第12話

1つのお皿に1つのチーズケーキを乗せ、家から持ってきたアップルティーをカップに注ぐ。この家の高級感も相まってなかなかの貴族感。


 お盆に乗せて持って行くと、お姉さんと岡田くんが話をしていた。


「いつから付き合ってたの?」

「入社して1ヶ月経ってから」

「じゃあもう付き合って1ヶ月になるのね」

「うん」

「全然知らなかった」

「言ってないし」


 どうやらわたしと岡田くんが会社の先輩後輩だということは伝えてあるようだ。


「あら、アップルティーのいい匂い。ありがとう、朱莉さん」

「いえいえ。こちらこそチーズケーキ、ありがとうございます」


 いただきます、とお姉さんがチーズケーキにフォークを入れる。それを見て、わたしも自分のを食べようとしたら、岡田くんが口を開けてこちらを見た。


「朱莉」


 え、なに。首を傾げると、人差し指でわたしのチーズケーキを指してから、開けている自分の口を指した。


 もしかして『あーんしろ』と言っているのか?


 目を瞬かせると、「早く」と急かしてきた。ああ、仲の良いカップルを演じるわけね。オッケー、乗りましょう。


「はい、あーん」


 フォークで一口サイズに切ったケーキを、岡田くんの口に運ぶ。フォークの先端ごと口に入れられたのでフォークを抜くと、真っ直ぐわたしを見て「うまい」と言った。


 視線を感じて前を向くと、お姉さんがジッとわたしたちを見ていた。えっと、正解なのかが分からない。


 岡田くんもわたしに『あーん』してくれて、仲の良いカップルを見せつけた。


「付き合いたてだものね。妬けちゃうくらいラブラブじゃない」


 弟が恋人と仲良くしていることに安堵したのか、お姉さんはニッコリ笑った。


 わたしはてっきり『あんたみたいな地味子にわたしの可愛い弟はあげないわ!』と平手打ちをくらう覚悟でいたので、あっさり認めてもらったことに面食らった。どうやら正解だったようだ。結構チョロいのかもしれない。


「ちょっとお手洗い借りるわね」


 お姉さんはそう断って席を立った。束の間の休息。わたしはお姉さんが見えなくなってから大きなため息をついた。


「はぁぁ。緊張した……うまくできてた?」

「うん。姉貴、多分朱莉のこと気に入ってる」

「本当? じゃあ見合い話は無しになるかな」

「たぶん」


 気に入られるほど会話をしていないので岡田くんの言葉は鵜呑みにできないが、姉弟だから分かることがあるのだろう。


 っていうかこの人、わたしの名前呼ぶの慣れすぎじゃないか?


「ごめんなさいね。じゃあ、ちょっと質問いいかしら」


 お手洗いから帰ってきたお姉さんは椅子に座ると、ここからが本題と言わんばかりに眼光を鋭くしてわたしたちを見た。自然と背筋が伸びる。


「慧斗は朱莉さんの、朱莉さんは慧斗のどこが好きになったの?」


 キターーーーっ! 王道の質問!


 この質問の答えは、すでにお互い用意してある。あの日魚蔵家で事前に話し合っていたのだ。


 先に岡田くんが答える。


「明るくて前向きなところ」


 わたしの取柄は、見た目は地味だが性格は明るい所だと思っている。ウジウジ悩むのは性に合わず、悩むくらいなら忘れるタイプだ。まぁただのアホである。


 じゃあ次はわたしの番と「慧斗、さんは……」と話始めようとしたら、隣から手が伸びてきて、わたしの口元に添えられた。


「まだある」


 え、と隣を見上げると、岡田くんはわたしを真っ直ぐ見て言った。


「何事も一生懸命で、俺が悩んでたら一緒に解決策を考えてくれるところ」


 アドリブを入れてきた。それは暗に『恋人役をやってくれてありがとう』と言っているのだろうか。よく分からないけど、これはわたしも2つ岡田くんの好きなところを言わなければならない雰囲気ではないか。マジか。


 お姉さんが「なるほど。で、朱莉さんは?」とわたしに振ってきた。


 とりあえず、魚蔵家で決めたやつを言う。


「責任感が強くて、真面目なところです」


 これは嘘ではなかった。『好きなところ』という名目では嘘だが、『いいところ』に置き換えると、真っ先に浮かんだのがそれだった。で。


「もうひとつは?」


 岡田くんが催促してきた。わたしに台本にないアドリブを要求している。ちょっと待って。えーと。岡田くんのいいところ……


「や、優しいところですかね!」


 目の前にhitotoseのチーズケーキがあったので、いつか岡田くんが部長の差し入れてくれたチーズケーキをわたしにくれようとしてくれたことを思い出した。それが優しさだったのか甚だ疑問ではあるが、シンプルでいいと思った。超絶ありきたりではあるけれど、大事ではないだろうか。


 岡田くんは眉をひそめたが、お姉さんは嬉しそうに両手を合わせた。


「朱莉さん。慧くんのことをよく知ってくれているのね。そうなの、この子、無愛想だけど根は真面目ですっごく優しい子なの。あーよかった、理解ある子が慧くんの彼女で」


 若干涙ぐむお姉さん。彼女じゃなくて偽彼女です。純粋なお姉さんを騙している事実に良心が痛んだ。岡田くんのいいところは本心だが、わたしは理解ある彼女ではない。


 するとお姉さんは岡田くんに向き直った。


「慧くん。朱莉さんと結婚する気はあるの?」


 うぇ!? 付き合ってまだ1ヶ月だという設定なのにそんな確認するのか! しかも岡田くんはまだ23歳。ましてや結婚に興味がないっていうのに。どう返すのだろう。

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