第3話 VS勇者


 勇者パーティの空気が変わったことで運は警戒を強めた。


――なんだこいつら。勇者を名乗るくせに妙に俺に敵意を向けてきていないか……?


 運の警戒に呼応するように勇者の声のトーンは下がる。


「そうでしたか……実は、俺たちはあるトラックの運転手を探していましてね?」


「そのトラックとは?」


「それが……昨日転移してきたトラックとしかわからなくて」


 勇者の視線は運を疑っているようだった。


「あなたがたとは初対面かと思いますが……失礼ですが、人違いの可能性は?」


「たしかにこの世界にはすでに何台かのトラックが転移して来ていますので確実とまでは言えないのですが……でも、俺たちはそのトラックが昨日いきなり転移してきたところを目撃しているんですよ……それで、なぁんかさっき見た日野さんのトラックに似ているなぁ、と」


「それでさっき、この世界に来たのはいつかと聞いた訳ですか」


「はい」


 勇者は頷いた。


「俺たちはここより西のイロハニ帝国に召喚された者たちで、実を言うと、昨日の戦争にも参加をしていたんですよね」


――あ~、これはヤベーやつだ。


「そこでちょっ……と、やっちゃいけないことをやっちゃったんです、そのトラック」


「はあ」


「そのトラック、気づいたら両軍が向かい合う戦場のど真ん中にいきなり、ポツンと転移して来たんですよねぇ……そのわりには俺たちの陣営を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、東のほうへ飛び去ったというじゃないですか」


「はあ」


「それで俺たちはわざわざ東のホヘト王国まで潜入して来た訳なんですが」


「はあ」


 まともな言葉が出てこない運を睨むように勇者の視線は鋭くなった。


「お尋ねしたいのは、昨日転移してきたと仰った日野さんが、さっきの話に心当たりがあるのではないかな? と、いうことです」


 その疑りの視線を受けて、とうとう運は肩を落とした。


――ちくしょう。完全にバレてるな……言い逃れはできなそうだ。


「俺を始末しに来たと?」


「いや~そりゃそうでしょう。今やあなたは大量虐殺者だ」


「それは俺だって仕方なく……」


「ですがここエヒモセスでは死刑確実な結果です。たしかにあなた個人のステータス画面を見た限り同情はしますが、戦場でのあんな脅威を見せられてしまった以上は、ここで処分させていただくほかはありませんね」


「そんな。なんとか見逃してもらえませんか。こっちだって何がなんだかわからない状況で、ただ生きるために必死だっただけなんですよ?」


「いや、俺たちにもうしろ盾になってくれるイロハニ帝国での立場がありますから……とはいえ俺も勇者、無抵抗の相手を殺すことは好ましくありません。そこでどうでしょう? 私と一騎打ちと言う形を取らせていただけませんか?」


「い、一騎打ち……ですか?」


 聞きなれない言葉の重みに運の足はうしろへと下がる。


「おっと、逃げられませんよ?」


 あとずさる運の背後に一瞬にしてアサシンが回り込んでいた。


――まいったな。相手の強さもわからない状態で……ナヴィが言うには俺のトラックは世界最強レベルだそうだが、相手は勇者だぞ? 勇者って言うからには、きっと超強いぞ?


「でも勇者さん……お強いんですよね?」


 運は相手の力量を探るように問う。


「これでもまあ、魔王討伐直前の勇者パーティといった感じですかね?」


――マジかよ。魔王というのがどれほどの強さなのかさっぱりわからんが、この言い方は相当やばい感じに完成されちゃってる強さってことだぞ……?


「……どちらかが死ぬまで、ってやつですかね?」


 運はおそるおそる訪ねる。


「ははっ。そうですね、どちらかが、です」


 勇者は命がかかっているようには見えないほどの明るさで笑い飛ばす。


――くそ……これは万が一にも自分がやられるとは思ってない態度だ。だけど俺だってそう簡単にやられてたまるかよ……。やってやる。俺には戦いのセオリーなんかわからないから、こうなったら俺の全力でブチかますだけだ!


 運は覚悟を決めた表情で勇者を強く見据えた。


「……どういうルールなんですか?」


「なんでもありです。トラックに乗った状態からでもいいですよ。ただし、動いた瞬間からスタートとさせていただきますが」


「スピード乗ったら厄介だしね~」


 横から魔法使いが言った。


「わかりました。じゃあ、始めましょうか」


 運は数メートル、勇者から距離を取った。


「話が早くて助かります。あれ? トラックは出さなくていいんですか?」


「別に構いません、エンジンは始動しますが。イグニッション」


「いや、まあ。諦めたい気持ちはわかりますが……失礼ですがあなたの生身のステータスでは」


――余裕かよ。完全に勝った気でいやがるな……。だけどな、こっちだってもう腹ぁくくってんだよ! 通用するかどうかは関係ねぇ! とにかくトラックでぶっ飛ばす! それだけだ!


「ったく、ごちゃごちゃうるせーな。どっちにしろ殺るつもりなんだろ?」


 エンジンさえかかればハンドルを握ったも同然だ。そしてハンドルを握って豹変した運の態度に勇者の顔つきも険しく変わった。


「いいでしょう。……ではせめて初撃はあなたに譲りましょう。お好きなタイミングでどうぞ」


――勇者だかなんだか知らねぇが舐めやがって……お前の敗因は、その慢心だ!


 運は厳しく勇者を睨みつけた。


「わかったよ。じゃ、行くぞ?」


「はい」


 そして二人は構えた。のは一瞬だった。


 瞬きを挟んだような一瞬のあと、勇者の姿は忽然と消え、運の身体だけがはるか数十メートル先にあった。


「は? 何が起きたの? 瞬間移動?」


 魔法使いが言った。


「そんな馬鹿な……ありえねーだろ、こんなん……」


 アサシンは膝を落とした。


「塁、いったい何が起こったの? 春斗はどうなったの?」


 状況のわからない魔法使いは愕然とするアサシンに尋ねた。


「春斗は……死んだ」


 アサシンはたったひとこと、震える声で呟いただけだった。


「えっ?」


 呆然とするアサシンに色を失った魔法使い。


「あいつ……化け物だ。トラックが出現したと思った瞬間、野球ボールみたいな速度でトラックが吹っ飛んで行ったんだよ……。春斗は、粉々だ」


「えっ? 嘘でしょ?」


 そこへ運が肩を回して戻って来る。


「スキルロケットスタート。初速から最高速度で突っ込めるスキルだ。俺様にはG耐性もあるからな。遠慮なくやらせてもらった」


――さっきので感覚的に理解した。やはりナヴィの言うとおり俺のトラックは最強となったんだ。それも圧倒的な力の差だ。これはもうレベルの差とかって次元じゃねぇ……もっと根本的な種族とか階級の違いみたいなもの……。そう、俺とこいつらは轢く者と轢かれる者。どう足掻こうがこいつらは俺に敵わないってことを今、完全に理解しちまった……。


 攻守逆転とばかりに余裕を見せる運とは反対に、勇者を失ったアサシンと魔法使いの頬には冷や汗が伝うばかり。


「こいつは危険だ、ここで殺すしかない」


 それでもやがてアサシンはダガーを逆手に持って臨戦態勢を取った。


「あ~。勇者とかアサシンとか、俺様にはちっとも理解できねぇし、そっちが勝手に挑んでくるのは構わねぇけどよ、俺様からも一つ質問いいか?」


 運は不敵に笑った。


「轢かれる側の人間が、どうしてトラックに勝てると思うんだ?」

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