ダークナイト

久しぶりにダークナイトを見たら、こっちも「JOKER」だった。


トランプのジョーカーが、ジャック、クィーン、キングよりも強いのは、中世において、宮廷道化師が、中立的な立場から王に意見を申せる特別な立場だったことに由来している。


ジョーカーは現代の王=大衆を告発する。


あまりにも強烈な印象ゆえに、現実世界で殺人事件を起こした人間がジョーカーを名乗り出す。「ダークナイト」の時にもアメリカでは乱射事件の犯人がジョーカーを名乗った。


「ダークナイト」はジョーカーが、三人の正義(バットマン、デント検事、ゴードン警部)を挑発し、一人を闇堕ちさせる話だ。


なぜジョーカーが、デント検事を選んだかというと、バットマンやゴードンはすでに「巨悪を倒すためなら小悪と手を握る」領域に入っていて、なかば同類みたいなものだからだ。


それぐらいのことをしなければ守れないぐらいにゴッサムシティは腐敗している。


バットマンはいいことをしているつもりでいるだろうが、ジョーカーに言わせれば自己満足に過ぎない代物だ。


なぜならバットマンは「犯罪者を殺さない(=裁きは司法に委ねる)」ことで「暴力の正当性」を担保しているが、それではジョーカーからゴッサムシティを守れない。脱獄自在なジョーカーを法で裁くことはできないからだ。法の外で殺すしかない。しかし私刑を下した瞬間、バットマンは依って立つ正義を失う。


さあ殺せよ、俺を殺して俺と同じになれ、とジョーカーは言うわけだ。


正義に徹しようとすれば正義を守れなくなる。

バットマンの正義とはそれほどに矛盾を抱えていて、結局、バットマンは物語の最後で犯罪者(闇堕ちしたデント検事)を死なせてしまうことになる。


正義ではなくなってしまうのだ。


正義でないなら悪だ、と言うのがジョーカーの結論で、

正義ではないが正義の味方だ、と言うのがダークナイト、つまりバットマンの結論だ。


バットマンは己が死なせた犯罪者の罪を背負い、社会から追われる身となる。

だが、悪そのものではない。

悪と呼ばれながら、悪人たちに睨みを効かせる闇の騎士だというわけだ。


そこまでしてまで守る価値が今のゴッサムシティにあるのか?


ある。


それはバットマンの真実を知る一人の少年の存在であったり、囚人のジレンマを乗り越えた二隻のフェリーの市民たちの存在だ。


しかしそれは、闇の中の灯火のようなもので、ジョーカーの言葉もまた真実だ。


「ダークナイト」三部作におけるバットマンvsジョーカーの戦いはここで終わる。


ジョーカーを演じたヒース・レジャーが急死したことも一因だろうが、生きていたとしても、ジョーカーの物語の続きが書けたのかという疑問は残る。その証拠に「ダークナイト」作中においてもジョーカーは死んだと解釈できる結末になっている(直接描写はないので、復活できる余地のある最期ではある)。バットマンとジョーカーの物語はここが限界だったのではないだろうか。


なぜか?


ジョーカーを否定しきるには、現実社会はあまりに脆弱すぎるだからだ。


二隻のフェリーの結末は、あまりに理想的すぎて、受け付けられなかった人もいるだろう。ジョーカーを否定するには、人の善を見せるエピソードを用意するしかなく、絵空事しか書けないのであれば、ジョーカーは再登場させない方がいい。


ゴッサムシティの真実は、トゥーフェイス(闇堕ちしたデント)の方であり、二隻のフェリーはわずかに残った希望のようなものだ。光には違いないが、空を覆っているのは圧倒的な闇だ。


物語の最後でバットマンは「真実よりも幻想だ」と言う。


ゴッサムシティには希望が必要で、それはデントのような存在だと。だからデントが犯した罪は全てバットマンが被って、市民にはデントを信じ続けさせようと。残酷な真実よりも、綺麗な幻想を信じさせようと。


だが、バットマン自身も綺麗な幻想を真実だと思いこんでいる。


バットマンはレイチェルからの愛をいまだに信じているが、レイチェルは密かにデントのプロポーズを受諾していた。その事実をバットマンに告げる手紙は燃やされる。レイチェルは死んでしまった。バットマンは幻想の愛を真実だと信じて、戦い続ける。


ピエロと戦っているバットマン自身がピエロだったのだ、という結末が「ダークナイト」だ。


道化師はなんのためにいたのか?

王に真実を伝えるためだ。

道化師は悪を明らかにする者なのだ。


道化師がいなくなっても、悪は消えはしない。

王は真実を告げてくれる者のなきまま、悪と立ち向かうことになる。


ジョーカーのいなくなった街で、バットマンは真実を知ることなく戦い続ける。


構成としてはあまりに美しく、物語としてはあまりに哀しい結末だ。



DCがマーベルのようなユニバース展開で成功できなかったのは、中心作品であるバットマンが世界を重くしすぎるのが原因だ。スーパーマンまでバットマンに引きずられて重たくなったら、他のDCヒーローがどんなにはしゃごうと、どうにもならない。


クリエイターがジョーカーに絡め取られると、物語を社会的なものにし過ぎてしまうのだ。


ジャック・ニコルソン。ヒース・レジャー。ホアキン・フェニックス。代々のジョーカー全てが名優で、主役喰いの演技を見せる。

実に実に魔性のキャラクターだ。


取り扱い、要注意。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る