第二章『日常」


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 第二章『日常』


「どうする?」

「昼からは……家でゆっくりで良いんじゃない?」

「咲は? それでいい?」

「……んっ、だいじょぶ」

 お昼ご飯を食べながら。

 神奈も、メールで誘って、同席することになって。神奈は、


「ご飯、美味しいです!」

「いっぱい食べなさいねぇ」

「お婆ちゃーん! ご飯!」

「自分でよそいな!」


 台所から、そんな声が聞こえて。

 僕は仕方なく、茶碗を持って、台所に向かう。


『今年も、魚の数は、大量で。この市では——』

「………」

「……? あ、ここじゃん」


 付けていた、テレビを見て。

 咲の視線につられて、神奈が、

「釣り、したことある?」

「………無い」

「へぇ。……行ってみる?」

「……? 行くって」

 そんな会話をしていると。

 陽太が、帰ってきて、


「陽太、お昼からの予定、決まったよ」

「へっ? 僕の部屋で格闘ゲーム?」

「……?」


 神奈は、ニシシッと、笑う。


                   ☆


 褐色肌の神奈は、見た目通り、海が大好きだ。

 僕はそこまで、海に来ることもないけど。行く理由になるのは、大抵神奈に誘われるから。


 漁業市場の、隣。小さな堤防。

 釣り具と、アイスボックスを持ってきた僕らは、腰を下ろして——

「釣りとはねぇ」

「か、神奈姉ちゃん! これは?」

「海老。その海老を、針に掛けて釣るんだよ」

 と、咲にも分かりやすいように、実演する神奈。

 僕も、自らは来ないとはいえ、地元の人間。

 いつものように、仕掛けを作って。糸を垂らして——


「はい、咲。この釣り竿、使い」

「駄目だよ陽太! 咲も、覚えないといけないんだから」

「……私、覚えたい」

「だよね! えっとね。これを——」

「……咲の方が、お母さんしてる」

 僕も、父性を働かせて、教えるみたいなことしたい。

 ちょうど、横をフナムシが通った。

 僕は素手で、それを掴んで——


「見てっ、咲! こんな虫も、餌に——」

「ぃぎゃあああっ⁉」

「よ、陽太⁉ フナムシは、あんまり見せちゃ駄目だよっ‼」


 裏側を見せると、いつもクールな咲が、声を上げて神奈の後ろに隠れた。

 僕は肩を落として——

「だ、だって。ぼ、僕もっ、咲に教え——っ」

「はいはい、泣かないで?」

「………」

 

