第39話
「あたしさっき、佐野部長に告白したんだよね」
「えっ」
急なカミングアウトに面食らった。田村さんは気にせず続ける。
「『好きな人がいるからごめん』って断られたけど」
「…………」
「それで、佐野部長、朱莉を追いかけたじゃない? 多分、そのまま朱莉に告白すると思うんだよね」
「え」
変な推理だと思ったが、真っ直ぐな佐野部長ならやりかねない。田村さんに告白されたから自分も言わないと、と思い至りそうだ。それは心中穏やかではない。
「ごめんけど、キミのことも佐野部長のことも応援はできない。あたしの一番は、朱莉だからね」
「はぁ」
田村さんってよく分からないな。掴みどころがないというか、世渡りが上手いというか。
「ま、あの鈍感処女娘落としたいなら、試すようなことやめて直球勝負しな。さ、そろそろ佐野部長が帰ってくるわよ」
言い終わったと同時にチャイムが鳴った。佐野部長のご帰還らしい。この人嗅覚どうなってんの。
「あの、田村さん。色々ありがとうございました」
「ああ、優子でいいよ。朱莉のことも朱莉さんって呼んでんでしょ」
「じゃあ、優子さんで」
「はいはーい」
優子さんは了解の意思としてこちら手を振りながら、玄関へ佐野部長を迎えに行った。
どっちの応援もできないと言っときながら、アドバイスをくれた。変な先輩。
ってか朱莉さんって処女なんだ。
「お帰りなさい、佐野部長」
「あ、田村さん。ただいま帰りました」
2人を見ていると、無性に朱莉に会いたくなってきた。さっきまで俺の肩で泣いていた温もりを思い出す。
『多分、そのまま朱莉に告白すると思うんだよね』
優子さんの推理も頭を掠める。
「じゃあ岡田くん。俺たちそろそろ帰るね。お邪魔しました」
「はい、ありがとうございました。お疲れ様でした」
「じゃあね〜」
優子さんと家から出ていく佐野部長の表情から、朱莉さんを追いかけた後、2人がどうなったかは読み取れなかった。
「岡田くん、おはよう」
月曜日の朝。朱莉はいつも通りの挨拶をくれた。なので俺も普通に挨拶を返す。
「おはようございます」
「うん、おはよう! 今日もいい天気だね!」
……いつも、通り? いや、ちょっと目が泳いでるか。あと、空元気。
「今日、佐野部長は部長会議で朝からいないみたいです」
「えっあっ、佐野部長? あっ、そっか、いないんだ……そっかそっか」
俺は顔を赤らめる朱莉の反応を見て確信した。
優子さんの言った通り、朱莉は昨日佐野部長に告白されている。
思わず舌打ちしそうになった。佐野部長にではない。不甲斐ない自分にだ。
今すぐにでもあのキスした理由の誤解を解きたいが、今は多分朱莉もいっぱいいっぱいなんじゃないだろうか。そこに俺が言ってしまえば、早退する恐れがある。ましてや今日は月曜日だ。
とりあえず、普通に仕事しよう。
「朱莉さん、これなんですけど……」
中国・四国ブロックの支店から届いた扶養異動届の書類を確認してもらおうと、朱莉の座る左側へ椅子ごと移動すると、彼女は肩をビクッとさせて俺から少し距離を取った。
「う、うん。なに?」
「あ、いや、やっぱなんでもないです」
椅子を自分の席の方へ戻す。
これは、マズイな。完全に嫌われてるよな? え、すごいショックかもしれない。そうか、好きな人に拒否されるのって、こんなに辛いのか。
心ここにあらずといった表情でパソコンの画面を見ている朱莉の横顔を盗み見る。
今、この人の頭の中にいるのは、俺じゃなくて佐野部長なんだろうな。
そう思うと、なんとかして今この場にいない佐野部長よりも、隣にいる俺を意識して欲しいと欲が出る。
何か話しかける話題がないか考えて、ひとつ思いついた。
「朱莉さん。あの後、優子さんと仲直りしましたので」
まぁ別にケンカしてたわけじゃないけど、同期と自分の後輩が仲違いしたままだと朱莉も気にするかな、と思っての発言だった。「そっか、よかった」と言われると思っていたけど。
「え、優子さん? 岡田くん、田村さんって呼んでなかった?」
今日、初めて目が合った。なぜか驚いた表情をしている。
「ああ、本人からそう呼んでいいって言われたので」
「そう、なんだ……」
フイ、と再び目線を逸らさせ、しばらくパソコンの画面を見ていたが、「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくる」と言って朱莉はコマ付きの椅子から立ち上がって、そのまま部屋から出ていってしまった。
え。何その反応。嫌いで俺と話したくもないのか、優子さん呼びが気になったのか……もし後者なら、押してもいいの?
『あの鈍感処女娘落としたいなら、試すようなことやめて直球勝負しな』
優子さんのアドバイスを思い出す。直球勝負ねぇ……
佐野部長には取られたくない。今居ない上司より、隣に居る後輩を見て欲しい。独占欲がグルグルと渦を巻く。
ちょっと、仕掛けてみるか。
俺は1人、頷いた。
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