ぴろし
ゴジラ-1.0
原爆によって生み出された化け物が、なぜアメリカではなく、東京に敵意を抱くのか? 復興を遂げた日本を破壊しようとするのか?
日本人にとってゴジラはただの怪獣ではない。
台風、天変地異、疫病、戦争。
ゴジラは、様々なモチーフが埋め込まれた、複雑で奥深い存在なのだが、中でも初代ゴジラに色濃く投影されているのは、戦没者のメタファーである。
御霊信仰。天災や疫病を、怨みを持って死んだ者たちの怨霊のしわざと見なし、彼らを御霊とすることによって、鎮魂をはかろうとする日本古来からの信仰だ。平将門や菅原道真のような。
ゴジラは戦争で生き残った者たちの罪の意識(サバイバーズ・ギルド)が生み出した化け物でもある。
初代ゴジラがそういう話になっていて、そういう映画がヒットしたのは、作り手の側に、見ている側に、戦没者たちに詫びたい思いがあったからだ。
自分たちだけ生き残ってしまって申し訳ない。
幸せを手に入れて申し訳ない。
助けられなくて申し訳ない。
自分たちが幸せになればなるほど、罪の意識が募る。
故にゴジラは復興した東京を破壊する。
生き延びた人々を焼き尽くす。
これは映画の形を借りた慰霊だ。
ゴジラは贖罪なのだ。
「シン・ゴジラ」が初代ゴジラの現代版リメイクであるなら、
「G-1.0」は初代ゴジラに込められた思い、すなわちゴジラの根源に向かい合うことで生まれた、初代ゴジラそのものの再生とも言える作品になっている。
(「シン・ゴジラ」が東日本大震災のモチーフを大量に埋め込んだのは、大震災で亡くなった人たちへの慰霊に他ならない。ゴジラの根源には慰霊があり、無念の死を遂げた者たちの怒りを受け止める鎮魂の物語があるからだ。シリーズものとなった「ゴジラ」からはその要素は薄れていったが「シン・ゴジラ」はそれをすくい上げ、「G-1.0」も受け継いでいる)
主人公・敷島浩一(神木隆之介)は帰還兵だ。
自分が生き残ってしまったことへの罪の意識を拭い去ることが出来ず、幸せになることを拒絶し続ける。
自分みたいな人間は、特攻で死ぬべきだったんじゃないのか。
大戸島で死ぬべきは仲間達ではなく、自分だったんじゃないのか。
そんな悪夢に延々とうなされ続ける。
そこへゴジラが現れる。
ともに暮らしていた典子(浜辺美波)が自分をかばって死ぬ。
こんなことになるなら、夫婦になっておけばよかったんじゃないか。
そんな後悔がよぎる。
卑怯者の自分なんかが幸せになってはいけないというこだわりのせいで、結婚を避けたせいで、彼女は外に出ることを選び、それで死ぬハメになったのではないか。
そもそも自分が生きていなければ、典子は別の男と出会って、幸せになれたんじゃないか。
自分が特攻で死んでおけば。
大戸島で死んでおけば。
ぐんぐんと死に引きつけられていく浩一を、ギリギリのところで生に繋ぎ止めるのは、明子だ。
典子の残した子供だ。
血のつながりはない。
放っておけなくて助けた戦災孤児だ。
母を喪った明子を守るために、今の自分ができること。
それはゴジラを倒すことだ。
差し違えてでもゴジラを倒す。
それを止めるのは、大戸島で浩一に死においやろうとした橘宗作(青木崇高)だ。
かつて橘は浩一に、死ぬような任務を与えた。
そうしなければ全員が死ぬと考えたからだ。
恐怖に屈した浩一をかつての橘は責めた。お前のせいでみんなが死んだんだぞ、と。
その橘が、浩一が乗る戦闘機に「あるもの」を装備させる。
野田健治(吉岡秀隆)が言う。
この国は命を粗末にしすぎたと。
だから、みんなを守るための戦いにおいても、全員の生還を期さなくてはならない。
戦争で無念の死を遂げた者たちへの誓いは、自分も死ぬことではない。
二度とそういうことはしない、させないという決意であり、覚悟なのだ。
もちろん、人は死ぬ。
ゴジラは容赦なく人命を奪っていく。
だが、諦めない。
最後の最後まで生きることを諦めない。
浩一は最後にレバーを引く。
ゴジラを仕留めることを最後まで諦めず、その上で死なない道を選ぶ。
それは橘が浩一に生きろと言ったからだ。
突き詰めて言えば、浩一は橘に命を委ねたのだ。
橘が整備した戦闘機で飛ぶ。どこで死んでも償いだ。
だが橘はある装置を付けた。
死のうとするな、生きて戻れと。
最後の最後まで、戦争の清算だ。
大戸島で生き残ってしまった二人の心で、今もなお続いている戦争を終わらせるための戦いだ。
橘は浩一の生還を願い、浩一はそれに応える。
「G-1.0」はこれまでのどのゴジラよりも、日本人のための物語になっているのだが、アメリカにおいても大ヒットを飛ばした。
なぜならこれは「生存者の罪悪感(サバイバーズ・ギルド)」を描いた物語で、今もなお、ちょくちょくと戦争をするアメリカ人にとっては、80年前の物語などではなく、現代の物語になりうるからだ。
脳筋化が進み、文字通りのゴリラ路線となったハリウッドゴジラに対し、戦争帰還兵のドラマでアメリカ人を魅了した日本のゴジラ。
邦画ファンであれば「G-1.0」はそれまでの山崎監督作品の集大成であることがわかるはずだ。
戦艦描写に「アルキメデスの大戦」を。
情感描写に「三丁目の夕日」を。
他の作品を思い浮かべた人もいるだろう。アカデミー視覚効果賞の受賞理由は低予算高品質のVFXだったが、それもこれまでの白組諸作品の積み重ねがあったからだ(「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」みたいなのも全部含めてね!)。
丁寧な伏線、感情移入できるドラマ、必要最小限の構成、無駄がなく明確なストーリー。
「G-1.0」は、山崎映画の最高傑作であり、まごうことなきゴジラ映画の最高傑作である。
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