キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

ペテン師を演じさせれば世界一のディカプリオと、

お人好しの善人を演じさせれば世界一のトム・ハンクスが、

世界一の詐欺師と、世界一のお人好しを演じる。


それを世界一の映画監督スティーブン・スピルバーグが撮る。


面白いしかない。


何よりもすごいのが、この「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」の物語がキャスト負けをしていないこと。

この物語はいわゆる「Based on a true story」タイプの、実際にあった出来事を題材にしたお話なのですが、その史実というのが凄すぎるのです。


ディカプリオ演じる天才詐欺師のフランクは高校中退の身でありながら、世界有数の航空会社にパイロットとして潜り込んだり、大病院の医師、弁護士などの職を悠々と手に入れ、数年のうちに数百万ドル(現在の価値に直せば数倍)を稼ぎだし、誰も彼が家出中の未成年だと気づかない!


マジかよ……。


超能力者などではありません。

その天才的な頭脳と、人をたらし込むテクニックで、必要な情報を手に入れ、文書を偽造、なりすましに成功するわけです。


ありえない……。

ホントにそんな人、実在したの……?

現実にいても、フィクションとしては嘘くさすぎる……。


こんな非現実的な犯罪者に説得力を持たせられる俳優、ディカプリオ以外の誰がいるというんですか!


まさに神キャスティング。


そしてそれはトム・ハンクスにも言えるのです。


最初はフランク(ディカプリオ)のペテンにまんまと引っかかるお人好し刑事にピッタリという意味での説得力にすぎませんが、物語がフランクの心の闇を描き出すにつれ、世紀の大犯罪者に救いの手を差し伸べる「現実性皆無のお人好し」の登場を観客は期待するようになるわけです。


トム・ハンクス以上に、説得力を持って、そんなお節介なおじさんを演じられる役者がいるでしょうか。


フランクは親の愛を求めながら、それを得られない可哀想な少年です。


なまじ金を稼ぐ才能があったがばかりに、罪の重い犯罪に手を染めることになります。落ちぶれた父が復活すれば、母との仲も戻ると信じて、詐欺で作った金を注ぎ込もうとします。

しかし、その夢は叶いません。

母はすでに父の親友に乗り換えて再婚をしていたのです。


フランクが警察に尻尾を掴まれたのは、新しい家族を作ろうとしたがためです。愛情で心の飢えを満たそうと考えたがために、正体発覚の証拠を多数残してしまう事となり、警察に捕まれる流れとなり、アメリカを出ていくしかなくなります。


ディカプリオは嘘つき、ペテン師、人間のクズを演じることにかけては天下一品の名役者です。

強さと弱さの両面を魅せることのできる稀有な俳優であり、人間の複雑さを表現することに人一倍のモチベーションを持っています。


フランクは善人ではありません。

己の欲望のためなら、いくらでも人を騙す人間です。

そんな彼を救おうとするには、底抜けの善良さが必要となります。

現実にはいないほどのお人好し。


トム・ハンクスです。


トム・ハンクスしか、ディカプリオを救える男はいないのです。


ああ!「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」にもトム・ハンクスが出ていれば!「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」だって、途中でトム・ハンクスに出会っていれば、ディカプリオの蛮行を止めることができたかもしれません!


この作品、映画を楽しんだ後で、フランクという男の史実を調べることで二度楽しめます。


終盤で航空機から飛び降りて逃げるシーンあるじゃないですか。

流石に創作だろうと思ったら、実話なんですね。

そこからお母さんの家に向かったのは創作なんですけど、映画レベルのことを平然でしでかしてしまう。それがフランク・アバグネイルという男なんです。


現実が映画なんです。


12カ国で立件され、わかっているだけでも数百万ドルの詐欺をした男の結末が、詐欺師としての実力を応用したセキュリティコンサルタントで、偽造防止小切手の開発による収益によって富豪としての余生を送るとか、もう、何が現実で何が創作なんだかわかりませんよ!!!


ディカプリオさまでなければ、無理でしたわ、こんな役。



スピルバーグ監督は、押し付けがましくない。

面白い映画になっていればいい。

他の大監督のように、映画の中に「自分」が出ていなくてもいい。


その面白さというのは、映像であったり、物語であったり、登場人物であったり、なんなら恐竜だったり、作品によって千変万化で、劇場に来てくれたお客さんが満足してくれる映画が撮れれば満足する。そんなイメージのある監督さんです。


私がこの映画で一番好きなシーンは、最後の空港搭乗口です。


ここシーンはとんでもなくクール。

フランクがパイロットの格好で搭乗口を歩いている。

また逃亡する気か!?

信じられないのはその後ろに、カール(トム・ハンクス)の姿が。


お前、どうやって、フランクの後をつけてこられたんだよ!?


説明はありません。

わざとやっています。


続く会話との整合性から推理するなら、フランクがわざとらしいヒントをカールに残っていったのかな、と考えることもできます。


いやいや、これは確信犯的ノーエクスキューズです。

観客が望む方向のデタラメをあえてやることで、見る者をしびれさせる。

トム・ハンクスがやるなら、客はむしろ喜ぶ!


あるいは「これは象徴的シーンであって、実際はもっとつまらない場所だとか、もっと長々としたやり取りがあったのだけれど、わかりやすく圧縮したに過ぎない」という解釈もできます。このシーンにおいては「月曜日に君は職場に現れる」以外の情報は、映画内現実ですらないと。


正解はありません。

好きなように受け取ればいいのです。


この物語の本筋は「カールとフランクが気づいたら親子のようになっている」ところにあって、二人はそれぞれに親的存在や子供的存在を求めているうながしはありますが、それは確定ではありません。好きなように自分のストーリーを組めばいい。

それがスピルバーグ映画のいいところ。


月曜日。

フランクは職場に現れません。

がっかりするカール。

職場に近づいていく足のカット。

フランクかな? 違う!

と、一回引っ掛けてからの本人登場。


約束されたハッピーエンド。


このシーンもまた、客をハラハラさせたかっただけの遅刻と考えてもいいし、フランクのカールに対する精一杯の意地っ張りの遅刻と考えたりしてもいいわけです。


エンディングテロップでフランクは結婚し、子供を持ったことが語られます。

誰となのか?

これも史実ではブレンダではないことがはっきりしていますが、この映画の中ではブレンダだ、と想像してもいいわけです。だってそのほうがロマンティックでしょう?


語られていないことは、どうとでも解釈して良い。

スピルバーグ映画には、その自由があります。

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