第2話 異世界勇者パーティ


 命からがら戦場を抜けた運はその後、荒野東側の国へと辿り着いた。その頃にはもう夜の帳が下りてしまっていた。


 空から見えるその街は、周囲の闇の中に人々の生活の光が煌々と輝いているようであり、大きな活気に満ちていることが伺えた。


 城壁に囲まれたその街には石畳の道が網の目のように広がり、通りを行き交うのは馬車や荷物を運ぶ商人たち。街の中心には市場が広がり、トラックの窓を開ければ上空にいる運の耳にまで賑わいと喧騒が聞こえてくる。店の軒先には様々な品が並び、人々が売買に興じていた。


――そういえば俺、しばらく何も食べてないな……腹減ったなぁ。コンビニ寄ってから来れば良かったなぁ。


 腹の虫が鳴る運は街へ入る方法がないかと考えるが、すぐに大型トラックでの進入が難しいことを理解した。


 異世界の街の通りは大型トラックを想定した造りになっていないのだ。狭い道は馬車が擦れ違うのがやっとで、大型トラックが道ゆく人々に気を配りつつ通れそうな幅はどこにもない。そもそも高くそびえる城門もこの時間になると重厚な木製の扉が閉じられており、運のトラックを受け入れる余地はない。


――今日のところは諦めるか……。


 運は街へ入ることを諦め、やむなく街の外れにトラックを停めた。


 トラックの車内で一人、運は疲れた身体をシートに預け、窓越しに静かな夜空を見上げた。街の灯りは遠くにぼんやりと輝いているが、トラックのまわりは静かでひっそりとしていた。


――寝るか。


 長距離トラックには運転席のうしろに人がゆったり足を伸ばして寝られるだけの寝台スペースがある。運は靴を脱いで寝台スペースに上がるとふと思い出したように動きを止めた。


「ちょっと待てよ……? まさか異世界だからって、モンスターとか……いないよな?」


 運はたちまち不安に襲われる。


「いや、それ以前に追い剥ぎとか山賊とか、そういう野蛮な輩もやめてくれよ? 俺は日本人なんだぞ……?」


――あれ? でもさっきまで俺がいたのは普通に殺し合いをしている国家規模の戦場だったような……?


 運の顔はたちまち青褪めた。


――やばい。たぶん、そういう輩がいるような治安だぞ、この世界は。


 そして呆然としているうちに城門のところで何やら数人が話をしているのが目に止まった。


 彼らは冒険者なのか鎧に身を包み、大剣を背負って門番と話をしている。大方、門の閉まる時刻に遅れて言い訳でもしているのだろう。結局彼らは門の脇にある小さな扉を通って街の中へと入っていった。


 しかしそのとき運が注視していたのはそのパーティの仲間が背負っていた本日の戦利品と思われるものの姿のほうだった。遠目からは食用の獣のようにも見えたが、運にしてみればそれはもう別の何かにしか見えないのだ。


「モンスターだ……。やばい、もしかして野宿なんかしてたら、死ぬのか……?」


 運の呼吸が荒くなった頃、車内にポン、と音がした。


「マスター。ナヴィに一つ提案があります」


「ナヴィか。頼む、何かいい方法があるなら教えてくれ」


「先ほどの戦場でレベルアップして得たパラメータポイントを、今日のところはひとまずマスターのトラックに割り振ってみてはいかがでしょうか?」


「パラメータ? ポイント?」


「まずはこちらをご覧ください」


 ナヴィの言葉に続いて、トラックのナビ画面に数値をはじめとした何かの情報が表示される。


「こちらはエヒモセスで用いられる各種能力を数値化して表示したものです」


「といっても、高いのか低いのか俺にはさっぱりわからない……俺、詳しくないんだ」


「端的に申し上げますと、マスターの能力値はごく普通の人間となりまして、一部を除くモンスターのほとんどと戦闘になった場合、ほぼ百パーセントの確率で敗北するでしょう」


