第13話

チラ、と隣を盗み見ると、彼はお姉さんを見据えていた。そしてゆっくり口を開く。


「あるよ」


 岡田くんは嘘をついた。結婚に興味がないくせに、よくもまぁ堂々と言えたもんだ。よっぽどお見合いをしたくないらしい。お姉さんは小さく微笑んだ。


「そう、よかった。そう思える人ができて。それじゃあ、お見合いの話は断っておくね」


 ティーカップを口に運んでカチャリとソーサーに置いたお姉さんは、カップの縁を親指で拭って立ち上がった。


「じゃあ、そろそろお暇するわね。朱莉さん、慧くんのこと、よろしくお願いしますね」


 そう言ってお姉さんは玄関へ向かう。わたしは立ち上がって慌てて頭を下げた。


「いえ、こちらこそよろしくお願いします!」


 縁談はなしになったし、偽装彼女なのでもう関わることはないと思いますが。


 2人で玄関まで見送りに出る。


「じゃあね、慧くん。また来るね」

「うん。ありがとう」

「お気をつけて!」


 パタン、と玄関の扉が閉まって3秒。わたしはその場にへたり込んだ。


「はああああぁぁ。終わったああぁぁ」

「お疲れ様です」


 本当に疲れた。演じるのって、結構体力使うのね。女優さんと俳優さんを尊敬するわ。


「よかったね、お見合い話無くなって」

「はい。朱莉さんのおかげです。ありがとうございました」


 ふふふ。よかった、後輩の役に立てて。hitotoseのチーズケーキも食べれたし、わたしはそれで満足だ。お姉さんを騙してしまったことは、少し胸が痛いけど。


「お皿洗って帰るね」


 立ち上がってダイニングテーブルの上のお皿たちを片付けていると、カバンに入れたスマホが鳴った。電話だ。


 震えるスマホの画面を見て、固まってしまった。こんな時になんで。鳴りっぱなしにするわけにもいかず、意を決して応答ボタンをタップする。


「も、もしもし」

『朱莉? 今何してるの?』

「こ、後輩のお家にお邪魔してる」


 わたしは嘘はついていない。電話の相手は『じゃあ手短に話すわね』と前置きしてから要件を伝えてきた。


『あんたにお見合いの話が来てるの。明日写真持ってくから、家に居てね』

「え、ちょっと、どういう……」

『じゃ、そういうことだから。また明日』


 一方的に言われ、わたしの話す隙を与えないまま電話は切られてしまった。わたしに、お見合い?


「どうしたんですか」


 立ち尽くすわたしの顔を、岡田くんが覗き込んできた。ああ、睫毛が長いなコンチクショー。


「明日、お母さんが、お見合い相手の写真、持ってくるって……」


 あまりにもわたしに色恋沙汰が無いので、母親がしびれを切らしてお見合い相手を探したのだろう。全く望んでいないのに、どうして母親はお節介を焼いてくるのだろうか。


 すると岡田くんが「じゃあ今度は俺が」と言った。


「朱莉さんの彼氏役、やりますよ」

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