法使いの厳しい目つきは一歩引いた位置にいたヒーラーに向かった。


「え、あ、でも、私、いったい何が起きたのかもまだ……?」


 そのヒーラーの様子は仲間であるはずの魔法使いにさえ戸惑っているようだった。


「ほんとトロ臭いんだから……ほら、春斗の肉片とか集めて蘇生できないの!?」


「そ、そんなこと無理です。死んだ人を蘇らせるだなんて不可能です」


「ホンット使えないわね~」


「ご、ごめんなさい」


「あいり、それくらいにしておけ。それより早くそいつの首を落として……なっ!?」


 倒れた運に目をやったアサシンは一瞬にしてその場から距離を取った。


「痛ぇ……。死ぬかと思った」


 切られた首筋を押さえながら運は上半身を起こした。


「お前、なぜ死なない!? 確実に首をやったはずだ!」


 アサシンは再びダガーを構えた。


「そ、そうか。春斗を倒してレベルが上がったせいか……? 首の皮一枚ってやつだな?」


「知らねえよそんなの……だが、さすがに不意打ちは効いたな。勉強になるぜ、色々」


「何言ってやがる、次は確実に殺るぜ」


「いや、次は俺様のターンだ」


「馬鹿かお前は。単なる高速の突撃なんざ、とっくに見切ってんだよ、こっちは」


「じゃ、やってやる。こっちも予告はしねーぞ、っと!」


 瞬間、出現と同時に高速で飛び出すトラック。


「速い! が甘い!」


 アサシンは加速された思考と動作で間一髪トラックの突撃をかわした。


「思ったとおりだ、俺なら攻撃をかわせ……」


 アサシンが油断した次の瞬間だった。アサシンの表情はまるでスローモーションのように醜く歪んでいく。それはまるで、加速された彼の思考が背後から来る恐怖と衝撃を感じ取っているかのようだった。


