侍タイムスリッパー

映画って本当に素晴らしい!

心の底からそう思える作品だった。


タイムスリップによって人生の目的を見失った男が、周りの人々の優しさや温かさに支えられながら、新しい人生を歩み出すまでの物語。


カルチャーギャップコメディだよ、の一言で説明できる間口の広さと、幕末からタイムスリップしてきたという設定を、最後の最後まで活かしきるストーリーテリングが見事!


武士としての経験を活かして、時代劇の斬られ役者として生きるところまでは予告で知っていたし、映画撮影の中で、自分がいた幕末の再現をさせられるところまでは予想ができた。


映画として大事なのは最後の盛り上がりだ。

主人公が役者として成功できるかどうか?

そんなことではない。

高坂新左衛門は自分個人の幸せのために生きている男ではない。


彼が最後に抱えるのは、自分一人が生き残ってしまったことに対する罪の意識だ。


物語の冒頭、彼は自分一人だけが違う時代に飛ばされたことに絶望し、途方に暮れていたのだが、物語の終盤では、同胞たちが無念の最期を迎えたことを知り、自分一人だけがのうのうと平和な時代に生きてしまっていることにやりきれない思いを抱えるようになる。


仲間たちは会津のために戦い、死んでいった。

自分は何もできなかった。

歴史は変えられない。過去には戻れない。

武士の格好をして、偽物の斬り合いでお茶を濁すことしかできない。

そんな自分に深い憤りを感じるようになる。


彼はその感情を宿敵である風見恭一郎にぶつける。


そう! 風見恭一郎が実にいい男なのだ!


終盤の高坂新左衛門がしていることは、風見にしてみればただの八つ当たりだ。


幕末の因縁を現代に持ち込まれても困るし、自分ひとりだけがおめおめと生き残ってしまったことも、風見の責任ではない。


けれど、風見は彼の思いを全て受け止める。


風見は、彼の幕末の宿敵であり現代の先輩だ。

30年早く現代にタイムスリップした風見は、人生のどこかで高坂新左衛門と同じ葛藤を経ている。

だから風見は、彼のやりきれなさを自分が受け止めてやろうとする。


風見は高坂新左衛門の唯一の敵であり、ただ一人の理解者だ。

こんなに人情に熱い敵役を、令和の時代に見られるとは!

時代劇ばんざい!


物語の結末は、真剣を使った真剣勝負。

台本なしのガチンコバトル。


決着が本当に素晴らしい。


高坂新左衛門は勝負には勝つが、信念を曲げる。

仲間たちの無念を晴らせない自分を、意思を貫き通せなかった自分を「情けない」と涙する。

曲げた理由は語られない。彼はただ涙するだけだ。

けれど、観ている側は彼が情けないだなんて誰も思わない。

生き方を曲げた彼に、良い選択をできた彼に、拍手を送りたくなる。


そのあとで彼はヒロインに引っ叩かれる。けれどそこには愛があることが誰の目にもわかる。言葉と行動が正反対。でも登場人物たちの心の中にあるものが手に取るようにわかる。


作り手の面白いように心が動かされていく。

これを映画のカタルシスと言わずして、何をカタルシスというだろうか。


展開は王道。観にいく人の期待は何も裏切らない。小気味よく挟まれるユーモアがなんとも心地がいい。


まごうことなき大傑作だ。



あと、蛇足にはなるが、高坂新左衛門の立ち振る舞いがとても良かった。


おじさんあるあるなのだが、無意識のうちに年下の人に横柄に振る舞ってしまっている自分を反省した。

年上でも謙虚に振る舞って良いし、そのほうが素敵なのだ。


映画鑑賞の後に入ったお店では、自然とそんな感じに振る舞うことができた。

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