第一章『遊び」


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 第一章『遊び』


「うぉぉぉぉぉっ‼」

「ぐっはーっ‼ 参ったぁ‼」

「……陽太兄ちゃん、大人げなさすぎ」


 教室で。

 僕は、そんなことを言ってくる、小学生の寛太に、

「僕まだ中学生だもん。二年生だもん」

「俺らよりは年上だろっ!」

「うるさいっ! 一番年長者かもしれないけど、遊びは本気なんだ‼」


「もう一回やるよ」と言ったら、二人の男子はまた、消しゴムを持つ。

 消しゴム飛ばし。僕の小中一貫の学校では、この遊びが流行ってる。


「また男子、消しゴム飛ばししてるー」

「あれしか、やることないのかな。ねっ、神奈姉ちゃん」

「あははー、まあ、陽太達は、ファッションには興味ないだろうからねー」


 廊下側で、小学生の女子二人と話しているのは、神奈。

 この学校は、二クラスに分けられていて、それぞれ六人と六人。中学生はこっちのクラスに、僕と神奈しか居なくて、明らかに人選ミスだと僕は思ってる。

「隣のクラスの正真くんはねっ、落ち着いてて、格好いいんだ!」

「葵ちゃんも、凄い静かだよね! 頭が良いって感じの!」

「あははー、そだね」

「………」

 向こうは、頭がいいから、年長者は必要ないって判断されたのかな。

 僕が行っても、確実にクラスをうるさくさせただけだと思う。……そう考えると、名采配?

 そんなことはとりあえず考えないように、僕は寛太と悟と——

「次に負けたら、校庭五周ね」

「よ、よぅし、負けないぞ!」

「お、俺だって!」

 と、命運を分けた、ゲームを行おうとすると。

 ふと、着信音が、


「あ、電話だ」

「おととっ、タイミング悪りいな」

「俺達だけで、やっとこう」


 名前を見ると、婆ちゃん?

