第7話 アミュレット・ロウ
派遣会社は低域探索にあたり探索チームを複数編成してノルマを割り当てる。
「駐留用のベースファシリティ設置作業ねぇ、いくらクレイマテリアルがあるからって……」
企業による探索は、体力がある学生の小遣い稼ぎには程よい実入りだから、梛木と年の近くて目先の金が欲しい子らはやめられないでいる。梛木も最近は遠ざかっていたが、友人にせがまれてしばらく封印してた社員証で現場へ復帰した。
今頃きっと水瀬さんと再会しているユイさんを、ほんとうなら二人きりなんてさせたくないものの――今日は、運がないな。
「うちらの班は、カラットフレームで湖の水質深度調査と採掘。
誘引用のワイヤー、これ明らかに機材腐食してるけど?」
「人形ならこの程度の僻地大丈夫って、上の連中は考えたんでしょう」
「だからって、何十年前の――」
この世界にはパワードスーツには、カラットフレームと呼ばれる基幹体系がある。
木星圏へ進出した人類が、デブリ群を開拓するために用意した機動二脚人形、腰部にワイヤーアンカーユニットを標準搭載することで変則機動を可能とした。
もっともここに運ばれているものは、ワイヤーアンカーなどオミットされていることが殆どだが。
灰色の『アミュレット・ロウ』は同型シリーズの廉価版で、耐用年数をとうに超過したパワードスーツのはずだ。
「旧いとはいえ、せめてアミュレットならまだしもなぁ」
「名前がちょっと違うだけで、同じ会社のでしょ?
カラットフレームの運用可能年数って結構長いんじゃなかった」
「貸し出す人形の費用くらい、現場にけちるなっての」
カラットフレーム、木星圏のデブリ帯開拓に際して発達した機体系譜だ。全長五メートル大のアミュレットは、なかでも民間にもっとも流通したとされるが……、
「あれ、本来は小型艦艇との連携や
メーカー保証が切れてるのは前提として、こんな柔らかい地表に楔で固定した程度で、事故が起こらない方が難しい。
帰りましょう」
「梛木ちゃんはほんとそういうの詳しいよね。
でもノルマ達成しないと、上の人すぐ怒るし、睨まれて訴訟ちらつかされるのとかいやだよ怖い」
「やめちまえこんな会社、たかが末端いなくなって困る連中じゃないんだから」
「梛木ちゃんもあの人らと同じなの?
『お前の代わりなんていくらでもいる』って、でもここよりまともな稼ぎになるとこなんて――」
「……違うよ、楓ちゃん?
そういうやつらは有事の責任も全部うちらにおっかぶせて揉み消そうとするだけだから」
「人が良すぎるよ。
……こういうときは情報漏洩を疑われない程度に、しれっと企業の過失や証拠を手元にストックするとか」
「そんな、ダメだよ」
「なんでダメなの?」
「だって、怒られる」
「それで自分の身すら護ろうともしないなら、私が楓ちゃんのこともっと怒るけど、いいの?」
「――」
するとそれ以上楓が弱音を吐くことはなかった。
問題はすぐに起こる。先行した別の班、さっきの腐食したワイヤーユニットが地表で故障し、巻き戻しが働かない。
「先行した
『ダメだ、本部の応援を要請する!』
「梛木ちゃん!?」「おい、何を勝手に――」「使います!」
彼女が地表にのこったもう一機のアミュレットへ搭乗するとほぼ同時に、腐食していたアンカー機材が異音とともに破砕する。
「!?」
すんでのところで人形のクローの先が引っ掛かり、しかし水中へ機体が引きずられていく。
(これ――そんな)
「海中にいるの、人形だけじゃない!」
『な、なんだ!?
うわぁあああああ!!!!?』
全長八メートル大のホーンピラニアが、先行機の足を喰らいついて急浮上する。
「ホーンピラニアっ――く、出力が足らない、踏ん張ってよッ」
だがワイヤーを掴む人形の腕は、あっさり倒壊した。
*
混成迷宮巣から徒歩二分ほどのところに、派遣会社の支部詰所がある。梛木は翌朝の営業開始早々に、上役から呼び出されていた。
「社の備品である『アミュレット・ロウ』二機を破損した賠償責任、時雨さんは取ってくれるんだよねぇ?」
梛木は嘆息した。一応、現場監督者の責任となるところだが――、なすりつけられたらしい、嫌われたものだ。
「人形はきみら低域探索者のお命より普通にお値段張るんだよ?