 何やかんやあって。

 全員で、糸を垂らして。釣りを始める。


「あっ、フグだ」

「フグかぁ。小っさいしなぁ」

「……フグって、食べれんの?」

「僕らが捌いたら駄目だよ? 婆ちゃんは、フグの調理免許持ってるから」


 大きいフグは、婆ちゃんに頼めば、捌いてくれる。

 でも、これは小さいから、海にリリース。

 僕はまた、釣り糸を垂らして——


「ふぁ……。ちょっと、寝ようかな」

「はい、帽子。使う?」

「……んっ、ありがと」


 神奈の首に掛けていた、麦わら帽子で、日光を遮断して。

 僕は後ろに背を倒して、ボーッとしていると——


 つんつんっ。


 指のようなもの……というか、多分指。

 頭を、つんつんと、突つかれる。

「咲ー。釣らなくていいのー?」

「陽太がやんないなら、私も待機」

「えー……。よいしょ」

 ゆっくりと、僕は起き上がる。

 兄として。咲に、良い所を見せ————


「神奈。僕いま、兄としてって思った。兄として‼」

「分かった分かった」

「よぅし! 咲っ! すぐに釣ってあげるから、何が食べたい!」

「鯛」

「つ、釣ってやるぞぉ‼」


 いけるかな、鯛。

 小物用の針と糸しか持ってないけど、まあ何とかなる‼

 僕は、かかった竿先に、勢いよく引き上げて——


「フグだ!」

「小っさ」

「………次っ‼」


 と、奮起する。



「陽太―、もうそろそろ終わろう?」

「あ、あと一回だけ……」

「……もう、鯛はいいから」


 陽が落ちてきて。

 太陽が、海に沈み始める頃。

 僕は、

「この一投で、掛からなかったら、今日は諦める」

「ずっと鯛、狙ってたね」

「釣れると思う?」

「絶対無理だと思う」

 神奈と咲が、そんな会話をする。

 鯛は警戒心の強い生き物だ。人の気配を感じると、用心して餌も食べなくなる。

 僕は気配を消して、一切の物音をたてずに、竿先だけに集中していると——


「っ‼」

「でっか‼ 唸った‼」

「?」


 竿先が、それはもう、大きく唸る。

 大物だと、僕の直感が、そう告げていた。

 すぐさま、針をかからせるために、僕は大仰に上げて——


 ——ぷちっ。


「…………」

「だから言ったじゃん。小魚用の針しかないし」

「糸が切れたの? 一瞬だったね」

「……ぐはっ」

 血反吐が出る。


 ——帰り道。

 僕は、隣を歩く咲に、

「また行った時、釣ってあげるから」

「もういいって。陽太、ありがと」

「……お兄ちゃんって呼んで」

「それは嫌」

「あははっ。まあ、大物狙いに、次は行こうよ」

 肩を落とす僕に、そんな言葉をくれる神奈。

 歩いていると、ふと後ろから。

 僕達の名前を——


「おっ、陽太に、神奈!」

「? あっ、神薙爺さん」

「こんちわっす!」


 漁師の、神薙爺さん。

 漁業市場の前だったから、今日も仕事か。

 爺さんに、

「聞いてよっ。鯛を釣ろうとしたんだけど、すぐに糸が切れてさ!」

「暴れ回させたらいかんぞ? 鯛は」

「暴れさせてもないんだよ。上に上げた瞬間、いきなり」

「劣化しとったんじゃないか? 鯛目当てだったんか」

 談笑するように、爺さんと話す。

 爺さんはふと、咲に目を向けて、

「鯛釣るなら、それなりの準備が———ん?」

「………こんちわっす」

「……? ワシ、ボケてきたかの。知らない子が」

「ボケてないよ。新しくここに来た、咲っていうの」

「……こんちわ」

「新しく! それはまあ、何でこんなところに」

 こんなところって。

 爺さんは、「あ」と、何かを思い出したのか、声に出すと。

 漁業市場の中に行って、僕達に、四角い籠を見せてきて——


「ほらっ、鯛だ」

「黒鯛‼ いい型だね‼」

「ホントだ! 凄い!」

「……?」


 籠に入っているのは、立派なサイズの黒鯛。

 水滴に輝いていて、目当てに釣りをしていた者としては、二重の意味で輝いて見える。

 爺さんは、

「これ、やるから、ちょっと待ってろ」

「……へっ? い、いやいや! お金ないよ!」

「んなもんいらんわ! 新しく、越してきたんじゃろ? 引っ越し祝いじゃ。受け取っとけ」

 レジ袋に、包んでくれて。

 爺さんは、僕に、その持ち手を渡してくる。

 僕は、

「……いいの?」

「俺が食おうと思ってたやつだ。誰のもんでもねえから、安心して食え」

「……有難う。神薙の爺さん」

「ありがと‼」

 僕と神奈のお礼に、「おうっ!」と、活きのいい返事を返してくれる爺さん。

 