 僕は廊下に出て、本土に行っていたはずの婆ちゃんに——


『どうしたの? 婆ちゃん』

『ああ、陽太かい?』

『うん。そうだよ』

 電話先の婆ちゃんは、何やら困ってる? 様子。

 婆ちゃんに、

『? 何かあった? 声音が低いけど』

『……それがねぇ』

 と、僕は婆ちゃんから、何があったのかを聞く。


『—————養子っ⁉』

『連れて帰ろうと思ってるんだけど、陽太、今から帰ってこれるかい?』


 婆ちゃんの言葉に、僕は声を上げた。 

 婆ちゃんは、本土に、従姉のお葬式に行っていた。僕は面識がない人で、行ってもすることがないだろうからと、学校に行っていたけど。婆ちゃんは——

『子供を、育ててたみたいでね』

『育ててたって……、何歳で』

『あの人が生んだわけじゃないよ。他界した子供の』

『……ああ、そういえば、そんなこともあったね』

 何年か前だったっけか。

 婆ちゃんの従姉の、孫が事故で亡くなったと、婆ちゃんに聞かされた。

 夫と共に、同時に亡くなったらしく、婆ちゃんに、


『その方達の、子供を、育ててたわけだ』

『そういうことだね。一旦、家に帰るから。陽太、出来れば、学校を早退してくれるかい?』


 婆ちゃんの言葉に、僕は『分かったよ』と、そう返す。

 引き取っている子供は、どうやら僕よりも年下らしい。年齢が近い人が一緒に居たら、まあ話しやすくもなるだろう。

 僕はそのまま、教室に行って、担任の先生に——


「先生、早退します」

「え?」


                    ☆


 神奈には、「早退するよ」とだけ伝えた。

 クラスの子も居たし、説明するのは面倒と思ったから。

 メールで伝えておこうと、僕は文字を打って——


「ただいまぁ」


 帰っても、誰も居ない。

 まあ、婆ちゃんが、今は違うところに居るから、当たり前なんだけど。

 玄関を上がって、廊下を真っすぐ進む。突き当たりの、台所に入って。僕は冷蔵庫から、お茶を取り出して——


「養子、かぁ……」


 小さく、呟いた。

 お菓子の袋を取って、開けて食べていると。

 ガララッと、玄関が開く音がして——

「婆ちゃん、おかえり」

「うん、ただいま。ほらっ、入っておいで」


「………」


 現れたのは、子供にしては少し身長の高い、黒髪の少女。

 僕は腰を折って、少女に、

「こんにちは。婆ちゃんから聞いてるかな。僕はこの家に住んでる、唐沢 陽太」

「あたしの孫だよ。挨拶、できるかい?」

「………桐生、咲」

「咲ちゃんか。宜しくね?」

 やっぱり、まだ肩が強張ってる。

 僕は婆ちゃんに、話を挿げ替えて——


「婆ちゃん、また冷蔵庫用の布巾で、台所拭いたでしょ」

「……あらまぁ」

「あらまぁじゃないよ! 冷蔵庫は匂い移りしちゃうから、ちゃんと新品を使うんだ」

「こんな感じでね、陽太は、家の家事をしてくれる」

「ふっふっふ。僕にかかれば、家のあらゆる家事なんて、あっという間に終わるのさ」

「んじゃ、上がるべ」

「失礼します」

「………」


 隣を過ぎていく、婆ちゃんと少女。

 ポーズを決めたまま、僕は固まる。



 部屋の端で、携帯ゲームをする。

 別に話せないわけじゃない。けど、いきなり馴れ馴れしく話しかけたら、咲ちゃんにも迷惑を掛けてしまう。

 まずはゆっくり、この家を認識することが、大切だと思う。


 婆ちゃんと話しているのを聞くと、歳は小学三年生らしい。

 水樹ちゃんと同じ歳か。

 僕はゲームで、シュートを決めながら——

「陽太、咲ちゃんの、案内してやってくんねえか」

「? ああ、いいよっ」

「んじゃ、咲ちゃん。陽太に付いていっとくれ」

「……うん」

 コクリと、頷く咲ちゃん。

 ……ずっと、視線が俯いてるな。

 僕は元気に振舞って——


「よし! 咲ちゃん、何か好きなものとかある?」

「………」

「無いみたいだね‼ 家を案内するよっ‼」

「危険なとこには連れてくなよ~」


 まずは、庭に出る。

 ウチは柴犬を飼っているので、咲ちゃんに見せて。

 柴犬のポチでも、咲ちゃんはあんまり、元気を見せない。

「ポチ~、元気か~」

「ワンッ!」

「………」

「触ってみる?」

「……いい」

「クゥン?」

 大抵の人は、ポチを見ると触りたがるから、疑問の顔をするポチ。

 代わりに、沢山撫でてあげて。次の場所に。


「——ここが、台所」

「……」

「何でも、好きなものを、勝手に食べていいからね。お菓子食べとこ」


 お菓子の包み紙を、また取って。

「咲ちゃんもいる?」と、出すと、「……要らない」と、そう返す咲ちゃん。

 お菓子を食べながら、僕は——


「じゃあ、次っ!」

「………」



「——この道を真っすぐ歩けば、家に帰れるからね」

「………」

 家の中は、案内しつくして。

 後は、どこに行っても、家が分かるように、帰り道だけを教えておく。

 咲ちゃんは、その間、ずっと話さない。

 自転車を指さして——

「あの自転車、勝手に乗ってもいいからね。基本、僕と婆ちゃんは、歩いてどこかに行くし。使わな——」

「———別に」

 言葉の途中で、咲ちゃんが口を開く。

「?」、僕は、首を傾げて、隣の咲ちゃんを向くと。

 続けて、


「……案内、とか。しなくてもいい」

「……?」

「……どうせ。すぐに、居なくなっちゃうんだし」


 ……居なくなっちゃう?

