最強勇者として召喚されたんですが、借金返済できないと死ぬらしいです

@sukiyakiseven

第1話

「勇者殿、多重債務者となり私をお救いください!」

気が付くと、目の前にいた女性はそう言って頭を下げた。

言われた言葉の意味も、ここがどこだかもわからない。


「えー、あー…嫌です」

「なっ!?」

「何故ですか勇者殿! 私の願いを聞き届けたからこそ、召喚に応じてくださったのではないのですか勇者殿!」

大きな赤い瞳がこちらを見つめる。

ユーシャドノ…?少なくとも自分はそんな名前ではないはずだ…

自分は…そう…


「俺は、夏目蓮なつめれんって言って…普通の高校3年生。その、ユーシャとかじゃ…」

「何をわけのわからないことを言っているのですか勇者殿!」

いや、こっちのセリフです。


ぼんやりとした頭で周囲を見回す。

屋内のようだが、古い石造りの壁で覆われたこの空間は、おおよそ日本では見慣れないもの。

目の前の少女も日本人とは思えない顔立ちをしており、混乱が深まるばかりだった。


「えっと、なんか人違いっぽいので俺はこれで…」

とにかく、見ず知らずの密室で見ず知らずの外国人と2人きりは怖い。

早々に退散しようとすると、女性は俺の手首を掴んだ。


「どうか、どうかお待ちを! もはや貴方は私の…ベルガルト家最後の希望なのです!」

「は…?」


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「どうぞ、その辺で摘んだ草で煮出した茶です」

「あ、あぁ…どうも」

部屋に置かれたこれまた古めかしい椅子に腰かけ、テーブル越しに彼女と向かい合う。

茶には絶対手を出さないとして、その彼女の必死な様子に俺はひとまず話を聞くことにした。


「では何から話しましょうか…『起源戦争』についてはご存知ですよね?」

「いや、全くご存知じゃないです」


なんだか哀しい表情を浮かべられてしまった。

世界史の成績はそんなに悪くないはずだが、そんなに有名な戦いだったのだろうか…?