 咲は、少し恥ずかしがるように。

 爺さんに、

「……あ、ありがと」


「可愛くない? 僕の妹なんだよ」

「妹ぉ⁉ どういうことだ⁉ 陽太‼」

「あーっ、ややこしくなるからっ! 説明はまた今度にしてっ‼!」

 目を見開く爺さんに、間に止める神奈。

 咲に、鯛の袋を持たせると、嬉しそうな顔をしてた。


                    ☆


「うっ。何回やっても、慣れないな」

「こ、こんななんだ……。すっげ」


 鯛の、お腹を切って。

 臓器を取り出して、三角コーナーに入れる。

 骨と身を、分断して——

「……大きくなったら、咲が代わりにやってね」

「私に、包丁持たせんの?」

「あっ、ずるい! その言い方!」

「……ぷっ。ふふっ——」

 婆ちゃんが居ないので、僕が一人で捌く。

 何回も釣りには行っているけど、生きた魚は、まだ捌けない。

 三枚に、下ろしていきながら——


「咲が好きなんだったら、練習、しとかないとなぁ」

「……?」

「……よぅし!」


 気合いを入れて、お寿司用に切り分ける。

 手握り寿司。咲はそれが、食べてみたいらしい。

「あぇぇ、血がぁぁ」

「あはははっ!」


                   ☆☆☆☆


 次の日。

 僕は、朝食を食べながら——


「咲、僕の布団に、いつ入ってきたの?」

「……寝ぼけてただけ」

「朝に、びっくりしたよ。ゾンビが襲ってきたのかと思った」

「……どしてゾンビ」

「映画、昨日見たから」


 寝る前に。

 寝る前は誰も居なかったのに、朝起きると、布団がモゾモゾしてる。その気持ちは分かるだろうか。

 咲は、焼き魚を食べながら、

「大体、何で部屋、一緒じゃないん」

「自分の部屋、あったほうがいいでしょ?」

「……別に。大体、私はまだ、小学三年生。持て余すだけ」

 持て余す、なんて、よく知ってるな。

 婆ちゃんが、居間に入ってきて——

「まあ、いきなり、家が変わったんだしねぇ。陽太、一緒に寝てあげなさい」

「えー。今日も、朝起きたら、顔を蹴とばされたんだよ?」

「……改善、するから。まあ、今日もよろしく」

 平然と、ご飯を食べ進める咲。

 ……ゾンビ映画とか、結構見るけど、怖くないかな。

 辞めるべきか考えていると、婆ちゃんが、ふと、


「そういえば」

「「?」」

「道重んとこの、畑。今日が栽培らしいから、陽太。手伝いにいってやりな」

「えー」

「えーじゃない」

「……? 畑?」


 婆ちゃんの言葉に、首を傾げる咲。

 咲に、

「多分、今日だったら、トマトかな」

「トマト!」

「? 好きなの? トマト」

 野菜嫌いなのに。

 咲は、目を輝かせていて。僕は仕方なしと——

「……咲が嬉しそうだし、行ってくるよ」

「立派に、お兄ちゃんになったね」

「お兄ちゃん‼」

「……陽太。いちいち、反応しなくていい」

 特定のワードに反応する僕に、そう言う咲。 

 ご飯を食べて、ひとまず、道重の爺ちゃんのところに向かうことに。


「——後で、神奈も来てくれるって」

「……そなんだ。(ぎゅっ)」


 家の外に出て、道を歩きながら。

 まだ、道に不慣れなのか、何なのか。僕の手を、強く握る咲。

「……僕、咲が結婚するってなったら、絶対に反対すると思う」

「……何それ」

 そんなことを話しながら、歩いていくと。

 道重の爺ちゃんが、温室ハウスの中で、作業をしてた。


「爺ちゃーん。手伝いに来たよーっ」

「? おおっ! 陽太か! 婆さんとこの救援か!」

「………」


 麦わら帽子に、泥だらけのツナギの服。

 考えてみれば、普通の私服で来ちゃった。僕は全然いいんだけど、咲は……

「服、汚れるといけねえから、これ。上から着とけ」

「あ、ありがとーっ、爺ちゃん」

「……上から?」

 首を傾げて聞いてくる咲に、「はい、万歳して」と、告げる僕。

「自分で着れるから!」と、服を奪取された。僕も上から、貸してもらった服を着て、


「完了っ」

「……」

「おっ、様になったな」


 と、温室ハウスの中に入る。


                   ☆


「こんな時間に収穫って、ジュース用?」

「そうだ。少し、欠陥があるやつだけ、残しててな。真っ赤なやつを取ってくれ」

「……うっす」


 咲はあれだね。何というか、都会っ子だ。

 あんまり聞き慣れない返事に、爺ちゃんは少し笑ってて、僕は、

「よぅし、咲。どっちが取れるか、競争ね」

「やんない。普通に取りたい」

「……そっかぁ。……爺ちゃん」