 疑問の表情を浮かべる僕に、咲ちゃんは口を開いたついでか、そのまま——

「……お父さんも、お母さんも。……婆ちゃんも」

「……」

「……皆、私を置いていく。……もう、慣れた」

 っ!

 ……慣れた、なんて。

 こんなに、小さな子供が。


「………だから——」

「慣れなんて要らない‼」

「………?」


 つい、声をあげてしまう。

 僕はハッと、口を押さえて、咲ちゃんに、

「……あっ。ごめん……。いや、あれだよ?」

「……?」

「……そうだね。そういうのは、言っても分からないかな」

 いきなり、名言じみたことを言っても、まだ分からないだろう。

 小学三年生。大人でも、名言を直接受け取るのは難しい。まず名言を吐けないし。

 僕は頭を回して、腰を下ろして——


「……難しいことは、僕は馬鹿だから、言えないよ?」

「………」

「……でも、人が居なくなるのが、慣れるなんて、そんなこと言わないで? 僕はそういうのは、寂しいな」

「………」


 丸い目をして、僕の顔を見つめる咲ちゃん。

 ……何というか、辛気臭い話をしてしまった。

 僕はゆっくり立ち上がって、咲ちゃんに、

「ほら、家に帰ろう?」

「………」

「唐沢家っていうんだ。ここが、咲ちゃんの家だよ」

 手を繋いで。

 僕は家に、そのまま向かう。


                     ☆


「あははー、この人面白いな」

「………」

「陽太ーっ、牡蠣剝き、ちょっと手伝ってくんないか」

「今忙しいーっ」

「………」


 テレビを見ながら。

 この時間は、ニュースとか、主婦様向けの番組があって、少し珍しい。

 今の時間は、普通なら五限目。僕は、

「あっ、今日は、五限までだったっけ」

「………」

「宿題、なんかあったっけ———?」

 ふと。

 携帯に、メールが入る。


『今から行く』


 宛先は……神奈?

 僕は、

「……あ。咲ちゃん、友達が来るらしいんだけど、あげていい?」

「……(コクリ)」

「婆ちゃーん! 神奈が、家に来るんだってーっ」

「おーっ、あげてけ」

 台所からのそんな声に、僕は「んーっ」と、返事をする。


「——理由ぐらい言ってけよー」

「子供達も居たからねー。面倒くさくなるかなと思って」

「なんだよ面倒くさいって————?」

「だってさぁ」


 廊下を歩いて、居間に入る。

 神奈は、咲ちゃんを見たのか、目を丸くして——

「……こんばんは」

「……こんばんは」

「養子を引き取ったなんて、何て説明すればいいんだよ」

「………養子?」

 ひそひそ話みたいになるのもあれなので、そのまま居間で話す。


「——はー、そんな理由が」

「……今、思ったけどさ」


 僕は、咲ちゃんの、少し離れた場所に着いて。

 掌で、演出をして、

「僕に、妹が出来た、ってこと?」

「いや、理解遅いな!」

「何と! 兄妹が一人も居ない僕に、妹がっ」

「どこから持ってきた? え、それ全部あげんの?」

 大量のゲーム機とソフト。咲ちゃんにあげよう。

 僕はとりあえず、それを地面に置いて。神奈に、

「そういえば、早かったね」

「今日は四限授業だよ?」

「あれっ、五限じゃなかったっけ」

「やっぱり、見てなかったなぁ?」


「…………」

 二人が、話す中。

 咲は、陽太が置いたゲームソフトを、じっと見つめていた。


「——んじゃっ、理由も分かったし、アタシは帰るわ」

「もう帰るの?」

「初めて、今日来たんでしょ? あの子。アタシらがうるさくしてもあれじゃん」

「……神奈は、気遣いが出来る人だよね」

「ははっ、何だそれ。じゃあな」


 玄関の先で。 

 手を振る神奈に、僕もそれを返す。

 

