第31話

「相生さん。一緒に食べてもいい?」


 10階の社員食堂でお弁当を広げて1人で食べていたら、うどんをお盆に乗せた佐野部長が前にやって来た。わたしは「どうぞどうぞ」と大いに頷く。


「相変わらず美味しそうなお弁当だね」

「えへへ。ありがとうございます」


 謙遜はしない。佐野部長だし。


 部長は汁を飛ばすことなく、綺麗にうどんを啜っていく。その様子に少し見とれていると、口の中のうどんを飲み込んだ佐野部長が「そういえば」と切り出した。


「この間、総務部3人で懇親会開けなかったから、今週の金曜日にやろっか」

「おおっ! いいですね。やりましょやりましょ!」


 嬉々として賛成する。わたしはただ飲みたいだけかもしれない。


 そこでわたしはふと思い出した。あれ? 今週の金曜日って確か……


「その日、岡田くんの誕生日です」

「誕生日? そうなんだ」


 その時、わたしは閃いた。頭の中に閃光がキラーンと走って、思わず口端を持ち上げた。


「佐野部長。サプライズしませんか?」

「サプライズ?」

「はい。総務部の先輩2人に愛されているということを、岡田くんに分からせてやりましょう!」


 サプライズなんて、大人になってやった記憶も、やってもらった記憶も無い。やりたいし、やられたい。ので、岡田くんの誕生日という行事を利用して是非やらせていただきたい。これはもう完全にわたしがやりたいだけ。佐野部長はノリがいいので「いいね、やろう!」と即答してくれると思ったが。



「相生さんさ……最近、岡田くんと仲良いよね」


 少し沈んだトーンでそんなことを言われたので、わたしは慌ててしまった。


「いや、でもまだ返事が素っ気なかったり、相変わらず無愛想だったりするんで、仲が良くなったかと言われたらそうでもないですよ」

「そうかな。俺が見る限りでは、岡田くんは相生さんに心許してると思うけどな」


 それはきっと偽装カップルを何度かしてるからだと思います、とは口が裂けても言えない。「そ、そうですか?」と曖昧に笑うしかなかった。


「佐野部長はまだ岡田くんとあまりお話できてないんですか?」

「うん。だから何としてでも懇親会を開きたくて。相生さんの言うサプライズをしたら、仲良くなれるかな?」


 珍しく眉尻を下げて苦笑する佐野部長を、わたしは可愛いと思ってしまった。そんなに岡田くんと仲良くなりたいのか。わたしは大仰に頷いた。


「もちろんです! わたしが佐野部長と岡田くんをくっつけてみせます!」


 いささかお見合いの仲人役みたいな発言で、佐野部長は啜っていたうどんをのどに詰まらせたのか、咳き込みながら胸をドンドン叩き始めた。おおお、大丈夫ですかブチョー。


「ゲホッゲホッ……あ、相生さん、面白すぎる……」


 額に手を当てて肩を揺らしながら爆笑する佐野部長。あれ、これもしかして動画撮らなきゃいけないやつ?


 目尻に浮かんだ涙を長い指で拭って、佐野部長はわたしに笑いかけた。


「俺と岡田くんの仲人、頼むよ」

「任せてください」


 わたしは得意気に頷いた。





「岡田くん。フレンチかイタリアンならどっちが好き?」


 昼休憩後。わたしは早速右隣に座る岡田くんに仕掛けに行った。


「なんですか急に」

「いいから。どっち?」

「……フレンチ」

「はい。じゃあ誕生日はフレンチフルコースで決定! 岡田くんちで腕を振るうから、金曜日の夜は空けといてね」


 親指を立てると、岡田くんは眉をひそめた。


「俺の欲しいものくれるんじゃなかったんですか」


 せっかく人がフレンチのフルコースを振る舞ってやろうというのに、なぜか不満そうな声を上げる。どういう神経してんだこの後輩は。


「いいよ。岡田くんの欲しいものもあげる」

「珍しく大盤振る舞いじゃないですか」

「誕生日だからね」


 ここで機嫌を損ねて金曜日に家に来るなと言われたら、わたしの考えたサプライズが無駄になってしまう。それは避けたかったので、仕方なしに彼の欲するものも用意しようという算段である。ああ、我ながら良い先輩だなぁ。


「ん? 聞き間違えでなければ、俺ん家でフレンチフルコースを、朱莉さんが作ってくれるという話ですけど」

「うん、そうだよ」

「……家に来てくれるんですか」


 行かないとどこでフレンチのフルコースを振る舞えばいいんだ。


「あ、もしかしてキッチン借りれない?」

「いえ、全然。むしろ借りてください」


 食い気味でそう言われ、少しキョトンとしてしまったが、第一関門は突破した。わたしは「楽しみにしててね」と小首を傾げておいた。


「で、欲しいものは決まった?」


 早めに聞いておかないと、買いに行く時間とかも考えないといけない。それなのに岡田くんは「当日言います」と言ってのけた。


「え、当日? そんなすぐ用意できないよ」

「物じゃないので、大丈夫です」


 岡田くんは黒縁眼鏡を光らせて、無表情でわたしを一瞥した後、目の前のパソコンに目を移した。


 ……物じゃない……? どういうこと?


「ちょっと岡田くん。意味が分からないんだけど……」

「まぁ、楽しみにしててください」


 祝う方はこっちで、楽しみにしててというのもこちらなのだが。まぁいいや。わたしは当日家に行った時に、何も知らない岡田くんの驚く顔を想像して、ほくそ笑んだ。

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