「ば、馬鹿な! なぜトラックが俺の背後から!?」


「スキル自由旋回。かわされた瞬間に即反転しただけだ。名付けて……ツバメ返し」


「ト、トラックでツバメ返しだとおおお!?」


 それがアサシン最期の言葉となった。


「え?」


 魔法使いは目を丸くした。


「はは、アサシンのくせに背後取られたら終わりだな」


「な、何!? 何がどうなったのよー!」


 叫ぶ魔法使いに運はニヤリと微笑みかけた。


「アサシンはさァ……死んだよ」


 数秒間のフリーズを挟んで、魔法使いは杖を地面に落とした。


「やややヤバい! こいつはヤバい! クオン、あんた盾になんなさいよ!」


 魔法使いはヒーラーを自身の前に突き出した。


「えっ!? あ、あいりさん!?」


「こいつの前じゃあんたの回復魔法なんか意味ないじゃない! 一撃死なんだもん!」


「そ、そんな酷い」


「バインド」


「あうっ」


 魔法使いはヒーラーを拘束魔法で捕え、自身と運の間に配置した。


「私が詠唱を終えるまでそいつを止めときなさい!」


 そして詠唱を開始する魔法使い。


――このクソ魔法使い、仲間を盾にするとか最低な奴だな……いっそ逃げてくれたほうがヒーラーの子から離れてやりやすいんだが……。


「あ~。お前、逃げなくていいの?」


「あんたそう言って背後から殺すつもりでしょ!?」


「あ、バレた?」


 運は余裕の態度で軽く笑った。


「ふざけんじゃないわよ! こんなフザけた殺され方してたまるもんですか!」


「はは。とか言って、お前も一度トラックに轢かれて異世界に来てたりしてな」


「ううう、うるさい! そんなに余裕があるんなら、アタシの魔法を受けてみなさいよ!」


「お、挑発か? いいぜ受けてやる。だが俺様のトラックは固いぜ?」


「あはっ! そう言ってられるのも今のうちだけだからね……まさかやっぱ恐いから攻撃するとか言わないでしょうね?」


「俺様に二言はない」


「言っとくけどアタシ、攻撃力だけならこのパーティでも一番なんだからね」


「そりゃあ、ヒーラーと二人パーティだもんな」


「この……! 思い知らせてやる」


 魔法使いの足元に魔法陣が展開した。


「待たせたわね。まさかこんな魔法を使う日がくるなんて思ってもみなかったけど……世界でもこの魔法を使える人間は片手ほどもいないわ」


「御託はいい、早くやれよ」


「あはっ! あんたトラックの攻撃力を自慢したいんでしょうけどね、バッカじゃないの? トラックごときがなんだって言うの? 隕石に衝突したって敵う訳ないじゃない! 後悔してももう遅いから! 行っけえー! メテオー!」


 魔法使いが叫んだときは足元の草が不穏な風に揺れただけだった。だがそれを機に少しずつ周囲の様子が変わり始める。


 灰色の雲が低く垂れ込み、風は冷たく鋭く吹き抜ける。やがて雲にはやや赤みがかかり、それは徐々に明るく濃くなっていく。そしてようやく雲をどかすように姿を現した隕石は世界の破滅を告げるかのように大きく、炎に包まれていた。


「あ~、たしかにこれはやべーヤツなのはわかる」


「あ~良かった~ここが敵国で。周辺の街ごと吹っ飛ばしちゃうからな~。あははっ! 生き残れんのは魔法障壁が張れるアタシだけってわけよ……クオン、あんたも自分の身は自分で守んなさいよ? ……ってゴメーン。動けないんだっけ? ご愁傷さま~」


「い、いや……」


 迫りくる巨大な隕石は魔法で動きを封じられたヒーラーの表情を凍りつかす。


――ダメだこの魔法使い。こんな奴ぶっ飛ばさなきゃいかんだろ……だがその前に……。


「さすがに関係のない人たちにもわりぃから、ちょっと隕石ぶっ壊してくるわ」


「は?」


 魔法使いの疑問符を待つことなくく運はトラックで空へ飛び立っていた。


「俺様とこいつらは轢く者と轢かれる者。轢かれる側の魔法ごときが俺様のトラックに敵う道理なんかねぇっ!」


「いいい、意味がわかんないんですけどぉ~!?」


「たかが石ころ一つ、トラックでぶっ壊してやる! 俺様のトラックは伊達じゃねぇ!」


「ばばば、馬鹿じゃないの~!?」


 やがてトラックと隕石は接近し、そして……


 ドゴオオオオオオッ!


「ば?」


 トラックは隕石を粉砕した。


「ででで、でも! 砕かれた隕石が地上に降り注げば……あんたのせいで大惨事よ!」


 上空で無数に砕かれた隕石の欠片を追う形でトラックは反転する。


「この欠片の数……さっきのアサシンが使ってた思考加速は取得しておくべきだな。ん? なぜかすでに取得してるんだが? まあいい。こいつがあれば自由旋回と合わせて……」


 空を縦横無尽に駆け巡る無数の光の筋。それは細かく砕かれた隕石の欠片をさらに砂レベルにまで粉砕したのだった。


「あ……あ……」


 魔法使いは戦意を喪失し膝を落とした。そこへ悠々とトラックが戻ってくる。


「いや~、お前ら本当に勉強させてくれるんだな。さすがは異世界の勇者様たちだ」


「あはは……あははは……」


「戦意喪失のところ悪いが、意図して関係のない人たちを巻き込もうとするお前だけは野放しにできない、わかるな?」


「はい……」


「大丈夫、お前は死ぬんじゃない。ただ異世界に飛ぶだけだ」


「ででで、でも! その瞬間、メチャクチャ痛いんですっ!」


「じゃあもう二度とトラックに飛び込むなよ? トラックの運転手にも人生とか色々あるんだ、わかったな?」


「は、はい。もう二度といたしま……」


 魔法使いは異世界へ旅立った。

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