第4話 再会
飛行機を乗り次ぎ、鹿児島の現地で金紅が買いたたいたクルーザーへ移乗した。
洋上で島へ着くまで、金紅が船を動かしながら、彼女に声をかける。
「小型船舶の免許なんて持ってたんですね」
「いい加減、待てなかったからな」
答えているようで答えになっていない金紅だったが、すぐ核心へ切り込んでくる。
「あいつと顔を合わせる準備はできたか?」
「正直、わかりません。
あの人に帰ってきて欲しかったのはそうですけど、いざ帰ってきたなら――世界があの人へ向ける眼差しが、怖い。
自分が救ったはずの世界で、自分を糾弾する声を聞かされなきゃならないんですよ? どうしてこんなことになるんですか。
現に例の島で逗留という名で拘束されるところからして、遅かれ知ることになるでしょう」
「自分が英雄だって?」
金紅の声は軽いが、梛木には笑えない。
「そんな大それたものを目指すひとじゃありませんでしたよ……」
「かもしれないが、俺はあいつが生きててくれて本当にうれしい。出迎えるなら、そういう顔をするべきだ」
「――、はい」
「俺たちが辛気臭い顔をするのは、なしね。
簡単にはいかないだろうけど、水瀬が乗り越えていくなら、それを支えていくのはほかならぬ俺たちだろう」
金紅の言うことが正しい。
「それにしても……まっさきに伝えるべきは、ユイさんだったんじゃありません? 私で良かったんですか」
「あのひとには紡くんがいるからな、その点きみが動いた方が早いし、積もる話もあるだろう。
藍乃さんの目を光らせるところで、異能とかの話になってもおつらいんだ」
「GJ《グッジョブ》ですね!!!」
「きみは本当に水瀬が大好きだなぁ」
藍乃結はいまや人の親、そりゃかつては恋人だったろう、だけど水瀬さんだって、自分が顔も知らない息子なんて生えて責任取らされなきゃならないなんて……やや酷だと想うし。突然鹿児島へ行くとなれば、紡くんをいたずらに困惑させるばかりだろう。なにより――私がユイさんに勝てる、絶好の機会が与えられてるんだから、これで意気込まないはずがない。
ㅤ丁度、二週間ほど前の話らしい。
ㅤ東シナ海上空にできた迷宮巣から、紫の結晶に覆われた不審な落下物があり、海上保安庁や海軍が大慌てで海中を捜索回収したら、変貌した緋々絲だった――搭乗者は隔離防疫措置をとられ、金紅ですら面会が叶うのは、今日からのことだという。
*
上陸し、施設へ踏み込んだ。その薄暗い屋内で、なぜか初めて迷宮巣へ踏み込んだ日のことを想いだす。
(この先には、あの人がいるはずなのに……こういうときに限って、予知が起きないなんて)
「どうして今日は視えないんだろう。でも、ちょうどいいか」
この日を迎えることを、どれほど私が待ち焦がれたか。
未来視が完全な力や制御できる代物だったとしても、この再会で得られる瞬間が、異能なんかのために色褪せるなんて許されないし、なにより私が許さない。
(あぁ、私、不安なんだ。
ひょっとしたらまたなにも得られない、そんな空振りが――)
あのときは、未知の世界のすべてが私の欠落を和らげてくれた。でもこの場は違う、失敗したら何も残らない、そんな肩透かしはこれで終わるはず……潮と黴の匂いが鼻腔を突く。
「もうなにも、誰にも邪魔なんてさせない」
あなたはいつも、私の
「……八年経ったあなただとしても、私は」
呟き、唇を固く結んだ。
ようやくその部屋の前へ、やってきた。
「――、水瀬さん」
ㅤ面会とは名ばかりなお粗末な対面、拘留されていた部屋からふらふらと出てきた男に彼女はおそるおそる声をかけると――彼も顔を上げる。
「梛木、ちゃん?」
「あ……」
ㅤ終わった。私の中で、八年待ち続けていたはずの時間が終わってしまう。
それは予想外でもあり、あまりにも美化された時間だった。
ㅤこのひとは八年前からまるで変わらない若さのまま、私たちの所へ帰ってきてしまった。
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