「お前はすぐに泣くな! ははっ——ったく」

 と、収穫を始める。


 一つ一つ、真っ赤に熟したやつを、箱の中に入れていって。

 咲は、やっぱりトマトが好きなのか、一つ取るたびに、目を輝かせている。

 分かるよ。トマト、美味しいもんね。

 僕は爺ちゃんに、

「後で、また買いにきていい?」

「あげるっつってんだろ。手伝ってもらってんだから」

「駄目だって。婆ちゃんが言ってるじゃん。見返りの為に、手伝うんじゃないって」

「あっこも、頑固なやつだなぁ。梅子は、昔からああなんだ」

 道重の爺ちゃんは、婆ちゃんと同い歳。

 僕の言葉に、爺ちゃんは「全く」と、トマトの実を取って——


「咲ちゃん……だっけか? 味見も兼ねて、食べてくれや」

「味見……」

「味見だったらいいだろ? 梅子の生真面目なとこ、しっかり継ぎやがって」

「咲、食べていいって」

「っ! う、うん……」


 爺ちゃんに、トマトを渡してもらって。

 僕の分も頂いて、僕と咲は——


「「美味しいっ‼」」

「っ! ははっ、その感想だけでも、トマト代は十分だ」


 一口齧ると、豊潤さが、口いっぱいに広がって。

 トマトの果汁が、押し寄せてくる。咲は、

「お、美味しいっ、陽太! 美味しいっ」

「口に付いてるよ。ほい」

「んんっ。……成ってるトマト、初めて食べた」

「沢山食えよ? 味見の為にな!」

「爺ちゃん、お茶も持ってきてくれない? トマトと一緒に飲んだら、美味しいんだ」

「図々しいのか生真面目なのか、お前はハッキリしろ」

 そんなことを言われて、僕はトマトを完食する。

 青い実もまだあるけど、一面に成っている赤い実は、何度見ても綺麗に感じる。

 咲は、ふと、温室ハウスの中を見て、


「……初めて。栽培なんて、したの」

「案外、楽しいでしょ」

「……うん」


 小さく、微笑む咲。

 あれだな。物凄く可愛い。 

 僕はまた、何度も感じた父性に当てられて、爺ちゃんに、

「爺ちゃん! お茶っ、早く!」

「どうしたんだいきなり」

「僕の熱を、冷まさないと」

「何言ってんだ」

 そんなことを話していると。 

 道のほうから、神奈が、


「来たよーっ」

「あ、神奈!」

「(ぺこりっ)」

「おおっ、神奈ちゃんも、来てくれたか!」


 と、また収穫に戻る。


                   ☆


「あ~……、扇風機ぃ……」

「今年も、もう暑いね」

「夏、だしね。汗がやばっ」


 収穫を終えて、家に戻って。

 居間で涼んでいると、婆ちゃんが、


「はい、スイカ」

「スイカ⁉」

「「っ!」」

「貰ったんだよ。道重んとこに。皆でお食べ」


 婆ちゃんは、また道重の爺ちゃんのところに、遊びに行くらしい。

 僕は庭の木桶で、スイカを冷やして——


「も、もうそろそろかなっ」

「は、早く食べよっ! スイカ食べたい!」

「……冷たい」


 神奈も咲も、スイカの魅力に当てられている。

 僕は持ち上げて、満遍なくヒンヤリとした感触に、ササッと水と氷が入った盥に入れて、

「冷めないうちに、台所台所っ」

「行こ行こっ」

「(タタタッ)」

 台所に向かう。


 歪ながら、何個かに切り分けて。

 それぞれのお皿に乗せて、僕達は、縁側まで運んで——


「「「頂きます」」」

 

 と、齧りついた。


 トマトとは違う、少し水っぽいけど、奥から広がってくる甘み。

 スイカの種を、ティッシュで包んで。僕は——

「「美味いっ‼」」

「……美味しい」

 神奈と、声が揃う。

 見てみると、元々褐色肌の神奈が、更に焼けてる。

 神奈に、

「海に行って、更に焼けたね」

「そう? ……確かに、お風呂の時、ちょっとヒリッとしたかも」

「咲は? 日焼け止めとか、いる?」

「……要らない」

 神奈を見て、そう話す咲。

 続けて、

「……神奈姉ちゃん、格好いいと思うし」

「っ! 咲~……」

「可愛いでしょっ? ウチの子、可愛いんだよっ!」

 咲を抱きしめて、頬をすりすりする神奈。

 僕もやりたいけど、同性じゃないし。気持ち悪がられたくないし。

 うぐぐ……と、神奈に唸っていると、ふと携帯の受信音が——


「……?」

「咲~、いっぱい、遊びに行こうな~」

「……うん(もぐもぐっ)」


 宛名を見ると、婆ちゃんからだ。

 画面を付けて、メッセージを見る。

 内容は——


『咲ちゃん、明日、誕生日』


 っ⁉

 僕はパッと顔を上げて、道重の爺ちゃん家を、遠方に見た。

(婆ちゃんっ! 言うの遅いよっ‼)