「勘弁してくれよ……もう俺、元の世界に帰りてぇよ……」


「ですがマスター。帰還方法がわからない以上、エヒモセスに適応することが合理的であり、そのためにナヴィはマスターに提案するのです」


「わかった。教えてくれ……パラメータポイントとやらをトラックに割り振ればいいんだな? そうするとどうなるんだ?」


「トラックが強化されます。一例としては装甲が強固となり、外敵からの攻撃が通りにくくなったり、最高速度が増して突撃の威力が高まったりする効果があります」


「なるほど、武器兼防具みたいなものか」


「さらにパラメータポイントとは別に、マスターは先ほど大量のスキルポイントを取得しておりますので、ナビ画面に表示されているスキルのなかから好きなスキルを選んで取得することが可能となっております」


――うわ、ポイント的にけっこうな数のスキルが選び放題だな……。


「これはちょっとあと回しにしよう。よく考えて選ばないといけない気がする……でも、どうしてすでに取得されているスキルもあるんだ?」


「職業に関係するスキルは条件を満たすことにより自動取得されるためです」


「なるほど……その辺はあとでゆっくり考えよう。それより今は……」


「トラックへのパラメータポイント割り振りですね? ナヴィのオススメと致しますと……」


「面倒だから全部トラックにぶっこむ」


「あ!」


 迷いのない運の画面操作にナヴィは驚きの声を上げた。


「ん? どうした? ナヴィでも驚くのか?」


「い、いえ。なんでもありません。それからマスター。ナヴィはあくまでトラックの精霊であり、機械のカーナビではありませんので、たまには驚くこともございます」


「そうだったのか……もしかして俺、操作を間違ったりしたのかと思ったよ」


「とんでもありません。このナヴィも同じような提案をしようとしていたところ、マスターの思い切りの良さに感服させられたところでありました」


「とにかく、さっきの戦場みたいな命の危険は避けたいからな……いざというときシェルターになったほうがいいと思ったんだ」


「さすがはマスター、聡明な判断でございました。これによりトラックの能力値は大幅に上昇し、もはやマスターのトラックを破れる存在はドラゴン、ベヒモス等、一部の上位モンスターをわずかに残す程度でしょう」


「はぁ!? いきなりそんなレベルなの!?」


「当然ですマスター。先ほどの戦場でのキル数を考えれば」


 その言葉を聞いて運はおそるおそるナビ画面を注視する。


「ウソだろ……? なんだよこのエグいレベル……素人でもすごいレベルなのがわかるぞ」


「おめでとうございます。現在、マスターとトラックを総合した能力値は世界最強レベルです」


 それを聞いて運はなぜか肩を落とした。


「少なくとも俺が心配していたような……車中泊で襲われることがないのはわかった。だが、そのために俺はいったい何千、いや、何万人をやっちまったんだ……くそ、殺らなきゃ殺られてたとはいえ……」


「ご心配には及びません。マスター、こちらをご覧ください」


 ナビ画面がスキル情報に切り替わる。


「運転手|(トラック)の固有スキル『運ぶもの』。このスキルはトラックで倒した対象を異世界に飛ばすスキルです。西軍兵もどこか無数に存在する異世界に転移または転生したものと想定されます」


「殺したわけじゃないってこと?」


「定義にもよりますが……」


「じゃあその辺はきっとみんな幸せってことで」


「かしこまりました」


 ステータスの確認を終えたところで運は大きくあくびをして身体を伸ばした。


「ともかく、これで安心して眠れるようで良かったよ」


「はいマスター。本日はゆっくりとお休みください」


 運は肩の荷を降ろすようにため息を一つついて、寝台スペースで眠りに就いたのだった。




 翌朝。


 朝日が昇るとともに、運は窓の外からかすかに聞こえる小鳥のさえずりによってさわやかに目覚めた。エンジンが止まったトラックのキャビン内は少しひんやりとしており、シートを敷いただけの簡素な寝床はいつもより固く感じるものだった。


