第10話 夢に呪われる
ㅤそれを悠長に考えていられる時間は、そうない。
PCSの生徒募集が、締め切りに近いのだ。今を逃すともう半年待たなきゃならないし。
その前に何とかユイさんを説得できる材料が欲しいのだ、私的には――生き急いでいるかもしれない、だけど。
……水瀬さんが戻ってきた今度は、これが探索者になれる最後のチャンスなんじゃないか、そういう切迫が自分のなかにある。今決められないと、私は一生、探索者という夢に呪われ続けるんじゃないか?
そんな気がしてならないのだ。
*
一昨日の晩を想いだす。
水瀬は日を置いて、結のところへ戻ってくることになっていた。紡くん――あのひととユイさんの息子な少年は、まだ六歳。
食後の片づけで、小さい皿を洗い場へ運んできた彼の健気さに、軽く感激しながら……梛木は少年に、ある質問をした。
「ねぇつむくん、もしお母さんが男のひととお付き合いしてたら、どうかな?」
「え――なんか、やだ」
「ふぅん……」
紡くんが反対すれば、ユイさんはきっと、水瀬さんとの復縁など諦めるだろう。あの人は彼の“母親”なのだ、紡くんが不安を覚えるようなことはできない。
どうせ入籍もしていないのだし、そうなれば私にも、水瀬さんに名乗りを上げる機会がまだ残っているはずだ。
……昨日帰ってくるまでは、我ながら殊勝にもそう想っていられた。
だけど、ホーンピラニアを相手して疲れ切った私は、タワマンのエントランスで、水瀬の胸にいつまでも泣き縋るユイさんと、それを正面から優しく抱擁するあのひとを見てしまった。
「ユイさん――いい年して、恥ずかしくないの……」
(もう、八つ離れてるんでしょう?
そんなに年が離れたら、取り返しつかなくないですか、普通。
私はようやくあの頃のあなたたちに、身体だって追いついたはずなのに――もう背伸びしてる子どもじゃないハズなのに、どうしてまた遠くに行ってしまうんですか、水瀬さん)
水瀬はあの頃と変わらぬ姿で帰ってきたはずなのに、あの頃の“戦い”を経て、さらに成熟し――母親としてのユイさんを受け容れて、また私は取り残されてしまう。
「いつも優しいあの人、なのにチンケなわたし……ほんと最低だな」
水瀬が戻ってきて以来、ずっと浮ついていた心地に冷や水を被せられたが、それは私自身が勝手な期待をしていただけの話だ。胸の内に、静かな自己嫌悪が宿った。
あれを見せられて以来、ずっと頭の中がもやついている。
――水瀬とともに来て以来、九年近くを世話になったあの家、ここに私の居場所なんて、残っているものか。
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