あんなのでも一機三十万するんだから」
実際のところは中古でも、最新家庭用据え置きゲームハードとそう変わらないお値段この時代に万の二桁もいかない。アミュレット・ロウの出回った台数と不人気を考えると、梛木が見立てるよりもう三割引きくらいで会社は手配しているだろう、フレーム部など殆どジャンク品と変わらない。
「この責任、時雨さんはどうとってくれるのかなぁ。
現場監督者の指示を無視した独断で、負傷者まで出ている」
「――」
あくびが出そうだった。
そんなものは無論言い掛かりであるが、証拠がなければそういうものがまかり通る社内政治は確かにあるということだ。
あのあと、ホーンピラニアは地表で拳銃と銛の餌食になり息絶えたが、結果呑まれた人形の搭乗者は重傷を負い、ネストから出たらすぐに救急搬送された。
脊髄に損傷したらしく、どのみち全身麻痺してすぐには動けない。
「備品と現場の指示に不備があったとは考えられませんか?
私はこうなる前から、潜水探索は機材の整備を十全にするよう、現場監督に進言してましたよ。私一人の話じゃない」
「そう、きみひとりの話じゃない、迷惑を被る誰かがいるんだ。きみが余計なことをしたせいで!」
「ほぉ……まぁ、そろそろ頃合いでしょうか」
「あん?」
彼女の背中側から、部屋の戸を叩いて入ってきたスーツ姿の男。
「だ、誰だねきみたちは!!?」
「『ネスト探索特別監査機構』のものだ。
これより労基との共同で当該支部に対する臨検を行う」
「な――」
「
「俺まだおじさんて年じゃないんだけど……」
水瀬の実弟は、懐から令状を取り出した。
「令状なら貰ってきたよ、朝一で裁判官叩き起こして」
「時雨、貴様スパイだったのかよ!?
この裏切り者がっ!」
「ご冗談、社会の信頼を裏切ってきたのは、あなたがた企業のほうでしょうに。
低域探索者たちの夢や期待を搾取して、これまでもトラブルが起きるたび、スラップ訴訟をちらつかせて泣き寝入りさせてきたのが言うてることですかね、支部長?
あぁ、証拠と証言ならきっちり上がっていますよ――私そう言うの、なぁなぁにされたくないので」
今回は有事を見越したわけでないものの、奇跡的にタイミングが噛み合った、のでおじさんに連絡して、抜き打ちの監査を仕組ませてもらった。
「ふざけるな!
どこでもやってることだろう!?
お前らは黙って大人の言う通りしてればいいんだ!」
「告発者はいくらでもいますよ。あなたが顔も名前も憶えていないだけで――私は、適正な司法手続きに則っただけです。
おじさんこれ、昨日の現場の備品管理状況と音声ログね。
ちなみ現場監督が消す前に、アミュレット・ロウの運用ログもこの通り」
「まて、やめろ!?」
「――、やめて困るものでもあるのか?
後ろ暗いことがなければ、素直に提出すればいいだけだ」
支部長はものすごい顔で梛木を睨んでいるが、方丈から睨まれると、すぐしどろもどろになる。
*
「内部告発者ってのは、まず報われないと世間じゃ言われるが、監査にまぎれたどさくさで、社内のデータを然るべきところへ提出してたら、なるほどそれは『内部告発』とは言わないかもねえ……情報が漏洩したのとは違うし」
「探索者界隈のお仕事って、そういう証拠を撮り収めるのはまぁ簡単なんですよ。成果物の所有権とか、所属している従業員が持っていればよくやったと口では褒めつつ、企業側がその成果をほとんど持っていけるわけですから。ただしああいう連中ですから、自分らに都合の悪いものに関しては手早く破棄したがる、現場監督がまともなら、内部告発もありうるでしょうけど――求人で釣った情弱に恫喝まがいのことをしても、証拠とれませんからね」
「反骨精神や防衛意識がないのは困りものだね、それを啓蒙する人間にも恵まれないとなると」
昔からそういう弱い人間はいたろうけれど、迷宮巣の出現とその開拓をしのぎにしたい守銭奴らがこぞって、そういう犠牲者を増やしている。
「そこより上は、まともにネストの向こうへ立ち入ることすらなければ、現場で必要なものもわからずに、経費を渋る。
そも低域と一言に語っても、求められる機材や資源回収能率はピンキリですから」
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