                 ☆☆☆☆


 任務を決定した。

 町に、ケーキ屋さんは無いので。電車に乗って、隣町に行く。

 僕は、少し咲から離れたところで、神奈に小声で——


「(咲、聞いてくれ)」

「おわっ⁉ な、何っ⁉」

「声を出しちゃ駄目だって! あ、咲。スイカ、残ったのも食べてていいよ」

「じゃ、アタシも」

「ちょっと待って。ちょっと、話を聞いて」


 ミッションっぽくいきたかったけど、無理っぽい。

 僕は襖を開けて、家の通路に出て。咲に、

「? どうしたん?」

「……実は、明日。咲の誕生日らしい」

「はあ⁉ え、明日⁉」

 声を上げる神奈。

 咲が縁側から、「どうしたのー?」と、声を飛ばしてきて、僕は「何でもないよーっ」と返す。

 神奈に、

「し、しーっ! サプライズ、したいじゃない!」

「あ、明日って……。……でも、まだ来て三日でしょ? 良いんかな……」

「こうゆう時だからこそ、良いんだよ。……僕の時も、そうだったし」

「……そっか」

 一瞬、昔のことを思い出して。

 僕は切り替えて、神奈に、

「今から、隣町に、ケーキとプレゼントを買いに行こうと思う」

「今から……。まあ、そうでもないと、間に合わないか」

「だから、神奈の御世話、頼んでいい? まあ、良い子だから、世話されるほうかもしれないけど」

「うるさいわ。……まあ、了解」

 神奈はそう言うと、「一旦、アタシも家から、お金持ってくる」と言う。

 どうしてか尋ねると、神奈もプレゼントを渡したいらしい。陽太のセンスで、何か買ってきてと言われた。


 ここはドが付くほどの田舎。通販を頼んでも、明日までには確実に届かない。

 神奈が、家からお金を持ってきて。僕はそれを受け取って——

「(こんなに大金、いいの?)」

「(全部使っていいから。四千円っていったら、それなりのもん買えんだろ)」

「?」


「神奈。僕は今から、緊急の任務に行かないといけないんだ」

「? 何それ」

「よ、陽太に、用事が出来たんだよ。だからちょっと、陽太は出掛けるって。咲は、アタシと遊んどこーな」

 神奈のナイスカバーにより、違和感なく説明できた。

 玄関に向かうと、咲が付いてきて、

「さ、咲? 咲は連れて行けないんだ。ごめんね?」

「……」

「さ、咲~。庭で、ポチと一緒に遊ぼうぜ。陽太は……友達の家! 遊びに行くからさ」

「……? 私も、行けばいいじゃん」

「男友達だからね。もう、それは凄いんだよ? 滝を登ったりするんだ」

 そんなことは出来ない。

 けど、咲を納得させるには——


「熱湯風呂とか、頂上まで山登りとか」

「……」

「………行ってきます‼」

「い、行ってらっしゃい!」

「あ——」


 僕の頭の回転では、咲を納得させられないと悟った。

 僕は貯金と、神奈から貰ったお金を、お財布に入れて、家を飛び出す。

 

 居なくなった、陽太の後を見て。咲は、

「……? どこ、行ったん?」

「と、友達の家、だよ~? 咲っ、それより、一緒に遊ぼーぜ!」

「………うん」

 納得のいかない咲は、少し、不機嫌な顔をする。


                    ☆


 誰も居ない、電車に揺られて。

 僕は、まだ日の高い、田園風景を見ながら——


「……久しぶりだなぁ。一人で、隣町なんて」


 そんなことを、ふと呟く。



「ほ、ほら! ボール遊び! これやろーぜ!」

「二人で?」

「………」

 咲の言葉に、ズーンと暗くなる神奈。

 陽太が居なくなって、神奈と居るのも楽しいけど、咲の心には、少し穴が空いた。

(……どこ、行ったんだろ)

 隠されるようなところ? 見当が付かない。

 神奈は、ずっと何かを誤魔化すように、


「ま、マジックやりまーす。ああっ! 鶏がっ!」

「……鶏を使ったマジックは、ハードルが高いと思う」

「そ、そうだねぇ。諦めよっか」


 庭で、あははーと、そんなことを話す神奈姉ちゃん。

 私は、まあ聞いても、答えてくれないだろうとは分かっていたので、神奈姉ちゃんに、

「何も聞かないから、居間で休も?」

「……う~、陽太の言う通り、お世話をされてる感じがする」

「? はい、スイカ。まだ残ってるよ」

 神奈姉ちゃんは、私の隣に来て、スイカをもさもさと食べる。

 ふと、気になったこと。

 私は、部屋の中に、視線を向けて——


「ねえ、神奈姉ちゃん」

「……んー。どうしたの?」

「……あの、仏壇。あれは、誰の?」


 居間にある、少し大きな仏壇。

 神奈姉ちゃんが家に来ると、毎回律義に、鐘を鳴らしてる。婆ちゃんも陽太も、鳴らしているのを見た。

 神奈姉ちゃんは、

「あれは、この家の主人。陽太の、お爺ちゃんのだよ」

「……やっぱり。そうなんだ」

「ミカンが好きでね? お供えにも、ずっとしてあるでしょ」

 仏壇の前には、皮を剝く前のミカンが、供えられている。

 私はうんと頷いて、神奈姉ちゃんは、

「面白い人だったよぉ? 陽太に似てたかも」

「……神奈姉ちゃんが知ってるってことは……。いつ、亡くなったの?」

「……陽太が、一年生の時。ちょうど、夏頃だったかな」

「……そうなんだ」

 今まで、陽太に聞けなかったこと。

 神奈姉ちゃんになら、気軽に聞ける気がして。神奈姉ちゃんに、


「……神奈姉ちゃん」

「んー」

「……陽太の、お父さんと、お母さんは?」

「……あー」


 空を見上げて、何かを考えるように、見つめる神奈姉ちゃん。

 私は、その返事を待っていると。

 神奈姉ちゃんは、

「……陽太から、聞いてない?」

「(コクリ)」

「……そっか。……なら、陽太から、聞かないといけないと思う」


「勝手に話したら、怒られそー」と、そう話す神奈姉ちゃん。

 ……陽太から、か。

 私は、神奈姉ちゃんの、スイカを隣から食べて——

「あっ!」

「……(もっさもっさ)、教えてくれなかった、仕返しっ」

「このぅ!」

 脇の下を、こちょばされる。

 結局、聞くことは出来なかったけど。

 初めて、神奈姉ちゃんと二人で遊んで。凄く楽しかった。


                    ☆


 プレゼントかぁ……。

 

