第14話 元プロさん、覚醒の時

『クソッッ!!!』


通話越しにアミアの激しい悔しみの声が聞こえてくる。それとともに、バンという机を叩く音も。


「いやまだ…………蘇生がまだ!!」


俺はすぐにアミアのもとに駆けつける。


FLOWでは、体力が0になると"ダウン"という状態になりその場に倒れ込む。


ダウン体は動くことが出来ず、また100ダメージを食らうか、その状態で30秒経つと"ノックダウン"となる。


ダウン体の場合は、味方がダウン体に蘇生コマンドをすることで蘇生をすることができる。


しかし、蘇生できずにノックダウンになると、ダウン体は消滅し、かわりにバナーというアイテムが出現する。


90秒以内に味方がバナーを回収すると、マップにある特定の場所でのみ蘇生を行うことができる。


つまり、今から30秒以内に蘇生をしたいということ。


だが────



ドンッッッ!!!



俺が蘇生を行うよりさきに、再装填リロードを終えたスナイパーの銃声が鳴り響いた。




aMa……ノックダウン スナイパー(187m)




俺の目の前で、アミアがバナーになってしまった。


「いやまだ……」


バナーになったからって、まだ蘇生ポイントに行けば……!


アミアのバナーを速攻で回収し、先ほどの敵からの弾幕を気合いで耐えながら岩裏に体を潜めた。


『…………だめだ。もうリング内での蘇生だめだ』

「クッ────!!」


リング内にある蘇生ポイントはあと1つ。だがその場所は──リングの中心。


俺が蘇生を行っている間は棒立ちになってしまうから、その隙に集中砲火されてジ・エンドになる未来など見えきっている。


つまり、蘇生は────不可能だ。


『すまない』

「……いやあれはどうしようもない。あの撃ち方は完全に運任せだった」

『だが、それでも──これからはお前1人だ』


そう、なのだ。


これから試合は終盤に入ろうかというタイミングでの、アミアの離脱。


アジアのトッププレイヤーしかいない試合で、これから俺はソロデュオを強いられる。


状況は最悪だ。


:おいおいおい…………

:さすがにきつくないか……?

:まだ15チームいる

:厳しいな

:まぁまだ1試合目だし、2試合目以降でどうにか挽回しないとだな

:そうだな……

:レイたちだから勝手に全試合チャンピオンが前提になってただけだもんな

:あと2キルか3キル稼げれば上出来か


『死んだのがお前じゃなくて俺なのが救いだな。IGLなら死んでる方がやりやすい』

「ま、そうだな……頼んだぜ、相棒」


なってしまったことは仕方がないので、俺は大人しく気持ちを切り替えて言った。



『────なんて前置きはどうでもいい』



しかし、アミアからの返答は違った。


「──は?」


どういうことだ? 何を言い出したんだ?


『俺は最低限のサポートだけする』

「何を言って────」




『これからはレイの──いや、elleお前の時間だ。狂犬、昔のように暴れ回れ──ッ!』




「ッ!!!」


まるでイナズマが落ちてきたかの如き衝撃がくる。


そして、その電気は全身を駆け巡り、古き記憶を掘り返した。



──────────



『初代FLOW世界王者に輝いた異次元の狂犬、elleさんの登場です!』


MCを務める超有名声優の声が配信に響き、俺は『【生放送】FLOW Global Championship【日本公式】』の配信に降り立った。


「どうも、elleと言います」


同接20万人を超えるこの配信に俺の声がのると、凄まじい速度でコメントが流れ始めた。


もはや追うことなど不可能だった。


『改めて、13歳という若さでFLOW世界王者に輝いたこと、本当におめでとうございます!』

「ありがとうございます」

『つい先ほど、手に汗握る試合が幕を閉じたばかりですが、いかがでしたか?』

「そう、ですね……俺もまだ実感が湧かないところはありますが、まずは楽しかった、ですかね」


普段は味わえないような緊張感。

すべての責任が自分にしかのしかからない重圧。


そのすべてがなにより新鮮で、楽しかった。


『それにしても……いつ見てもすごい戦いっぷりでしたね……!』

「そう、ですか?」

『ええ、もちろん!! ほら、視聴者もみんな言ってますよ!』


そう言われて俺もコメント欄を遡ってみる。


:なんだこれwwwww

:プレイに自信が満ち溢れてる……

:かっけえな、ほんとに

:ソロだからこそのプレイングというか

:ほんと、狂犬だよな

:目に見えたものすべてを破壊していく……

:傍若無人なのにどれも無理やり最適解に変えていく……

:真似できんなこれは


どれも、俺のプレイスタイルを賞賛するものだった。


『自分の対面能力に自信しかないようにも見えますが、やはり今までの積み上げの成果というか……』

「それもあるにはありますが…………」


なんというか、と少し考えて、俺の気持ちを簡潔に伝える。


「FLOWは対面のゲームです。だから、自信があるのは当たり前のことではないですか?」


俺のこの意見には、理解されなかったのか共感出来なかったのかして、すぐに話題が変わった。


『来年からはデュオ大会に変わるとのことですが、来年も出場してくださいますよね!』

「一応そのつもりです」

『その場合、相方とかってどうやって選ぶつもりですか?』


相方。そうだな、まだ考えてなかった。


まぁでも。




『俺をある程度理論的に動かしてくれそうな人ですかね。ただまぁ、抑えつけられるつもりはありませんよ。だって──』


俺は一息挟み。


『──俺は、狂犬だからな』



──────────



「……ありがとうアミア」


すっかり忘れてしまっていた。すっかり協力ごっこに堕ちてしまっていた。


『おいおい、お礼を言うのは俺じゃねえか?』


アミアがハッと笑いながら言う。


──その裏で、敵の足音が近づいてくるのが分かる。アミアを倒した敵のものだろう。


俺はSMGを構え、敵襲に備える。



『今まで抑えつけられてくれててありがとな』



ダダダダダダダダダダダダダダダッッッ!!!!


敵の姿が見えるとともに、俺はSMGの引き金を引く。


キャラを操作する左手は、敵の弾丸がすべてスローに見えてるかの如き精密さで動く。


前、左、ジャンプ、右、しゃがむ、ジャンプ──。


ガッタガタに揺れ動く画面のなか、カーソルは敵だけを完璧に捉えていた。


そして、SMGの弾が切れるとともに、1


しかし、敵はまだいる。俺は一度リロードを挟まないといけないため、大きすぎる隙ができてしまう。


「──ここが、岩裏じゃなければな」


一瞬右に動き、岩に当たる寸前にジャンプして、すぐに左にキャラを動かす。


すると、絶妙な慣性が働き、キャラが斜めに傾きながら、通常歩けないはずの岩に着地する。


このタイミングでジャンプすると、システムに存在しない動きをした反動が加わり、10mほどの距離を



実戦での成功確率など0に等しい、最高難易度のキャラコンである。


その名も──。


「elle式、岩蹴り」


何が起こったか分からず岩を見つめる敵の背後から、空中でリロードを終えたSMGが再び火を吹いた。


それに気づいたときには、時すでに遅し。


──チーム壊滅。1v2クラッチである。




「あぁ、これだ。来た敵見つけた敵、すべてを破壊する。俺が────狂犬だ」




俺は極限状態ゾーンに入るとともに、覚醒を果たした。

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