グラディエーター
マキシマスなる男は実在しなかった!
だが、英国女王よりナイトの爵位を賜りし、最強の中二病映画監督は実在した!
サー・リドリー・スコットの考えた「僕の最強剣闘士」マキシマスの究極の成り上がり無双を見よ!
追放、俺TUEEE、勝利、出世、ざまぁ!
「なろう」のすべてがここにある!!!
(「なろう」とは小説投稿サイト「小説家になろう」から始まった新時代の娯楽小説ジャンルの総称で、きわめて快楽性の高い物語を志向するのが特色です)
茶化してごめんなさい。
だって、あまりにびっくりしたんですもの。
映画を見てる間は、マキシマスは実在の人物だと信じて疑わなかったんですよ。あまりによく出来ていて。
マルクス・アウレリウスは実在の人物ですし、
コンモドゥスも実在の人物ですし、
ルッシラも実在の人物ですし、
元老院もコロッセオも奴隷剣闘士も実在していたわけです。
奴隷からローマ市民になる道があることも、コロッセオで剣闘をする皇帝がいたことも、全て実在なわけです。
じゃあ、マキシマスも「いそう」だって思うじゃないですか。
いなかったんですよ。
映画ですっかりファンになっちゃったから、マキシマスのことを知りたくなってインターネットで検索したんですね。
いなかったんですよ。
ぜんぶ、リドリーの考えた妄想だったんです。
しばし、呆然として、そして、感動しちゃったんです。
かっこいいいいいいいい!
だってすごいじゃないですか、マキシマスの設定。
古代ローマの偉大なる五賢帝のひとりマルクス・アウレリウスが次期皇帝に指名するほどの男。
皇帝の娘ルッシラに愛されし男。
無双の戦士。奴隷階級から剣一本で成り上がり、ローマ人に愛されすぎたゆえに、新皇帝ですら暗殺を諦めざるを得なかった男。
盛りすぎだろ……
「ぼくのかんがえた最強のグラディエーター」すぎるだろ……
今どき、ほんとの中学生だって、こんな設定、恥ずかしくて書けないだろ……
さすがサー! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれる! あこがれるゥ!
普通はですね。凡百の人間はですね。史実の範囲内で妥協するんですよ。
織田信長を殺したのは、実は豊臣秀吉だった!!
こんな話を思いついても、なるべく史実の中から物語を捻り出そうとするわけです。
明智光秀は暗殺者の汚名を着せられ処刑される。だが、死んではいなかった。光秀は僧侶・天海と名を変え徳川家康の参謀として復活し、秀吉の喉元に迫る! 憎き秀吉をこの手で討ち果たすために!!
普通の作家は、これぐらいの妄想が限界なわけです。
あるいは「SHOGUN」のように、架空の人物たちによる架空の安土桃山時代を作って「フィクションです」とするわけです。
僕の考えた最強キャラを、実在人物と絡めて、俺TUEEEをやらかすなんて、ちょっと、いや、ちょっとどころではなく相当に恥ずかしい創作なんです。僕の考えた最強野球選手と大谷を勝負させて、大谷に「負けたよ」なんてセリフ言わせること出来ますか? 恥ずかしすぎますよね、普通の神経の持ち主ならば。
リドリーは違います。
そんな妄想を1億ドルもかけて映画にする。
こんなことできるの、この地球上でサー・リドリー・スコットひとりだけ!!!!!
え、と。
話のマクラが長すぎましたね。
いや、だって、ほんとにカッケーんですもん。リドリー監督。
さて。
この映画を埋め尽くすのは「怒り」です。
マキシマス(ラッセル・クロウ)が「怒り」の化身なら、対するコンモドゥス(ホアキン・フェニックス)も「怒り」の化身です。
自分を見てくれなかった父への怒り。
自分を愛してくれなかった姉への怒り。
自分を見逃してはくれなかったマキシマスへの怒り。
マキシマスの怒りが、2000年の時を超えて、見ている我々の心すら震わせる魂の怒りなら、
コンモドゥスの怒りは、共感を呼ぶどころか嫌悪感すらもよおす自分勝手な怒りなわけです。
この二人は鏡写しのように対照的で、マキシマスはコンモドゥスが求めても得られなかったものをすべて持っていて、コンモドゥスはマキシマスからすべてを奪おうとします。
この「グラディエーター」が傑作となっているのは、史実ガン無視で復讐劇特化型キャラクターとして創作されたマキシマスの貴種流離譚にありますが、同じぐらい重要なのは、皇帝にあるまじき男として描かれるコンモドゥスの小者っぷりにあります。
当時の世界人口の1/4を支配したローマ皇帝。
その皇帝位にありながら、高いのは気位だけで、中身は何もない。
民衆がマキシマスを讃え出すと、ここでマキシマスを殺してしまっては自分が民衆に殺されてしまう、と恐れ怯え、処刑命令すら下せず、闇で始末してやろうとか企むような男なわけです。
感情移入できる余地がどこにもない……。
その上! その上! 最後の決闘の直前のナイフですよ!!
身動きできない相手を刺し、その致命傷を甲冑で隠させ、あたかも正々堂々の決闘であるかのように偽装してコロッセオへ立たせ、民衆の前でマキシマスを倒そうとするコンモドゥスの卑劣さ! 邪悪さ! 狡猾さ!
コンモドゥスの最期を見た時、誰もが心の中で思った言葉があるはずです。
ざまあみろ!!!
やはり「グラディエーター」は最強のなろうファンタジーだった……!
追放とか、無双とか、ザマァとか、なんだかんだ言って面白いわけですよ。マキシマスなんて魔法が使えないだけで、俺だけチートの塊です。それでいいんです。リドリー・スコットは最強のなろう作家です。なんたって「サー」ですからね。ナイトの称号を持つ映画監督なんてもはや存在自体がファンタジーなんです。
リドリーにしてみれば、妄想を史実よりも面白くできるんだったら、妄想でいいじゃないかってことなんですよ。ほとんどの作家は史実の説得力を超える妄想を作れないから「Based on a true story」に逃げてしまう。
逃げんな! 現実に!
哲人皇帝マルクス・アウレリウスは共和政の復活を考えていた(嘘)
マルクスはコンモドゥスを認めていなかった(嘘)
コンモドゥスは弱い男だった(嘘)
物語のメイン要素からして、むちゃくちゃなんですよ。
でも、完璧な復讐譚を描くために、リドリーは妄想に無双させる。
歴史よ、ひれ伏すのはお前のほうだ。
強い! 強すぎるわ……!
マキシマスが妄想の最強なら、マキシマスを生み出したサー・リドリー・スコットは妄想を現実にする最強なのです。
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