 引き戸を開けて、家の中に戻って。

 左の、襖に入って——

「……僕も、一旦部屋に行こかな」

「………」

 ゲーム機を片付けながら、小さく呟く。

 ずっと、咲ちゃんは、部屋の隅に居たまんま。

 いきなり、他人の家が、自分の家だと言われて。急にここに住むことになって。

 まあ、理解も追い付かないだろう。


 一人にさせた方がいいかなと、僕は居間を出ようとすると。

 咲ちゃんが、ふと——


「……陽太、で、いいの?」

「……?」


 口を開いた。

 僕はゲーム機を持ったまま、振り返って、

「お兄ちゃんって呼んでくれると、僕は心臓が破裂する」

「じゃあ、呼ばない」

「呼ばないか……。どうしたの?」

 そう、尋ねると。

 咲ちゃんは、テレビを指さして。

 僕に——


「『サイライト』」

「……?」

「……その、ゲームソフト、やりたい」


 と、そんなこと。

 サイライトって、あれか。頭脳系の。

 買ったけど、やり方がまず意味が分からなくて、すぐに放棄したゲーム。

 咲ちゃんに、

「難しいよー? これ」

「……うん」

「……じゃ、やろっか」

 テレビゲームソフトなので、僕はゲーム機をセットして、その画面を付ける。



「これが——? ここで——?」

「………そこ」


 咲ちゃんは、天才だった。

 サイライトは、アイキューを試すゲーム。パズルとか迷路とか、様々なメニューがあって、いとも簡単に——


「……凄い。僕が何時間もやって、分からなかったのに」

「………」


 サイライトをやりたいと言ってたのに、やっているのは僕。

 僕がやってるのを見たいと言ってたので、咲ちゃんに、

「咲ちゃんは? やらなくていいの?」

「……私は、いい」

「? そう? じゃあ、次は——」

 と、僕はまた、メニューを選択する。

 ……咲ちゃんが居れば、全クリ出来るんじゃないか?

 そんなことを考えていると、咲ちゃんは————


『お婆ちゃん! そこは、こっちの場所に行くの!』

『こうかい? 難しいねぇ』

『難しくないよ? 簡単だよっ!』

『咲は、やっぱり頭が良いんだろうねぇ。ここかい?』


「…………」

「……あっ、落ちた」

 頭を使うのも難しければ、操作するのも難しいな。

 僕は『再チャレンジ』と、ボタンを押して、咲ちゃんに、

「次はどうすればいい?」

「……上から、突破してく」

「僕でも分からなかったのに。やっぱり、咲ちゃんは、頭が良いんだろうね!」

 これを———こう?

