第33話
「ごめん相生さん。全然手伝いできなくて……しかも主役の岡田くんが手伝ってるなんて」
もう少しで出来上がる頃、佐野部長がキッチンの向かい側にやって来た。どうやら飾りつけの方は終わったらしい。後から優子もやって来た。
「いえいえ。逆に飾り付けの手伝いが出来なくてすみません」
「わぁ! 美味しそうね。さすが朱莉っ! よっあたしの未来の妻候補!」
「勘弁してよ。優子の妻なんて考えただけでゾッとするわ」
「どういう意味やねん。あらやだあたしったら。関西弁出ちゃった」
前半と後半の声色が違いすぎて、わたしの中で岡田くんは主演男優賞、優子は主演女優賞にノミネートされた。
「どれ持っていけばいい?」
佐野部長が並べられたお皿を見て首を傾げる。
「あ、すみません。じゃあ、まずは 前菜なのでこれらをお願いします」
「了解」
佐野部長が4人掛けのリビングテーブルにお皿を持っていこうとすると、優子が手を挙げた。
「あ、待ってください佐野部長。雰囲気大事なので、これ敷いてペーパーナプキンも置きましょう」
すべて100円均一ショップで買ってきたらしい白いランチョンマットと、花柄のペーパーナプキンを並べる。
おお、なかなか本格的じゃないの。
最後の料理も完成し、買ってきた白ワインもワイングラスと一緒にテーブルに持っていく。
なぜか優子が一番に、夜景が一望できる席に着いて隣に佐野部長を座らせた。優子の前にわたし、佐野部長の前に岡田くんが座る。
「さぁ部長。乾杯の音頭、お願いします」
優子がワインを注ぎ終え、佐野部長に促す。部長は「よし、任せろ」と自分のワイングラスを持ち、立ち上がった。
「えー本日は、我が総務部の懇親会、さらには岡田くんの誕生日パーティーにお越しくださり、誠にありがとうございます」
「よっ! 佐野部長!」
ヤジを飛ばすのは、もちろん優子だ。わたしは苦笑いを浮かべ、岡田くんに至っては明後日の方向を向いていて聞いちゃいない。一応あなたが主役なんだから聞く素振りくらい見せなさいよ。
「……フレンチを前にして乾杯の音頭って、おかしくない?」
突然佐野部長は正気に戻った。まぁ、確かに、居酒屋ではないので「カンパーイ」とグラスを合わせるのはおかしいかもしれない。優子も「確かに」と頷き、「普通に食べよっか」と結局乾杯はせずに、みんなでいただきますと手を合わせた。
「え、これ梨を生ハムで巻いたやつ?」
優子が前菜を箸で摘まんで言った。おうちフレンチなので、何を使って食べてもいいのだ。わたしは頷いた。
「うん。ラ・フランスを生ハムで巻いただけ」
「相生さん、すごく美味しいよ。ね、岡田くん」
「はい。美味しいです」
これは市販の梨を市販の生ハムで巻いただけで、味付けなども全くしていない。わたしが美味しくしたわけではないので、少し複雑な気持ちで2品目をキッチンから運ぶ。次はスープだ。
「じゃがいもの冷製スープだ。美味しい~」
歓喜の声を上げたのは優子。その隣で佐野部長もうんうんと頷いている。
わたしの隣に座る本日の主役は無言でスープを啜る。岡田くんと仲良くなりたい佐野部長は、「美味しいよね、岡田くん」と話しかけた。
「はい。美味しいです」
「だよね。相生さん、とっても美味しいよ」
「えへへ。ありがとうございます。あ、じゃがいもは岡田くんに皮を剥いてもらったんですよ」
佐野部長に話しかけたのに、なぜか優子が反応した。
「へぇ。やるじゃん、岡田くん」
「はぁ、どうも」
皮をピーラーで剥いただけで褒められても嬉しくないか。わたしたちは大して盛り上がりも、けれど盛り下がりもせず、平行線のまま三品目へ突入した。次は魚料理──ポワソンだ。真鯛をオリーブオイルとニンニクで焼いて、上からレモンバターソースをかけた、白身魚のポワレ。
「ねぇ、新人の岡田くん。朱莉から聞いたんだけど、この家お姉さんが買ってくれたって本当?」
上品にナイフとフォークを使って魚を食べながら優子が岡田くんに問うた。岡田くんは平然と答える。
「はい。そうですけど」
「えっ! この家賃貸じゃないの?」
声を上げたのは佐野部長だ。驚きポイントがズレている。優子は続けた。
「就職祝いに買ってもらったらしいですよ。すごいお姉さんですよね」
「へぇ。駅からも近いし、いい所買ってもらったんだね」
「まぁ、はい。そうですね」
ここでようやく優子が付いて来た理由が分かった。彼女は岡田くんと佐野部長の仲を取り持とうとしているのだ。仲人役はわたしのはずなのに、優子の立ち回りにただ関心してしまった。あわよくば佐野部長と仲良くなろうとしている姿勢も、いっそ清々しい。わたしは心の中で優子に頭を下げて、これからもよろしくと呟いた。
次の料理は口直しのソルベ。これはスーパーで買ったシャーベットだ。早々に平らげ、肉料理のアントレへ移る。チキンソテーのクリームソース仕立て。
「相生さんと田村さんは同期なんだっけ」
「はい。入社してすぐのオリエンテーションで同じ班になって、人見知りを発揮してた朱莉にあたしがグイグイ行きました」
「やだ、ちょっと優子、一言余計!」
「だって本当のことだもーん」
ああこいつ白ワインで酔ってやがる。わたしと優子のやり取りを見て、佐野部長が「本当に仲良いね」と微笑んだ。
「佐野部長の同期はうちの営業課長ですよね」
「お、よく知ってるね」
基本的に話しているのは佐野部長と優子だが、岡田くんも耳は傾けているようで、2人が話しているのをチキンソテーを食べながら興味無さそうに見ている。
「岡田くんは同期居るの?」
優子は岡田くんにも質問を振った。自然に話を回していく様子に、さすが営業部のエースだと脱帽する。
「居ますよ営業部に」
「あ、川上だね」
「はい」
「そうか。じゃあ今度岡田くんの名前出してみよ」
最後のデザートに差し掛かった。カステラを使ったティラミスだ。
「え、これもしかして手作り? あんた、これいつ作ったの?」
優子の前にデザートの乗ったお皿を置くと、目を見開かれた。そんなに驚かなくても。
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