 悩む。凄く悩む。

 誕生日っていうのは、神奈くらいしか、プレゼントを渡したことがない。他の子供達は、カブトムシとか、お菓子とかはあげてたけど、ちゃんと選ぶとなると……。


 隣町は、都会という訳ではなく、僕が住んでいるところよりも、少しお店が多いほど。

 大通りを歩きながら、僕は考えて。咲に、喜んでくれそうなものを模索して——

「……咲が、喜びそうなもの。喜ぶ……」

 ……咲って、何が好きなんだろう。

 考えてみれば、まだ日も浅いから、仕方ないのかもしれないけど、全然知らない。


 ふと、テレビの広告が、横のショウウィンドウに流れる。

 テレビを買う? ……いや、持て余すか。咲も言ってたしなぁ。


 店内が、チラッと見えて。

 僕は、「あ」と、それを見て呟く。

「……良いじゃん」


                    ☆


「——ただいまぁ」


 家に帰ると、返事がなかった。

 僕はそのまま、居間に入って、ふと——


「っ‼ ……天使?」


 眠っている、咲と神奈。

 神奈に抱き付くように、咲が寝てて。僕は写真を撮ろうとする手を、グッと抑える。

「盗撮はよくないよ。盗撮は」

 バレないように、冷蔵庫まで行って、購入したホールケーキを、一番下の棚に入れる。

 見つからないように、ネギとかを上に乗せて。そんなことをしていると——


「何しとるんじゃ?」

「うわぁ⁉」


 振り返ると、婆ちゃんだった。

「何だ、婆ちゃんか……」僕は再度、作業に戻って、

「咲の誕生日ケーキ、買ってきたんだ」

「ありゃ、そうなのかい? 明日の朝、買いに行こうと思ってたが」

「買ってきたから、もう大丈夫だよ。……あ、でも。代わりに——」

 明日、やろうと考えていたことを、婆ちゃんに話す。


「——どこ行ってたの」

「……(ぎくっ)、い、いやぁ? どこもぉ?」

 夕食時。

 ジロ目の、咲に見つめられて。僕は、

「婆ちゃんのお手伝い。そう! 婆ちゃんのお手伝い!」

「婆ちゃん。たまに帰ってきてた」

「……そっかぁ。あ、梅干し美味しい」

 味覚が緊張で壊れたのか、ご飯もなしに梅干しを食べる。

 咲は諦めてくれず、今日は正面の席で、僕を見たまんま。

 早く明日になれぇ。そう、心に思って——


「咲。明日は朝から、学校に遊びに行こうね」

「……? あ、明日、祝日か」


 ちょうど、休みなので。

 僕はそう咲に言って、お味噌汁を飲み干す。


「熱っ」

「………」


                    ☆


「——じゃあねっ、咲ちゃん!」

「んっ、またね、水樹ちゃん」


 昼食を食べに、家に帰る。

 午前は学校で遊んで、午後からはどこかで遊ぶ。それがいつもの、僕と神奈の日常だ。

 一緒に暮らしてる咲も、必然的に、そうなって——

「『終わったよ。後は、何すればいい』、『大丈夫だよ。有難う』っと」

「どう?」

「終わったって。帰ろっか」

 隣から、神奈がそう聞いてきて。

 僕は携帯の画面を、神奈に見せる。


「お別れ、終わったよ」

「んっ、よし! じゃあ、帰ろう!」

「? 何か、元気?」

「あへぇ? い、いや! そんなことないよっ?」


 帰る時、いつもどんなテンションだったっけ。

 神奈が、取り繕うように、咲の手を引いてアシストしてくれて。

 僕は神奈に感謝しながら、隣を歩く。


「いやぁ、今日は、良い日だね」

「陽太、家まで、一旦黙っといたほうがいいんじゃない?」

「……? どうして?」

「い、いや、口を滑らすかも……んんっ、いや、何でもない」


 口を塞いでおこう。

 ちょっとのテンションも、目聡い咲だ。すぐにバレてしまうかもしれない。

 僕は「んっんーっ」と、小さく畑の上に掛かった虹を指して、そのまま歩く。


「……ここでの生活が、もう日常になってる気がする」

「「……?」」


 水やりから出た虹を、通って行って。

 景色を見ながら、咲がふと、そんなことを呟く。

「……陽太、神奈姉ちゃん」

「「……」」

「私なんかの、いつもを作ってくれて。ありがと……」

 顔を赤くしながら、そんなことを言って。

 僕は丸い目のまま、神奈と顔を合わせる。


(語彙力が凄いから、あんまり分かんなかったけど)


 感謝……されたんだよね?

