第6話 天才と英雄
2163年現在、天縫金紅は「ゴミ山を金山に変えた男」と語られる。
東京湾内の人工島を買い取ってのち、彼が発表した『リバースクレイマテリアル』は、大抵の不燃工業廃品を分子レベルから特有の組成に高効率で変換し、軽量で耐久性も高い丈夫な建材へ活用できるそうだ。
ほかは英語だが、クレイのみはロシア語での粘土からとった混成語らしい。
「『リバースクレイマテリアル』、お前が造ったんだって?
22世紀の再生資源問題に一石投じる、画期的な発明だそうじゃないか」
「観測所にお前がいた頃から、実は考えていたものなんだよな、あの頃はそれを検証する時間も機材も足りなかったけど」
「既存の公害問題を引き起こさない夢の素材、なんてもっぱらの評判らしいじゃないか」
「つい昨日まで拘禁されていたのに、もうそこまで調べがつくのかよ?」
「まぁテセウスを擬似的な中継器に仕立てて、インターネットブラウザを閲覧するくらいはやるよ。褒められたやり方ではないけどね。
八年越しのバージョン更新対応のが手間だったくらいだが」
「『テセウス』――お前の人形は海軍に接収されたんじゃないの?」
「やつらの保管場所にはもうないよ。どうやら慌てふためいているようだけど、あれを解析していいのは、いつだってお前とひさめさんだけだ」
「……外形を見た時から気掛かりだったが、あれはもう『緋々絲であって緋々絲でないもの』に変質している、そういうこと?」
便宜上そう呼んでるだけで、水瀬自身にはながらく異界を飛び越えても連れ添ってきてくれた愛機だ。
水瀬はそれに答えない。金紅も察して、話題の軌道修正を図る。
「まぁ夢の新素材、とりわけそれが人工物だってなら、大抵色々な環境問題との抱き合わせになるからねぇ。
最初はそのように言われながら、その実検証していくうち、オゾン壊してたら普通にシャレにならんでしょ?
軽量で頑丈という取り得がいまこそは取り沙汰されているが、売り出してからも永年素材の検証を繰り返している。一時の流行りで売り尽くすのじゃなく、自分の造ったものには目の黒いうち、可能な限りの責任は尽くしたいよ。
……というわけで、八年経ったわけだが、ありがたいことに材質そのものに欠点は今のところない、問題はむしろ、それが広まり過ぎたことによる用途の多岐化にある」
「――、にしても『カーミラ』とはねぇ」
「梛木ちゃんはやっぱり、お前たちの子なんだよ」
水瀬たちは梛木を先に帰して、その足で例の格納庫へやってくる。
水瀬はかつての愛機の色違いを見上げて、なんとも言えない顔になった。カーミラと名付けられた緋々絲は、これが初めてではないからだ。
「吸血鬼は俺たちがなにをしなくとも、また生えてくるのか」
その後の水瀬たちふたりは、波止場へと歩む。
「……三十億も死んだはずなのに、なんでこの世界、こんな呑気なんだろうな」
「そう視えるかよ水瀬、お前には?」
「――、よもやそれだけの人間が死んでなお、原始人に先祖がえりするでもなく、文明を保つインフラがそのように再構築されたのは、ぶっちゃけ奇蹟的だよね。それだけ一気に死ねば、普通インフラの基盤となる知識やノウハウ自体が滅しかねないだろうし、実際それで立ち消えた文化の数々を想像すると、眩暈がする……どこじゃない」
「ふむ」
金紅の声も、流石に固いものがあった。
彼の周りで死んだ親しい人間も多い、当事者が口にするには、軽率な言葉ともいえる。
水瀬の口調は無感情というほどでないが、ずっと平坦であった。まるで他人事のようでさえある。
「昔考えたことがある。
世界を滅ぼすのは、一見して悪意ある大規模な破壊のように想えて、その実、環境の均衡をほんのすこしばかり突き崩す何か、なんじゃないかってな」
「というと」
「一昔前に、爆発的な感染力を持った致死性ウイルスのパンデミックによる滅亡パニックなんてネタがB級映画あたりではやたらと流行ったが、あれはそうしてある日一切のインフラの供給と人間が一斉にいなくなる、そこから独善的なサバイバルをしたいとか、人類が滅びた天地が自然としてまっとうに還ったて導入だったわけ。
でも実際に起きるものって、悪意もなくひとの正気と良識を根幹から揺さぶっていく。
人類を種として滅ぼすほどの殺意ってわけでもなく、だけどそれは既存の生活基盤や流通をじわじわと蝕んで、数年をかけて、原型をとどめないほどに破壊している――仮にインフラを保っても、生活の様式と文化が不可逆に書き換わってしまう、そういう時代があったりしたわけじゃん?
21世紀のはじめくらいだったか」
「それと、
「そこまで言い切るではないけど、三十億人が色々あって死んだという数字より、戻ってきたはずの社会の様式が様変わりして、ここは迷宮巣って裂け目ありきで生きざるを得なくなった。
これが、俺があのときそうした選択の代償だったってことを、いま身に染みているというか――だからそれで、誰が報われるんだって話だが」
うみねこがまばらに飛び立っては降りてを繰り返すさまを、ふたりはぼんやりと眺めている。
「お前があの時、“交感存在”という侵略者を裁たなければ、人類どころか太陽系一個がまるまるかき消えていたんだぞ」
「だとしても……可能性だけが遺されるってのは、残酷なことだよ。スクラップ&ビルドとか、簡単に言っていいことでないんだろうな。そういうこと語るには、俺は殺し過ぎて、壊し過ぎた」
「そういうのはいいんだ。
お前はひととして退いてはならない尊厳、その最後の一線で踏みとどまっただけなんだから。
ほれ、また昔みたいに――“天才”と“英雄”でふたりそろって、俺たちにできないことなんてない、そうだろう?」
「金紅……」
「おまえに手伝ってほしいことがある。
梛木ちゃんにも、きっと関わってくることだ」
水瀬は海上を見るのをやめて、彼へ向き直る。
「帰ってきてから海ばかり見せられて、そろそろうんざりしてきたところだよ、聞こうか」
-『緋々絲 テセウス』
ㅤオリジナルの
ㅤ今ではほとんど、つぎはぎの残骸にしか見えないし、水瀬もそのように扱っている。
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