「起源戦争は今からおよそ200年前、冷戦状態にあった魔族が人に対し全軍侵攻を行った…」

「待った」

「どうしました? 茶のおかわりですか?」

「じゃなくて…ま、まぞくって?」


また哀しい表情を浮かべられた。

仕方ないだろ、突然ファンタジーめいた言葉が出てきたんだから。

これじゃあまるでこの世界が俺のいた場所とは…

「あぁ、勇者殿のいた世界とは何もかもが異なるのですね」

「そうそう、俺のいた世界とは何もかも…え?」


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「あー、はいはい、なるほど」

「つまり200年前に人間と魔物が戦争をして、大ピンチの中で勇者が魔王を倒したと」

「で、貴方はその勇者の末裔の貴族でここは俺の知ってる世界とは別の場所だと」

「その通りです勇者殿!」

パチパチパチと女性が手を叩き、長身の身体を揺らす。


「おわかりいただけましたか?勇者殿?」

「わかりません。帰ります」

「なっ!?」


「どうか、どうかお待ちを! もはや貴方は私の…ベルガルト家最後の希望なのです!」

「それはさっき聞きました」


腰にしがみつく女性を引きずるように俺は出口の扉を目指す。

「だいたい…どうしてその勇者の末裔様が俺なんかを希望にするんですか」

「…それは」


その時、戸を叩く重苦しい音、そして声が室内に響く。

「おい、いるんだろ? また居留守使うようなら強引に蹴破っちまうぜ?」

「っ! 私は…」

「オラァッ!!!」

女性が返す間もなく戸は破壊され、『ガラが悪いです』と顔に書いてある屈強な男、そして付き従うような小男が中へと入ってくる。


「今、返事をしただろう!」

「待ってらんねぇよ。お前みたいな悪質債務者に無駄な時間は割けねぇんだ」

「ヒュー、さすが兄貴だ! 合理的だぜ!」


「もう3カ月も滞納しちまってるんだ。今日こそは耳をそろえて払ってもらうぜ」

「無理ってんなら…わかるだろ? 相応のやり方で稼いでもらうだけだ」

「くっ…」


創作物でしか見たことのない格好の人々が、創作物でしか見たことのない台詞を喋っている。

これが本当に現実なのか定かではないが、目の前で明らかな修羅場が展開されていることは間違いないようだった。


となると、俺にできることは1つ。

一刻も早くこの場から去ることだけだ。

俺は息を殺して出口へと歩を進める。


「払うすべなら…ある」

へぇ、そうなんだ。それはよかった。

「今日より勇者殿が、私と共にあるからだ!」

そう言って女性の手が俺を指す。


それに合わせて、男たちの視線が一斉に俺へと注がれる。

「勇者…殿?」


「ククク…アーハッハッハッハッ!!」

「こいつが? 勇者? ハッタリにしてももっとマシなこと言えや!」

一瞬の静寂の後、堰を切ったように男たちが笑う。


「な、なぜ笑う! 彼はベルガルト家に伝わる正当な召喚術によって現れた、次代の勇者であり…」

「おいおい姉ちゃんよぉ…」

「勇者の血を引く名門貴族だかなんだか知らねぇが、今はこの通りの没落っぷりだ」

「アンタを残して一族の腰抜けどもは離散。所持してたモンは食器から魔具まですべてカタに入れられちまってる」


「追い詰められてヤケになるのはわかるが…限度ってもんがあるだろ?」

「それとも何か? そこの優男が本当に勇者で、アンタの借金返済を手伝ってくれるっていうのか?」

「それは…」


縋るように女性の目がこちらを見つめる。

…そういうことか。なんとなくいきさつが読めた。


男たちの言う通り、俺は彼女の借金返済に協力するために呼ばれた。

勇者などというお門違いなものに祭り上げられたうえで。


「勇者殿…どうかお願いします」

「この剣は、ベルガルト家に残された最後の聖遺物レリック…『勇者の聖剣』」

女性は足元の台座に置かれていた錆びた浅黒い剣を見せながら懇願する。


「かつての勇者の魂が宿ると言われたこの剣を触媒にして現れた貴方は間違いなく次代の勇者…どうか共にベルガルト家の復興に…」

「断る」

俺は女性の声を無慈悲に一蹴する。


「他人の借金肩代わりして、人生潰されるのは…もう御免だ」



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手入れのされていない草たちを踏みながら、俺は早足に歩く。

