この世界の(さらにいくつもの)片隅に

ページの半分は空白にしておきました。

あなたの想像で埋めてください。

そんな映画だ。


例えば、登場人物は誰一人、戦争反対を叫ばない。

なんなら主人公のすず(のん)は、玉音放送を聞いてブチ切れる。

まだ戦える! 右手は無くなったが、まだ左手がある!


だが、それは戦争肯定を意味しない。


すずの気持ちは、誰も見ていない場所で泣き崩れていた義姉の径子と同じだ。

途中でやめられる戦争なら、なんでもっと早くやめなかった。

春にやめていれば、晴美さんは死ななくて済んだのに!

冬にやめていれば、鬼ぃちゃんは死ななくて済んだのに!


径子もそんな言葉は口にしていない。

晴美の名を呼び続けるだけだ。

戻ってこない娘の名を呼ぶ彼女を見て、見ている側が勝手に想像するだけだ。


すずと妹は会えば兄の悪口を言う。

だが、本心は二人とも兄が生きて無事に戻ることを願っていた……んだろうなと想像するだけだ。

遺骨だと言われた石のようなものを見て冗談を言う妹や、空想の中で兄にワニの奥さんを貰わせるすずのイタズラ心の中に、悲しみや愛情を勝手に感じ取るだけだ。


見る人によっては、単調で退屈な映画になる。

それはまあ、仕方がない。


この映画には「戦後の価値観で戦前を斬る」ような人物はひとりも出てこない。

それを出すと「本当の昭和19年」からは遠ざかってしまう。

この映画は、本当の昭和19年広島の呉市にいたかもしれない人々の暮らしを丁寧に描くことで、現代人の気持ちを戦前の彼女たちに近づけさせる。


現代の常識で、過去の人たちを描くというのは、ある意味でとても傲慢なことだ。


この映画はそれとは逆に、私たちをすずさんたちの側に近づけさせようとする。


晴美ちゃんは軍艦が大好きで、軍艦を見に行こうとしなければ死なずに済んだかもしれないのに、すずさんは軍艦青葉を見て、空想の中で青葉を空に飛ばせる。天国にいる晴美ちゃんに見せたいかのように。


現代に生きる人間にはすぐには理解し難い感覚だが、私たちの感覚ではなく、すずさんの感覚で理解しなさいと要求してくる。だから当然たくさんの解釈ズレは生まれるし、そもそもこの映画に真の解釈なんてものはない。


あなたの解釈が、この映画を見て感じた気持ちが、あなたという人間そのものなのだ、ということだ。



思いのままになることなんて何一つないが、それでも幸せは生まれる、という話だ。


すずは水原からのプロポーズを待っていた。

でも実際に来たのは周平だった。

その周平も、実は本命の子が別にいて、親に反対された挙句の代用品として自分が選ばれた。

しかし、それを知る頃には周平のことを好きになってしまっていて、周平の方から、水原と寝ていいぞ、みたいな配慮を効かせられると逆に腹が立つ。


敵であるリンと友達になってしまった。周平とリンには再会しないままでいてもらって、どっちとも仲良くしていきたい。再会しちゃうんだけど。


周平との間に子供はできなかった。

けれどもヨーコと出会えた。


ヨーコは戦災孤児だ。

原爆で母を失い、頼る者もなく、飢餓の中で生きている。

落ちてきたおにぎりを拾う。

食べようとするが、落とした相手に右手がないのを見て、母を連想し、おにぎりを返そうとする。

「ありがとう。ええよ、食べんさい」

すずとの接点が生まれる。すずが右手を失っていなければ、ヨーコがおにぎりを返さなければ、生まれなかった接点だ。

ヨーコはすずの隣にちょこんと座って、おにぎりをほおばり、足りなかったのか、すずの頬についていたご飯つぶまでつまんで食べる。目と目が合う。ヨーコは安心したのか、すずの右腕を掴んで抱きしめ、眠ろうとする。

すずはヨーコを守ろうと決める。

とんでもなく汚い子供を連れ帰ってきたすずと周作に家族は呆れかえるが、すぐに受け入れる。そこで物語は終わる。


エンディングのタンポポはすずのことだ。

広島から一つの綿毛が飛んできて、呉に落ちて、しっかりと根を張る。

それぞれの人生のすべてを肯定するような回想と、未来の北條家の点描が重なる。

すくすくと育つヨーコ、母はすずだが、径子も母のようなものだ。


これがイメージのような描かれ方をしているというのも意味深いところで、もしかしたらヨーコは本当は長生き出来ていないかもしれない。何しろ、原爆投下のあと、半年近く、庇護らしい庇護も受けずにあの街で生きてきたのだ。運よく発症しなかったことを願うしかない。


だから、あのエンディングの解釈も、見る人次第なのだ。


ヨーコは元気に大きくなった。

それしかない。










(台無しになるような蛇足を書くと、「孤狼の血」を見て、次は何を見ようかなと思い、呉つながりで、この作品を選んだ)

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