第28話 元プロさん、徹底的に潰す

 マイゲム本社に入り、早速受付に向かう。


 以前のように顔パスで行こうものなら、一発で警備員行きだからね。


「やぁ」

「や、やぁ……? えと、本日はどういったご要件で?」


 あまりにフランクな俺の挨拶に、受付の女性は一瞬困惑した様子を浮かべつつも定型文を口にする。


 ってか、この人──……


「いやいや至ってふつーの要件ですよ、受付さん──いや、佐倉さん」

「えっ……!? な、なぜ私の名前を!?」

「名札見たので」

「なんで『え、以前から知ってますよ?』感出したんですか」


 ちょっとやりたくなってしまった。

 でも、そうじゃなくて──


「俺のこと、覚えてません?」

「え…………あ、あぁ!! あ、す、すいません。も、もしかして……elleさん、ですか?」


 佐倉さんは急に大声を出してしまい周りの人が驚いてしまったので、彼らに「すいません」と頭を下げながら小声で俺に確かめてくる。


 やっぱり、3年前と同じ人だったようだ。


「も、戻ってきてくれたんですか!?」


 この人は昔から俺のことを気にかけてくれてた。

 今となっても感謝しかない、マイゲムでも信用できる人だ。


 というか、佐倉さんはおそらくマイゲムの裏を知らないのだろう。


「いや、戻るつもりは無いです」

「え……では、今日は何を……?」


 正直にすべてを伝えていいものか、一瞬考えたがこの人には良いだろう。


「まぁ簡潔に言えば──終わらせに来ました」



 ◇ ◆ ◇



 佐倉さんにはすべてを理解してもらい、マイゲムの1日パスを2人分もらった。


 どうやら佐倉さんも事務所の方針に少し不信感を抱いていたみたいだが、受付という立場上、確信には至らずじまいだったようだ。


 あと、俺がチームを抜けたのは俺の勝手な気持ちの変化と伝えられてたらしい。


 実際は、俺がマイゲム側に何の利益ももたらさないから、マネジメント料払いたくなかっただけだというのに。


 多分俺の知名度を営利に利用したかったんだろうが、いつまで経っても『マイゲム』ではなく『elle』の応援に止まっていたことが原因だろうけど。


 契約を結ぶときにちゃんと俺は、学生なので配信や書類などの仕事はできませんと伝えて、了承も得たというのにな……。


 また、佐倉さんは俺の昔のマネの今日の仕事も教えてくれた。


 大きな予定は受付も知っているらしく、あのマネは今日ナルクと活動方針の打ち合わせらしい。


 ってか、今は結局ナルクのマネになったのか……。


 ナルクとは関わったことがないが……まぁ今回問題なのはあの男だ。


 俺たちは早速佐倉さんに教えてもらった部屋に向かった。


 なんの運命なのか、俺がマイゲムを抜けた部屋と同じだった。


「さ、行くか」

「え、待て待てなんも準備しねーのか。もっとこう、なん──」


 アミアがなんかボソボソ言ってるが、俺は右手でドアノブを下げながら蹴破った。


「たのもぉー!!!」

「だせぇー! 手を使うのはだせーよ!」


 おい、ガヤうるさいぞ。


「だ、誰だ! 重要会議と使用中の札を下げてたぞ!?」

「え、何のことでしょう?」


 ただちょっと裏返しただけですけどね……何を言ってらっしゃるのか……。


「……あの……マジで誰すか?」


 俺が茶番をしてると、マネの男の前に座っていた青年がおずおずとした様子で口を開いた。


 この部屋には俺たちを除いて2人しかいないので、おそらく彼がナルクなのだろう。


「──って、おやおやぁ? 誰かと思えばelleさんじゃないですか。3年ぶりですかね?」

「こ、こいつがelleなのか!?」


 しかし、マネの男は乱入者が俺だと分かるやいなや、分かりやすく口元を緩めながらそう言った。


「今認めれば、厳重注意で帰ってあげますけど、どうします?」


 俺は形式上、最後の確認と注意喚起を行う。


 だが──


「え、私が何を認めればいいんですか?」


 そりゃ、しらを切るよな。


「わっかりましたぁ!」

「!?」


 俺がはっちゃけたような声で返事をすると、マネの男が空気を震わすことなく驚いたような表情になる。


 いやぁ、なんにも学んでないんだろうなぁ。



 ────俺がこの3年間、あの過ちを繰り返さないためにどれだけを集めたのか、知らないんだろうなぁ。



 俺はポケットからスマホを取り出し、ある画像を見せる。


「あんた、ツイッターやってるよな?」

「? まぁそれがマイゲムの方針ですからね」


 マイゲムでは、選手のマネージャーはツイッターをやることが必須で、選手の情報やマイゲムの告知などを行っている。


 事務所とファンの間の壁が薄いのは、マイゲムの信用を勝ち取っている理由の一つだ。


 というか、このマネの男のような人間性のやつは多分一部なんだよな。


 ほとんどは佐倉さんみたいな人なんだろう。


 まぁそれはおいおい解き明かせばいいか。


「いやぁ、実は俺、知り合いにが詳しい人がいてですね?」

「そういうの、ですか……?」

「そう、そういうの。詳しく言うと──IPアドレスの特定をすることができる立場にいる人、ですかね?」

「────ッ!?」


 IPアドレスとは、インターネットやローカルネットワーク上のデバイスを識別するための一意のアドレスである。


 まぁ簡単に言えば、別垢の所有主を特定できるものだ。


「そ──それがどうしたんですか? 何かツイッターで事件でも?」

「本人なら1番分かってるでしょうに」


 はぁ……、と大きなため息を挟んでから。



「──もうネタは上がってんだ」



 俺の一言とともに、俺の偽物の笑顔とこの部屋の温かみが消え失せた。


 そして次に、例のDMを見せつける。


「これを送ってきたアカウント、今はもう消されてるが、これとあんたのアカウントのIPアドレスが同じことは分かってんだ」


 マネの男の余裕の笑みが消えた。


 だが、まだ諦めていない様子だった。


 さて、どう出る────?


 俺がそう思っていると────






「──大変申し訳ございませんでした!!!」






「は?」


 抵抗することなく潔く謝罪したことに、俺は思わず腑抜けた声をもらしてしまった。


「このナルクが世界大会に行けなかった悔しみの衝動でつい……! 今回こうなってしまい……十分に罰を受けるので今回は許していただけないでしょうか……!!」


 そうきたか────。


 今回の不祥事以外──ナルクとアミアがいる場だから、3年前俺にしたことは無かったことにしようというわけか。


 あぁ、そうか────




 よかった、3年前と何も変わってなくて。

 なんの未練もなく、最終手段に手を出せる。




 見せていたスマホ取り下げ、ある人に電話をかけた。


「──お願いします」

『改心しなかったのか』

「こいつは今後も繰り返しますよ」

『分かった』


 今、この部屋のすぐ外で待機している人物と話した。


「一体誰に電話してるんですか……? 私用なら後に────ッ!?」


 ガチャ、という音とともに1人の男が部屋に入ってきた。


「忙しい中、ありがとうございます」

会社うちの今後のためだ」


 そこにいたのは──マイゲムやSTAR SKYの親会社である、COLOR GamingのCEO──工藤くどう康一やすかずであった。

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