 ギュッと、神奈と反対の、咲の手を握って——

「ふんふふーんっ」

「……? 何で喋んないの?」

「陽太、そのまま口は塞いどきなさい。咲、アタシこそ、来てくれて有難うだよ」

 鼻歌を口ずさみながら、僕達は家に向かって、歩いていく。



 盛大に、クラッカーの音が鳴る。

 婆ちゃんが、飾り付けをしてくれた、居間にて。

 僕と神奈、婆ちゃんは、皆で——


「「「お誕生日、おめでとーっ‼」」」

「っ……えっ」


 僕は冷蔵庫に行って、ホールの誕生日ケーキを持ってきた。

「座って座って」と、神奈が促すので。僕は咲の正面に、ケーキと蝋燭を立てて——

「婆ちゃんっ、火、火っ」

「はいはい」

「ふーって、吹き消すんだよ」

「……た、誕生日」

 ネームプレートを見て、咲が小さく呟く。

 婆ちゃんが、仏壇の前にあったライターで、蝋燭に火を付けて。

 咲に、


「咲」

「……?」

「来てくれて、ありがとうね?」

「……っ」


 吹き消す前に、咲の頬に、涙が伝う。

「ど、どうしたの⁉」「陽太、ハンカチ」「はい、これを使いな」、神奈の言葉に、婆ちゃんがそれを手渡す。


 涙を拭って、ヒックヒックと、小さくえづいて。

 咲は、

「……皆、ありがとう……」

「「「(ニッ)」」」


 と、小さな息で、蝋燭の火を吹き消す。


                   ☆


「これが……僕から。こっちが神奈から」

「まあ、アタシはお金しか、出せてないけどな」

「婆ちゃんが言ったのが、急だったからね。昨日に急いで買ってきたんだ」

「……あ、昨日のって、そうゆう」

「悪いねぇ。咲ちゃんや。あたしは、また一緒に買い物に行った時、好きなものを買ってあげるよ」

「っ! ……うんっ」

「サイライトの、2が出てたんだ。やりたいでしょ?」

「っ! や、やりたいっ!」

「……陽太。アタシのプレゼント、これ何?」

「トマト。咲が好きだって言うから、沢山買ってきた」

 僕が自分のお金で買ったのは、ゲームソフトとホールケーキ。

 神奈のお金では、トマト用品を買いそろえた。咲に、余ったお金を渡して、


「また、咲も一緒に、咲の好きなの、買いに行ってあげよ?」

「センスが無いからって、逃げたな?」

「うっ……」

「……まあ、それもいいか。咲ー、また、一緒に選びに行こーな」

「……い、いいの?」

「トマトだけがプレゼントって、寂しすぎるからな!」

「咲の好きなものが、何か分からなかったんだよぉ。また、沢山教えてね」

「……んっ」

「よぅし、じゃあ、早速! 買ったゲームやろ」

「いきなりかよ。どんなの買ったん?」

「咲の好きなゲーム」

「……神奈姉ちゃんは、苦手だと思う」

「な、何だとぅ! よしっ、やろう!」

 誕生日の、お祝いも、すぐに流して。

 ゲームソフトを入れて、三人で楽しむ僕達。

 婆ちゃんは、それを後ろから、ずっと見てて。

 そのまま、時間は急速に、過ぎていった。


「あ、咲。これも」

「……?」

「何でも言うこと聞いてあげる券。一回だけだよ?」

「手抜きだなぁ」

「うるさいよ。これでも、必死に考えたんだ」

「………何でも」

「………あれだよ? 命に危険が及ばない範囲で、頼むよ?」

「はははっ、咲、崖から飛び込むように——」

「言わせないで!」

「………」


 咲は、僕が渡した、手書きの券をじっと見つめていて。

 僕は首を傾げながらも、またゲーム画面に戻る。

「あっ、陽太。落ちたぞ」

「あっ!」


                    ☆


 婆ちゃんが手を凝った、豪勢な夕食を食べ終えて。

 神奈も、家に帰った頃。僕の部屋で、


「? どうしたの?」

「……別に」

「咲もやる? 格闘ゲームだけど」


 ゲーム画面に向いていると、咲が胡坐の中に入ってきた。

 コクリと頷いたので、僕はもう一つのコントローラーを、咲に渡して。

 ゲームをする。

「………」

「あっ、強いね。ここで必殺の——」

「……陽太」

「あ、負けた。……? どうしたの?」

 ふと、名前を呼ばれて。 

 前の咲に、視線を向けると。咲は、僕の顔を振り向いて——


「……何でも、言うこと聞く券。使っていい?」

「……危ないことはしないよ?」

