傭兵崩れと姫騎士 ~禁忌を施された少女と正しくありたい少女~

笹塔五郎

第1話 優秀な兵士

 ――少女、セフィア・ロードベルが初めて人を殺したのは十歳の頃だった。


「この小娘ガキを殺せば、俺は自由になれるんだな?」


 枷を外された男が問いかけた。

 そんな男の問いに答えるのは――騎士の正装に身を包んだ人物。


「ああ、君は殺人の罪で極刑を言い渡されているが、恩赦という形で認めよう」

「恩赦、ね。この小娘は何をしたんだ?」

「何もしていない。もっとも、これから何かをする可能性はあるがね」

「は?」

「君が気にすることではない」


 そんなやり取りを前にして、セフィアが渡されたのはナイフ一本だけだった。

 全く同じように、目の前に立った男もナイフを持たされ――それなりの広さのある部屋の中で、セフィアは男と対峙することになる。

 

「……さてと、恨みはねえが、自由になれるって言うんならやるしかねえよな? 恨むなよ」

「……」


 セフィアは真っすぐ、男を見据えた。

 同じ得物であったとしても、体格が違いすぎる――白兵戦においては、分があるのは間違いなく男の方だろう。

 開始の合図などはなく、男はすぐにセフィアとの距離を詰めた。

 セフィアはナイフをかざしたが、男の蹴りをもろに腹部へと受けて、華奢な身体は簡単に吹き飛ばされる。

 持っていたナイフも、簡単に手放してしまった。

 すぐにナイフを拾い直そうとするが、男に踏みつけられ――それも叶わない。


「ぐ……っ」

「おいおい、本当にこの小娘を殺せば自由になれるのか? いくら何でも楽すぎるが……お前、本当に何もしてないのか?」


 男はまた、セフィアは蹴り飛ばす。

 ゴロゴロと小さな身体が転がって、仰向けになったところを思い切り踏みつけられた。


「か、は……っ」


 呼吸ができずに、苦しくなる――セフィアは口から血を吐き出して、痛みに表情を歪めた。


「どういうつもりなんだろうな? 何かの実験か? たとえば、本当は殺さなかったら――改心してるから許してやる、とか。まあ、俺にみたいな奴にそんなことする意味がないことは、俺が一番よく分かってるけどな?」


 セフィアを見下ろしながら――男は踏みにじるように足を動かす。

 ――この状況を楽しんでいるようにさえ見えた。

 意識が薄れ、このままでは確実にセフィアは殺されるだろう。

 その時、男は思い出すように語り始める。


「俺が最初に殺したのも、ちょうどお前くらいの子供だったよ」

「!」

「仕方なかったのさ。殺すつもりなんてなかったが……あまりに騒ぐからよ。ちょっと盗みに入っただけだったんだがな。その時に分かったんだが、俺は『気にしないタイプ』だったらしい」


 気にしないタイプ――つまりは、殺人を厭わないということだろう。

 嬉々として語る男に対し、セフィアの頭の中はひどく冷静であった。


「子供だろうが大人だろうが関係ねえのさ。殺しちまえば、同じ死体だからな」

「……おじさんは、悪い人なの?」

「なんだ、口が利けたのか。喋れないかと思ってたぜ」

「答えてよ、おじさんは――悪い人なんだよね?」

「そんなこと、聞かなくても分かるだろ? これからお前のことも殺そうとしてるんだぜ? まあ、せっかくだ。もう少しくらい楽しませてもら――うおっ」


 突然、男がバランスを崩す。

 ぐらりとその場に尻餅を突いた。


「っ、一体何が――は?」


 男は間の抜けた声を漏らす。

 視線の先――視界に入ったことでようやく気付いたようだ。

 セフィアを踏みつけていた足が、膝下からなくなっているのだから。


「ひっ、ぎゃああああっ!? お、俺の足が……!?」


 出血と共に、痛みを感じたのだろう。

 その場でもがきながら――男はセフィアから距離を取ろうとする。

 セフィアはゆっくりと立ち上がると、そんな男を冷たい視線で見下ろした。

 その右手には――いつの間にか、血で濡れたような真っ赤な刀身の剣が握られていた。


「わたしがここでおじさんに殺されたら、おじさんはまた人を殺すよね? それは悪いことだから……だから――わたしはここで、おじさんを殺すよ」

「ま、待て! 待ってくれ……! お、俺はもう動けねえ! 頼む、許してくれ!」


 先ほどまでの余裕はどこへやら、途端に男は命乞いを始める。

 じりじりと、後退りながら――けれど、セフィアは男の殺意には気付いていた。

 まだ、握ったナイフを手放していないのだから。


「おじさんはわたしを殺さないと、ここから出られないんだよ?」

「で、出られなくていい! もう諦めた! だから、頼む……!」

「なら、そのナイフ――早く捨てなよ」

「……っ!」


 指摘され、男は表情を変えた。

 あるいは――セフィアが子供だからと、油断を誘うつもりだったのかもしれない。

 男はしばしの沈黙の後、


「こ、の……クソガキがッ!」


 怒りに身を任せ、セフィアに向かって思い切りナイフを振りかざした。

 ギリギリ、届くか届かないかの距離だろう――セフィアは、そんな男の腕を斬り飛ばす。

 ナイフを握ったままに、男の腕は宙を舞った。


「そん、な――」


 そうして、最後まで言葉を言い終えることもなく、男の首はころころと床を転がっていく。

 殺さなければ、セフィアが殺されていた――そして、男は自由の身となり、また誰かを殺すことになるだろう。

 これは、必要なことだったのだ。

 そうやって自身に言い聞かせながら、セフィアは振り返る。


「終わったよ」

「ああ、よくやった――あのまま迷って殺されるかと少し心配もしたが、杞憂だったようだね」


 そう答えるのは、先ほど男に説明を施していた騎士の男だ。


「君は何も間違ったことはしていない。あの男はクズで――生かしておけば、間違いなくこの国にとって災いになる。君は誇っていいことをした」


 セフィアのことを褒め称えるように言った――それを受け入れる以外に、セフィアにできることはない。


「そして、魔術も上手く扱えているようで安心した。この調子でいけば、君は優秀な兵士になれることだろう」

「……」


 男の言葉を、セフィアは肯定も否定もしない――ただ、この日からセフィアは男の言う『優秀な兵士』となるために、多くの人間を殺すことになった。

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傭兵崩れと姫騎士 ~禁忌を施された少女と正しくありたい少女~ 笹塔五郎 @sasacibe

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