42〜世界を変えた男〜

おまえは42番の側に立てるのか?

ずっとそのことを問われ続けている気がした。


これは勇気の映画だ。


主人公ジャッキー・ロビンソンは実在の人物だ。

この作品は、白人社会の象徴であったメジャーリーグに果敢に挑んでいった一人の黒人野球選手と、彼の側に立つことを選んだ者たちの物語だ。


映画はジャッキーの試練を、イエス・キリストの旅路になぞらえる。

人々の意識を変えるには「偉大な最初の一人」が必要だと。


ジャッキーの物語は、ガソリンスタンドでトイレを拒否される場面から始まる。

そこにはトイレとしか書かれていない。

黒人は人間ではないと言うことだ。


ジャッキーは絶え間なく、理不尽な暴力にさらされ続ける。


ホテルに宿泊を拒否される。

飛行機に乗れない。

道も安心して歩けない。

記者たちは、失言を引き出すために意地悪な質問をする。

観客や敵選手は聞くのもおぞましい言葉をぶつけてくる。

ピッチャーは故意にデッドボールをぶつけてくる。

ベースカバーをするとスパイクで足を踏まれる。

野球ですら、まともにできないのだ。


それでも、やり返してはいけない。


ドジャーズのオーナー・ブランチは、彼に「やり返さない勇気」を求める。


ジャッキーは反発する。当然だ。

白人に何をされても、黒人は反抗するなということか?

聞き分けのいい、従順な奴隷でいればいいということか?


違う。


やり返さないのは、人々の良心を目覚めさせるためだ。

最初の一人は、偉大な姿を人々に示さなければならない。

誰よりも紳士で、誰よりも野球にひたむき。

その姿を示し続けることが、人々の気持ちを変えていくのだと。


イエス・キリストのように。


だが、悪意ある人々の攻撃は歯止めがなく、止まることを知らない。

見ているこちらですら、心がえぐられるような口撃を受けて、受けて、限界を超えた仕打ちを受けたところで、ジャッキーも心が折れそうになる。


折れて当然だ。人間だ。


だが、ブランチはジャッキーにそれを許さない。

なぜか?

ジャッキーの振る舞いが世界を変えられると信じているからだ。


ブランチはジャッキーに夢を託していた。


ブランチは現役だったころ、仲間の黒人選手を助けることができなかった。

彼の側に立つことができなかった。

結果。ブランチは大好きな野球を愛せなくなってしまった。

その後悔が、今のブランチを突き動かしている。

チームオーナーとなり、リーグに対して異議を申し立てられる力を手にいれたブランチは、自分の使えるすべての力でジャッキーを守ろうとする。


大好きな野球を、もう一度、心から愛せるものにするために。


ジャッキーがキリストであるなら、ジャッキーの側に立つことを選んだ者たちはキリストの使徒だ。これは使徒たちの物語でもある。


シンシナティの試合には二人の親が登場する。

子供の前で、黒人は人間扱いしなくていいと罵声を浴びせる親と、ジャッキーの側に立つことを示す親だ。


チームメイトであるリースはジャッキーと共に罵声を浴びることを選ぶ。

リースは脅迫を受けていた。

ジャッキーと野球をするなと地元の人間から脅迫を受けていた。

だが、リースは地元の試合で、みんなの見ている前で、家族の見ている前で、ジャッキーと肩を組んだ。


リースはジャッキーに言う。

ありがとう、と。

逆ではない。


リースはこれを自分への試練だと受け止めた。

正しい道を選ぶ時が来たのだと考えた。

だから、家族の前で、自分がどんな人間かを示せる機会をくれたジャッキーに礼を言ったのだ。


ひとり、またひとり、仲間が増えていく。


それでもジャッキーは悪意ある攻撃を受け続ける。

ジャッキーは怒りを抑え、野球にひたむきであり続ける。

そのたびに仲間が増える。

卑怯でいたくない者たちが次々とジャッキーの側に立つ。


最後の試合。

ジャッキーはシーズンはじめにデッドボールをぶつけてきた投手に言う。

怖いのか? と、堂々と勝負してこない白人を挑発する。

罵声も脅迫も差別行為の全てが、卑劣の自己紹介に過ぎないのだ。

そしてホームランを打つ。


映画は現代のメジャーリーグを映して締め括られる。

毎年4月15日には、全球団全選手が42番をつけてプレイをする。


その名もジャッキー・ロビンソン・デー。


野球をするもの全員がジャッキーの側に立ち、彼の背番号を背負うということだ。

それは野球を見ている観衆も同じだ。


そして野球を見ないひとも、この映画を見終わった時には、42番の側に立ち、彼の背番号を背負いたいという気持ちになるだろう。


彼のためではなく、未来の彼のために。

彼のためではなく、自分自身のために。


理不尽な現実に心が折れそうになった時、この映画を見る。

彼の姿を見て、湧き立つ気持ちが、勇気だ。

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