遠くに見える民家らしき建物たちを見るに、どうやらここは本当に俺の知る世界ではないようだ。

だが仮にそうだったとしても、他人の負債を背負うなどお断りだ。


「これ以上、他人の尻ぬぐいを…」

「…これ以上?」

自分の呟きに一瞬戸惑う。

あぁ、そうだ。そうだった。


俺は夏目蓮という高校生であり、

元の世界でも実の親たちが残していった多額の借金を背負っていたのだった。


本来、親の借金は子供といえど返済義務はないはずだが

そんな法と常識が通用しない相手から両親は金を借りていた。


金貸しは残された妹を人質にとるかのような脅迫行為をし、

為すすべを知らなかった俺はそれに屈する形で返済を約束した。


だが半年前、その妹も失踪。

金貸したちは否定しているが、失踪が奴らの手によるものなのか

彼女自ら姿を消したからなのかはわからない。


守るべきものを失い、半ば死んだような生活を送っていた中で

俺はこの世界に呼ばれたのだった。


「…何が勇者だよ」

吐き捨てるようにそう呟く。


とにかく俺は俺で、無事元の世界に帰る方法を探さなくては。


──勇者殿…どうかお願いします。


考えないようにしても、懇願する彼女の顔が脳裏によぎる。

その表情は、どこまでもお人好しだった妹のものとどこか似ていた気がする。


「…くそっ」



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「さて、頼みの勇者様にも振られちまったな」

「となるとだ、話は振り出しに戻るってわけだが…」

「ヒュー、さすが兄貴! 切り替えが早いぜ!」

「……」


「ま、当然の結果だ。赤の他人の負債を背負おうなんてお人好しはせいぜい…」

「…おい!」


息を切らしながら、俺は家の中へと再び駆け込む。

膝をつき、うな垂れていた女性が驚いたように俺を見つめる。


「勇者、殿…?」

「…よく考えたら、俺だけじゃ元の世界に帰る方法がわからない」

「借金の返済だかを手伝えば、ちゃんと帰してくれるんだろ?」

「…っ! はい!」


俺たちのやりとりを見ていた男たちは不敵に笑う。

「…感動的だねぇ。だがこっちも、自称勇者がいたから『はいわかりました』っつーわけにもいかねぇのよ」

男は俺を鋭い眼光で見つめる。

「お前が本当に勇者なら…金を稼ぐアテは武力ってことだ」

「要はテメェが俺に勝てるほどの力がなけりゃ、この話はご破算だ」

「誰にモノを言っている。この方はれっきとした勇者だ。その言葉、後悔することになるぞ」

得意げに女性は胸を張る。


「さぁ勇者殿、遠慮はいりません。その力、存分に示してください!」

意気揚々と先ほどの浅黒い剣を俺に渡す。


錆びてはいるもののその刀身はズシリと重く、不思議と俺の中にも力が湧いてくるように感じる。

そうか…なんかラノベとかで読んだことがあるぞ。

異世界に転生した普通の人間がとんでもなく強くなるってやつ…


「とくと見るがいい! これぞ勇者の圧倒的武勇よ!」

「う、うおおおおお! 勇者スラーッシュ!!」





「ゴベバァッ!!!」

見事なカウンターで殴られた俺は、無様に宙を舞った。



────────────────────────────



「勇者殿!? お、お気を確かに!!」

「む、無理でしたぁ…調子のってたみたいですぅ…」

勇者の剣を持とうが俺は所詮喧嘩もしたことがないパンピーだった。


「はぁ…この程度じゃ下級『ダンジョン』ですら死ぬのがオチだ」

「かつての勇者は鬼神のごとき剣技で魔族を屠ったと聞くが…これじゃあな」

「く、そ…」


「話は終わりだ。アンタは俺たちと来てもらう」

「っ!」

男は女性の腕を強引に掴む。


「おい、待てよ!」

「待て…だぁ?」

苛立った様子で男が俺に詰め寄る。


「イキがんなよクソガキ」

「力も根性も覚悟もねぇヤツが形だけ吠えたところで何も守れやしねぇんだよ」

「それとも何か? お前が内蔵でも売って借金のアテにすんのか?」

「…っ!」

「出来ねぇだろうが。何も掛けられねぇザコが勇者を…英雄を気取んじゃねぇ」


何も言い返せない俺を横目に、男たちは再び歩み始める。

後悔か失望か、女性は俺を見ようとはしなかった。


…力も根性も覚悟もない人間は何も守れない。

そんなのは、わかってる。


俺がもっと上手くやっていれば、俺がもっと強ければ、

妹は俺の隣で今も笑っていたかもしれない。


だが…そうはならなかった。

だから…こそ…!


「おい待てやチンピラ共!」

震える声を喉から絞り出す。


「ちょっとまぐれあたりしたくらいでいい気になるなよハゲェ!」

「あ?」

「本番はこっからだって言ってんだよワレコラァ!」

「勇者の剣術、味わいやがぇぇぇぇッ!!」


勢い任せで突撃するも、再び返り討ちに遭い宙を舞う。

まあ、それはそうだ。この一瞬で強くなれるほど甘くはない。


だが、それでも俺にできることはがむしゃらに駆けるだけだ。



「へへ…なかなかやるな…お互い体力はギリギリって感じか…」

「テメーだけだろうが。なに互角な雰囲気出そうとしてんだ」


もう4度ほど俺が宙に舞ったものの、依然として男にはかすり傷一つついていない。

気合いでどうにかと思ったが、さすがに意識が朦朧としてきた。

それでも、やるしかない。

まぐれ当たりでもいい、男に力を示さなければ俺はまた何も守れずに終わる。


「勇者殿…もういい…これ以上やると貴方の身が…」

彼女の懇願を、今は無視する。


そう、俺は勇者らしいんだ。

というか、お前もそうなんだろ?


手に持った錆びた剣に視線を向ける。

今、アンタの子孫が借金のカタに売り飛ばされようとしてる。

聖剣だかなんだか知らないが、黙って見てるのか?


本当に魂が宿ってるなら、少しくらい俺に力を貸してくれよ…!


そう願った、次の瞬間──

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