 複雑な迷路を、僕は頭が良くなった気分で、解いていきながら。

 咲ちゃんは、

「こっちに行ったら………あっ、落ちた」

「………」

「難しいな……。よしっ、次」

「………」

「あっ、落ちた」

「……ぐすっ」

 後ろで、ふと鼻をすする音が聞こえる。

 僕はまた正解を聞こうと、後ろを向くと。

 咲ちゃんが、


「っっ⁉ ど、どうしたの⁉ 大丈夫?」

「……ぐすっ、ひぐっ———ずずっ」


 ゲーム画面を見て、号泣している咲ちゃん。

 ……あれか。色々、思い出しちゃったかな。

 僕はティッシュの箱を、咲ちゃんの近くに置いて。咲ちゃんは、

「うっ——ひぐっ——」

「思い出しちゃった? ごめんね?」

「……ぐずっ、くっ——」

「僕は、部屋を出とくから。好きにゲームして——」

 と、立ち上がろうとすると。

 咲ちゃんに、服の袖を掴まれた。

 ……誰かに、居てほしい、か。

 僕は正面に、咲ちゃんにティッシュを渡しながら——


「優しい人だったんだね。沢山泣いていいんだよ」

「ぐっ——ひぐっ——」

「はい、涙拭いてー。ちょっと全クリしないといけないから、咲ちゃん頼みだよっ」


 こんな時に言うことではないのかもしれないけど。

 こんな時だからこそ、少し気が紛れる。僕の父さんも、そうだった。

 僕は——


「大切な人はね。ずっと見守ってくれてるんだ」

「……ぐずっ、ひぐっ」

「優しい咲ちゃんのこと、優しい他の皆も、絶対に見てくれてる」


 しばらく、咲ちゃんは泣いて泣いて。

 涙が枯れたのか、少し無気力になった。

 いつの間にか、手を繋がれてて。僕は離して——


「んじゃ、ゲームに戻ろうか!」

「……?」

「全クリしたいからね! 咲ちゃんの力があれば、きっと出来るよっ‼」


 まあ、ゲームのことは、正直そんなにどうでもいいけど。

 咲ちゃんは、僕を見ると、くすっと笑って。それで——


「……そこ、左」

「……あぇ? 違った」

「……嘘」

「……嘘?」


 振り返ると。

 咲ちゃんは、天使みたいに、僕を見て笑ってた。


                    ☆


「陽太、もっと食べて」

「ピーマンばっかり乗せないでくれる? お皿が緑色になってる」

「これも」

「あっ、ニンジンも」


 夕食時。

 隣に座った咲ちゃんは、僕に、

「好き嫌いばっかしてると、大きくなんないよ?」

「咲ちゃんにそれ言われる?」

「咲。咲ちゃんじゃない」

「あ、ごめんね? あと白菜乗せないで?」

 野菜が苦手なのかな。

 お皿に乗せられた野菜を、僕は口に入れていると。それを見ていた婆ちゃんが、


「いつの間に、そんなに仲良くなったんだい」

「咲がね? 沢山泣いたら、ケロッと直って——」

「泣いてないから」

「え」

「……っ。ははっ、そうかい」


 婆ちゃんは優しく笑うと、僕のお皿に、ハンバーグを乗せてくれる。

 僕は感謝を伝えて、それを食べて。

 隣から、咲がティッシュで、口元を拭いてくれて——

「そういえば」

「?」

「咲は、ここの学校に通うの?」

「そうだねぇ。前の学校は、もう通えないだろうし」

「そっか。咲、明日一緒に行ってみよっか」

「?」

「仲良くなっといたほうが、良いと思うし。顔合わせも兼ねてさ」

 クラスでいきなり会うよりかは、遊びで一度、会ったほうが、馴染みやすい気がする。

 咲にそう言うと、咲は「分かった」と、頷いて。

 僕はハンバーグとご飯を平らげる。


「咲のハンバーグもらいっ」

「あっ!」



 咲の部屋は、僕の隣。

 爺ちゃんの部屋だった場所を、使って、咲に、


「おやすみ」

「……ん、おやすみ」


 と、扉の前で、別れる。

 

 しばらくすると。

 部屋の戸が、ノックされて——

「婆ちゃん? 今ゲームしてるから、用事ならメッセージで——」

「………」

 言うと。

 ガチャッと。ヘッドフォン越しに、扉が開く音が聞こえて——


「?」

「……ゲーム、してんの」


 咲だった。

 咲は、僕の隣に着くと。小さいモニターを見て、

「何のゲーム?」

「咲、もう子供は寝る時間だよ。また明日ね」

「陽太も子供じゃん」

「中学生は、もう大人なんだよ?」

 何か、矛盾を思い出したけど。

 まあいい。僕は、咲を部屋に返そうと、扉に促すと——


「ゴキブリ」

「?」

「ゴキブリが出た。だから、こっちで寝かせて」


 見上げて、そんなことを言ってくる咲。

 ゴキブリって。そんな小学生じゃないんだから。小学生だったね。

 僕は「分かった」と、ベッドを指して、

「じゃあ、僕がそっちで、今日は寝るから。僕の部屋のベッド、使っていいよ」

「………」

「あ、ゲーム機だけ、電源切っとくね。——よしょ。じゃ、おやすみ——」

 部屋に向かおうとすると。

 袖を、掴まれる。

 咲は、

「一緒に寝たい」

「……?」

「……駄目?」

 上目遣い。

 何とも可愛い。兄妹って、こんな感じなのか。

 