 昨日の出来事――突如として異世界に転移したばかりか三国志さながらの戦場を単独トラックで駆け抜け逃げてきたという事実を思い返し、運は自分の頬を軽くつねってみた。


「やっぱり夢じゃなかったのかよ……」


 そしてそんな運にもう一つ現実の厳しさを突きつけるものが。


 空腹感だ。


――まずい。ステータスはなんとかなったが、おなかが減り過ぎて死にそうだ。今日こそはどうにかして街で食べ物にありつかないと……。


「何か便利なスキルでもないものか……」


 運が昨日に引き続きナビ画面を操作していると、すぐに目につくスキルがあった。


「お! トラック収納スキル! これでいつでも自由にトラックを出し入れできるのか! これでトラックと一緒に街に入れるってもんだ!」


 そうして運がトラック収納スキルを取得したところだった。


 コンコン、とトラックのドアをノックする者があった。運はすぐに窓を開けて応える。


「はい、なんでしょう」


 呼び掛けた者たちは四人組の男女であり、見た目からすぐ冒険者とわかる格好だった。


 中央に立つのは背筋を伸ばし白い鎧を身にまとった若い男性。背中には大剣を背負い、爽やかで自信に満ちた笑みを浮かべている。


 その左には全身黒ずくめの軽装を身に着け、無愛想に腕を組んでいる男性。斜めに構えた姿勢からは常に警戒を怠らぬ鋭さが漂っている。


 白い鎧の男性の右側には華やかな装飾が施されたローブを身にまとった美しい魔法使い風の女性。大きなとんがり帽子の影に隠れた瞳が冷たい印象を放っている。長い髪をふわりと揺らし、顎を引いて周囲を見下すような態度が性格の厳しさを物語っていた。


 そして彼らのうしろでひっそりと立っているのは白いローブについたフードを深く被る小柄な少女。パーティ内に異色を放つ薄紫色の髪で、大きな杖を両手でしっかりと抱えている。控えめな様子で、一歩うしろに引いた彼女だけがどこか儚げな空気を漂わせていた。


「お聞きしたいことがあるのですが、少しお話をよろしいですか?」


 白い鎧の男性が言った。


「はい、わかりました」


 運は取得したばかりの収納スキルでトラックを一瞬にして収納し、地に降り立った。


 運送会社のロゴが入ったポロシャツに厚手の作業ズボン。運の格好を見てパーティ一同は少し驚いた顔をした。


「やはり、その格好は転移者ですよね?」


 白い鎧の男性が微笑むように問う。


「あ、わかりますか? ということは」


「はい。俺たちも転移者または転生者です。俺は結城ゆうき春斗はると、勇者です」


「俺は毒島ぶすじまるい、アサシン」


「アタシは市川いちかわあいり、魔法使いです」


「わ、私は……クオン、ヒーラーです」


 順番に名乗った一同に対し運は軽く頭を下げた。


「これはこれは。俺は……運転手? の日野と言います」


「運転手、そのままですね」


 勇者は笑った。


「本当ですよ。ほら、このとおり」


 運は出し入れ自由の収納スキルを自在に操り、ナビ画面のみを手で持つように出現させ、自分のステータスを表示させて勇者に見せた。


「うわすごい。自分のステータス画面なんて普通は簡単に確認できないんですよ?」


「あ、これトラックのナビ画面なんです」


「トラックにこんな利点が」


 勇者はさらに笑った。


「しかしまだステータスはそんなに高くないですね、日野さんはもしかして、異世界に来たばかりなんじゃないですか?」


「はい。実は昨日、気づけばこちらに転移してまして」


 答えた瞬間、勇者パーティに緊張が走ったのが運にもわかった。


――あれ、もしかして迂闊にしゃべりすぎたか……?

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