「……そんなんは、しないから」


 何かを考えているのか、少し声音が下がってる咲。

 僕は何のことだろうと思いつつも、断ることはせずに、「いいよ」と言って——


「……聞きたいこと、あるんだけど」

「……? 何が聞きたいの?」

「……陽太の、お父さんと、お母さんのこと」

「……っ」


 僕は、コントローラーを、ゆっくり置く。

 ……言わないと、駄目だよね。

 僕は天井を見上げて、昔を思い出す。


                  ☆☆☆☆


『……母さん?』


 車に跳ねられた母さんに、人がたくさん集まる。

 救急車のサイレンが鳴って、大人の人が、優しく話しかけてきて。


 母さんの、亡くなった、そんな報告は、淡々とされた。

 父さんは、ずっと海外で仕事をしてる。一人で、大人の人に言われて。


「——暗い話になるよ?」

「……それでも、聞きたい」

「……そう、だなぁ」


 どこから話せばいいだろうか。

 母さんが、人を助けて、道路に飛び出したところ? 

 僕を預かる場所に、父さんの実家、この家を訪れたところ?

 咲の目は、全部話してほしいと、そんなことだったので。

 僕は——


「道路に飛び出した子供をね? 母さんは助けるために、車に引かれたんだ」

「っ!」

「……目の前で、動かなくなってね。今でも、鮮明に覚えてる」


 病院に行って、死亡したと、報告を受けたこと。

 父さんは、海外勤務だから、すぐにこっちには来れず、ずっと、一人だったこと。

 そんな時に、父方の、爺ちゃん婆ちゃん。この家の人が、来てくれて——

「ほとんど、放心状態だったよね。放心って分かる?」

「……うん」

「……まあ、この家に、それから引き取られて。ずっと暮らしてたの」

 そんなところかな。

 けど、咲に言わないといけないことが、あるとすれば。

 続けて——


「こっちに来て、一年後に、爺ちゃんが死んじゃった」

「……っ」

「もう、僕のせいなんじゃないかって、そう思ってね? 凄く苦しかったよ」


 自暴自棄になって、部屋からも出ないようになって。

 誰にも会わなければ、誰にも被害はいかない。そんなことを思って。

 けど……

「でもね? ずっと、辛かったときに、神奈が来てくれたんだ」

「……」


『こんな暗い部屋いないで、一緒に遊ぼう‼』


 日に焼けた神奈は、凄く、眩しく見えた。

 一人で居るのにも、疲れて。元々、ずっと外に居るタチだったから、手を引かれちゃって。

 それで——


「今は、楽しく、ここで過ごしてる。父さんは、海外で働いているから、ここには居ないんだ」

「………そっか」


 視線を落として、そう返事する咲。

 僕は、しんみりした空気に、ちょっと耐えられなくて、

「お茶、取ってこようかな。咲は? いる?」

「……陽太が、さ」

「?」

「……人が、いなくなるのに、慣れるなって」

 ……?

 言ったっけ。

 咲は、ふと、

「私が、辛かったときに、言ってくれたじゃん?」

「……言ったかな」

「……言った。……それって、昔を思い出してって……こと? だったんかな」

 僕が言っていたとすれば、多分そうだろう。

 僕は咲に、柔らかく頬を上げて、

「……咲は、いま、楽しい?」

「……うん」

「よし。なら、それで十分」

 と、お茶を取りに、廊下に出る。


 咲は、陽太の部屋で、

「……私は、お父さんとお母さんが、そんな姿になったの、見てない」

 陽太は、お母さんが車に引かれたのを、直で見たと。 

 聞かされただけでも、胸が張り裂けるくらいに、辛かったのに。それを実際、目の前で見ていたら……。


(…………)


 私は、いつも明るい陽太に、尊敬が生えた。

 ……格好いいな。お兄ちゃんは。

 お茶を取りに、私も、陽太の後を追う。


「お兄ちゃん、お菓子も」

「お兄ちゃん⁉」

「……やっぱ、陽太でいいや」

「も、もう一回‼ お兄ちゃんって呼んでください‼」

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田舎の遊び @kenta12345

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