 僕は父性が、初めて芽生えて、咲に、

「じゃ、僕はクッションで寝るから。一緒の部屋で寝よっか?」

「……んっ、分かった」

 そろそろ、ゲームも終わろうと思ってたので。

 部屋の電気を消して、僕は掛布団を持って、


「おやすみぃ」

「……んっ、おやすみ」


 クッションに背中を倒して、瞼を下ろす。

 明日は土曜日。授業はないけど、皆多分、学校の校庭で遊んでる。


 ——陽太が、眠りについた頃。

 咲は、立ち上がって、陽太の隣に——


「………」


 寄り添って、静かに瞼を閉じる。


                    ☆


 ——朝食中。

 婆ちゃんに、


「そういえば。養子になっても、咲の旧姓は、桐生さん? なの?」

「そうだねぇ。咲ちゃんが、選びたいほうを、選んでくれていいけど」

「………」

「まあ、分からないか。桐生さんって名前のままでも、僕はいいと思うよ?」


 名前が変わるって、結構不安があるだろうし。

 僕の言葉に、咲はふと、視線を落として。

 僕に、

「………唐沢」

「……?」

「……唐沢に、しとく」

「っ! ……そっか」

 僕は微笑んで、婆ちゃんにも伝えて。

 朝食の焼き魚を、口に入れる。


「旧姓じゃなくて、現性、ね」

「現姓?」

「旧姓は、前の名前」

「……そうなんだ」


 歳が離れた妹に、知識を教わる。



「いつ頃、行くん?」

「神奈が、もうすぐ来ると思うよ。その時に行こっか」


 食事を終えて。

 居間でダラダラしていると、咲が、

「………」

「……? どうしたの?」

「……別に」

 隣で、頭を肩に預けてくる。

 やだ、なに? 凄い可愛いんだけど?

 ……これが、父性か。僕は胸の温かみを、存分に感じていると——


「すみませーん」

「あっ、来た」

「………」


 咲が、ちょっと不機嫌な顔に。

 玄関に行って。

 引き戸を開けると——


「……いつ、そんな仲良くなったん」

「それ、婆ちゃんにも言われた」

「………」


 隣で、手を繋ぐ咲。

 神奈はそれを見て、腰を曲げて——

「アタシ、此代 神奈! 昨日会ったんだけど……」

「……」

「覚えてないか! 宜しくね?」

 微笑みかける神奈。

 咲は、「……宜しく」と返して、僕は神奈に、

「じゃ、行こっか。ボール持ってったほうがいいかな」

「どうせ、寛太とかが、持ってきてるって」

「念のため。部屋に取ってくるから、ちょっと待ってて」

 咲と手を離して。

 僕は二階に、階段を上がっていく。


「咲ちゃんは、何年生?」

「……三年」

「そっか。三年だったら、水樹ちゃんと一緒だな」


 神奈のそんな言葉に、何とも返さない咲。

 神奈は、優しく口角を上げて、咲に、

「皆、優しいから。すぐに仲良くなれると思うよ」

「……」

「陽太みたいなの、ばっかだから。……特に、ウチのクラスは」

 そんなことを話していると、陽太が降りてくる。 

 陽太は、ビーチボールを持って——


「それっ! サッカーボールじゃないっ‼」

「え? ああっ、いつの間に……」

「入れ替わってもないから。ほら、早くサッカーボール持ってきて」

「らじゃっ(びゅーんっ)」

「ったく……」

「……ふふっ」


 二人のやり取りに、ふと笑いが込みあげる、咲。


                    ☆


「土曜日って、素敵な響きだよね」

「そうか?」

「………」


 学校までの道を、歩きながら。

 僕は、神奈の隣で、

「神奈、咲の足元、ちゃんと見ててね。怪我したらいけないから」

「何でアタシが真ん中?」

「同性同士のほうが、歩きやすいのかなと思って。咲ー、石とかがあったら、言うんだよ?」

「……言う必要ある?」

「ほら、咲ちゃんも不機嫌になってる」

 神奈と手を繋がせて、僕は左端。

 僕は遅刻することも多いから、神奈との登校に、慣れてもらわないといけない。

 僕は、

「僕はボール持ってるから、手、繋いであげられないし」

「……三年生だし。手、繋がなくていいし」

「そだよねー。アタシの頃も、手なんか繋がなかった」

 と、ふと離す二人。


 しばらくすると、校舎が見えてきて。

 咲に、

「あそこが、僕達の学校」

「春ヶ丘学校って言うんだよ。道も真っすぐだから、覚えられやすいでしょ」

「春ヶ丘……」

 咲が小さく復唱するけど、由来なんか、僕も知らない。

 歩いていくと、校庭に着く。案の定、学校の生徒たちは、土曜日にもかかわらず、ここに集まって遊んでいて——


「おはよー」

「あっ、陽太兄ちゃん!」

「おはよう」

「神奈姉ちゃん! おはよう‼」


 子供達が、挨拶を返してくれる。

 ふと、神奈の隣に居る、少女に目がいったのか。 

 悟が、

「? 誰?」

「新しく転入する、この学校の生徒」


「「「新入生っ⁉」」」


 全員、目を輝かせる。

 子供同士での交流のほうが、良いと思ったので。

 僕は、神奈と、校舎に——


「いやぁ、やっぱり。ここの子達は誰でも仲良く———?」

「…………」


 僕の後ろに、咲が付いてくる。

 子供達は、置かれたのか、そのままこっちを見ていて。

 興味が移ったのか、ボール遊びや、縄跳びに、また向かう。

 咲に、

「……? どしてこっち来た?」

「………別に」

「まあ、緊張するよね。ちょっと、座る?」

「……ん」

 神奈の言葉に、咲は応じる。

 ……緊張、か。

 確かに、それはすると思うけど………


「皆―っ‼」

「「「?」」」


「咲が鬼で、鬼ごっこ、するよーっ‼」

「っ⁉」

「「「おおっ‼」」」


「な、何⁉」と、服の裾を掴んできて。

 僕は、ニッと、口角が上がって——


「タッチされたから、僕が鬼―っ‼」

「逃げろーっ!」

「きゃあっ‼」


 僕は子供達に、走り出す。


「……何だったん」

 いきなりのことで、心臓がバクバクする咲。

 そんな咲に、神奈が隣から、

「一緒に、遊びやすくしたんじゃない?」

「っ」

「ほらっ、鬼ごっこ。してき? 楽しいよ?」

 陽太に、座っていた神奈がタッチされる。


「あっ⁉ やったなぁ‼」と、神奈も飛び出して。

 それを見ていた、咲は、

「………ふっ」

 口から、空気が漏れて。

 そのまま、校庭に走り出した。


                   ☆


「じゃあね。バイバイ」

「……んっ、バイバイ」


「「……」」

 

 子供の成長を見る、親の気持ち。

 鬼ごっこを終えて、咲は他クラスの、水樹ちゃんと仲良くなって。

 お昼ご飯の時間なので、咲は戻ってきて、

「………何」

「いやぁ? 何もぉ?」

「(ガシッ)」

「痛い⁉」

「陽太が悪い。帰ろっか、咲ちゃん」

「……神奈姉ちゃんも、咲でいいよ」

「いいの? じゃあ、咲!」

「膝の下を蹴るのは辞めてね? かなり痛いから」

 学校の、門に向かう。


 神奈は、「用事、思い出した!」と、町に向かった。

 まあ、町っていっても、お店が数えるほどしかないけど。

 お昼ご飯を食べたら、また行くと伝えられて。

 咲は、


「……陽太」

「んー、どうしたの?」

「………あんがと」

「………何が?」


 聞くと、咲は、

「……楽しかった、から」

「っ! そっか」

 田んぼ道を歩いて、家に帰る。

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